障害者雇用率があがる中で、多くの企業が障害者雇用に取り組んでいます。しかし、実際に求人を出しても応募が集まらないという悩みを抱える企業が少なくありません。このような状況では、法定雇用率を満たすことが難しくなってしまいます。そのため待遇を見直そうかと考える企業もあります。
一方で、待遇を見直すとなると、全社的な待遇を見直したり、他との整合性を考えていくことも求められてきます。今回は、求人が集まらない背景や本当に待遇を見直すべきなのか、その判断基準、採用で見直すべきポイントについて解説していきます。
障害者採用に応募がこない理由
障害者雇用を進める企業が増える一方で、障害者からの応募が少ない背景の原因を見ていきます。
障害者の労働市場における競争の激化
令和6年度から障害者雇用率が2.5%に引き上げられました。これに伴い対象事業主の範囲が従業員40人以上の企業に広がりました。また、令和8年度には2.7%に上がることが決まっています。障害者雇用率が上がることに伴い、その分、企業では障害者を雇用していくことが求められています。そのため多くの企業では、障害者採用をしようと採用が活発化しています。
特に大企業では雇用率が0.2%上がることで、数十人単位の障害者雇用を求められる場合もあります。例えば、1万人従業員のいる企業であれば、雇用率2.3%であれば230人の雇用でしたが、雇用率2.5%にあがることで250人の雇用が必要となり、20人の雇用を増やすことが求められます。
働きたい障害者は多いものの、企業で求めるレベルに達している障害者は限られており、障害者雇用の労働市場は激化しています。特に首都圏では、企業が多い分、採用枠が増えています。その結果、求職者は複数の企業を比較して選ぶ傾向が強まっています。給与や福利厚生、職場環境や支援体制、さらにはキャリア形成の可能性といった多面的な要素が企業選びの重要な判断基準となっていることもあります。
求人内容の不明確さ
求人情報が十分に具体的でない場合、求職者は応募をためらう傾向があります。特に、障害者にとっては、次のような点が不明確であることが心理的なハードルになることがあります。
・業務内容が具体的に示されていない。
・障害者に対する配慮や支援の有無が記載されていない。
・職場環境や雇用条件の詳細が不足している。
このような不透明さは、「自分に合った職場かどうか分からない」という不安を生み出し、応募意欲を低下させる原因となります。
雇用条件の魅力不足
障害者雇用のマーケットが激化する中で、企業が「選ばれる側」としての視点を持たないと、応募を集めるのは難しくなっています。特に給与や福利厚生、柔軟な勤務形態など、雇用条件が他社に比べて魅力的でない場合、求職者は応募を避ける傾向が強くなります。
特に、以下のような要素が問題となることがあります。
・最低賃金に近い給与水準で、キャリア形成の期待感が持てない。
・福利厚生が十分でない、または障害者特有のニーズに対応していない。
・フレックスタイム制や在宅勤務といった柔軟な働き方の選択肢が少ない。
障害者は、給与や条件面だけでなく、「安心して働ける環境」や「自分らしさを発揮できる職場」を重視します。これらが不足している場合、他社との比較で競争力を失い、応募が集まりにくくなります。
これらの要因は複雑に絡み合っており、単に待遇を見直すだけでは解決しない場合があります。また、地域や時期など、いろいろな要素も大きく関係してきます。しかし、求人を出しているにも関わらず、求人の問い合わせがない場合には、自社の求人情報や雇用条件を見直すことが求められることがあります。
待遇を見直すべきか?判断基準と改善ポイント
応募が集まらない現状がある場合には、待遇を見直すことは解決策の一つとなります。ただし、待遇改善の方向性を決めるには、求職者にとって魅力的なものとなることは多いですが、その取り組み方は企業にとって持続可能な施策であり、他の社員にとっても納得できることが求められます。待遇見直しの判断基準と改善すべき具体的なポイントを見ていきます。
業務内容と給与の整合性
まず考えていくべき点は、障害者が担う職務内容と支払われる給与のバランスが適切かどうかです。
障害者が担う業務が単純作業に偏る場合、給与水準が最低賃金に近くなる傾向があります。これは、職務内容に見合った給与設定となるため、給与水準を変えることが難しいでしょう。どの程度が適切なのかは、職種、仕事内容、地域などの求人募集と比較すると目安をつけることができます。
