障害者雇用が進みつつありますが、短時間での障害者雇用は雇用率に反映されないこともあり、企業にとっては取り組みにくいものの一つとなっています。一方で、20時間未満の雇用について躊躇される企業が多い中で、特に精神障害の方にとっては、長時間の勤務が難しいことも多く、20時間未満の就労を希望される場合も少なくありません。
このような中で、短時間雇用の障害者雇用を受け入れ、はじめは週10時間の雇用からスタートし、現在は25~30時間と勤務時間を長くして雇用されている会社があります。川崎市にある株式会社スタックス(事業内容:精密板金業)さんです。
短時間労働の方を雇用された経緯や、企業にとってどのように短時間雇用を活かせるのか、また社内の理解をどのように進めていかれたのか、代表取締役社長の星野佳