給与の引き上げを検討するのであれば、それに伴う業務設計をすることが必要となります。職場の中で人手が足りていない業務やスキルが若干求められる業務、障害の特性を活かした業務設計を行うことで、その成果に基づいた給与を設定することができるかもしれません。求職者に「やりがい」を感じてもらえる業務と、それに整合性が保てる給与を提示することができます。
福利厚生やサポート体制
障害者にとって働く職場として魅力的に見えるのは給与だけでなく、福利厚生や職場環境の改善も重要な検討ポイントになることがあります。柔軟な対応を取り入れることで、求職者に安心感を与えることができます。
例えば、柔軟な勤務形態の導入を考えることができます。フレックスタイムや在宅勤務など、個々のニーズに対応できる制度を整えることで、応募のハードルを下げることは効果的です。
精神障害を持つ求職者は、通勤のストレスや一定の時間に縛られる勤務が難しい場合があります。このような障害のある人にとっては、完全在宅勤務とフレックスタイム制度を取り入れ、1日の労働時間を自分の体調に応じて調整可能にすることで、次のような結果が見られました。
・求職者は自宅で静かな環境を確保しながら作業でき、体調の悪い日は早めに休む柔軟性が可能になった。
・通勤ストレスの軽減により、パフォーマンスが向上した。
雇用する企業側も納期を守る範囲で柔軟な働き方を認めることで、応募者の範囲を広げることができました。
発達障害を持つ方の中には、特定の時間帯で集中力が高まる一方、他の時間帯では効率が落ちる人がいます。また、対人コミュニケーションが苦手で職場環境に馴染みにくい場合があります。このような障害のある人にフレックスタイム制度を導入し、午前中や深夜の作業を許可し、チームミーティングはオンラインで行い、必要最低限のコミュニケーションに限定することで、次のような結果が見られました。
・個々の特性に合わせた時間での勤務により集中力が高まり、生産性が向上した。
・面接時に働き方を相談できることが応募者への魅力となり、多くの発達障害の方々の応募につながった。
実際にフレックスタイムと在宅勤務を組み合わせている企業の事例を見ると、障害者社員が希望する時間帯で働ける制度を導入することで、応募者数が大幅に増加し、採用後の定着率も向上していることがわかります。
もちろん単に制度を導入するだけでは、うまくいきません。働き方の柔軟性を特に重視しつつも、定期的なオンライン面談を実施したり、体調管理ができているのかなどを確認していくことは大切です。
合理的配慮の充実
職場のバリアフリー化や、障害者専用の支援スタッフの配置など、物理的・心理的な配慮をすることも有効的な方法です。特に、精神障害や発達障害のある方が安心して働けるようなサポート体制を整えることが重要です。
障害者がスキルアップや自己成長を目指せる環境を提供することで、会社が長期的な雇用を期待していることを伝えることで、採用につなげているケースもあります。
中長期的な視点での障害者雇用の計画作成
待遇等を見直すことは、中長期的な事業計画や人員構成と合わせて障害者雇用を考えていくことも大切です。障害者法定雇用率は今後も上がっていくことが予想されます。また、一方で、労働力不足が進むとともに、ITやDXなどが進み定型的な業務はますます減少していくでしょう。このような社会や経営状況と合わせて、障害者雇用の計画を立てていくことが必要です。
また、障害者雇用の待遇を考えるときには、合わせて他の社員の業務内容や給与等とも整合性を合わせることや、不公平感がないように考えていくことが求められます。障害者だけが特別扱いされていると感じさせないようにしつつ、障害特性に配慮した公平な評価基準を設けることが求められます。この判断を見誤ると、社員からの協力を得にくくなってしまったりすることになります。
待遇以外の見直しが必要なポイント
また、応募が集まらない課題を解決するには、待遇の見直しだけでなく、採用活動全体を再検討する必要があります。ここでは、特に重要な3つのポイントを紹介します。
採用プロセスの透明性
求職者が応募に踏み切れない理由の一つに、採用プロセスが不透明であることが挙げられます。これを解決するためには、以下の取り組みが効果的です。
・求人情報の具体性を高める
業務内容や求めるスキル、職場環境、配慮事項などを具体的に記載することで、求職者に「自分に合った職場かどうか」の判断材料を提供します。特に障害者にとっては、どのような配慮が受けられるかが重要なポイントとなります。
・企業説明会の開催
障害者向けに特化した企業説明会を実施し、職場の雰囲気や働き方について直接説明する機会を設けます。これにより、求職者が企業に対する信頼感を抱きやすくなります。
・相談窓口の設置
障害者やその支援者が直接相談できる窓口を設けることで、不安や疑問を解消しやすくします。メールや電話だけでなく、オンライン相談を取り入れるのも有効です。
企業イメージの向上
企業のイメージが求職者にとっての応募動機に直結することは言うまでもありません。障害者雇用に積極的に取り組む姿勢を広報することで、企業の魅力を高めることができます。
・社会貢献活動の可視化
障害者雇用に関する成功事例や、社会的インパクトを与える取り組みを積極的に公開することで、企業の信頼性を高めます。具体的には、採用した障害者がどのように活躍しているかを紹介するコンテンツを制作すると効果的です。
・多様性を尊重する姿勢の発信
ダイバーシティ&インクルージョンに関する方針や具体的な取り組みを広報し、障害者にとって働きやすい環境を提供していることをアピールします。
・メディアとの連携
自社の取り組みをメディアで取り上げてもらうことで、広く社会に認知される機会を増やします。特に、地域のニュースや業界誌に掲載されると、ターゲット層へのアピールに効果的です。
支援機関や専門家の活用
障害者雇用を進めていくためには、社内のリソースで難しい場合には、外部の支援機関や専門家の支援を活用することも重要です。
・障害者就労支援センターとの連携
障害者就労支援センターは、採用活動や職場定着の支援に特化した機関であり、求職者とのマッチングや支援策の提案を受けることができます。
・専門的なエージェントの活用
障害者雇用に特化した人材紹介サービスを利用することで、企業のニーズに合った人材を効率的に採用できます。エージェントは求職者との間で詳細な調整も行ってくれるため、採用のミスマッチを減らせます。
・専門家によるアドバイスの導入
最近は、労働力不足もあり人材紹介などにかかる費用がかなり高額になっています。今後も人材不足の傾向は続くことが予想されるため、他に依存する採用ではなく自社での採用方法を開拓しておくことが望ましいでしょう。
それには、自社の情報発信をすることや採用に関する情報を作ることや、メディア等に取り上げられるような工夫が必要です。長期的な視点での取り組みが必要になりますが、WEBや情報発信の専門家にアドバイスを受けながら、採用に関する情報を適切に求職者に伝えていくことが今後重要になってきます。
これらの取り組みを通じて、企業は待遇以上に「応募したい」と思わせる魅力的な採用プロセスを構築し、それを伝えていくことができます。待遇と採用プロセスの両面で改善を進めることで、より多くの求職者の関心を引きつけられるでしょう。
まとめ
障害者雇用で求人を出しても応募が集まらないという課題は、労働市場の競争激化や求人情報の不明確さ、雇用条件の魅力不足など、複数の要因が絡み合っています。このような状況において、待遇の見直しは有効な解決策の一つですが、それだけでは根本的な問題を解消することは難しい場合があります。
まずは自社の求人内容を見直し、求職者にとって魅力的で具体性のある情報を提供することが重要です。 特に、業務内容、配慮事項、職場環境などを明確に記載することで、応募への心理的ハードルを下げることができます。
また、フレックスタイム制や在宅勤務といった柔軟な働き方の導入や、合理的配慮の充実、スキルアップを目指せる環境整備も、採用活動の競争力を高める要素となります。さらに、採用プロセスの透明性を確保し、企業イメージを向上させる取り組みも欠かせません。
最終的には、待遇改善と採用プロセスの改善を両輪で進め、企業としての長期的な障害者雇用戦略を構築することが重要です。 外部の専門家や支援機関を活用しつつ、自社の魅力を発信することで、多くの求職者の関心を引きつける採用体制を整えていくとよいでしょう。これにより、企業にとっても障害者にとっても、より良いマッチングを実現することが可能になります。
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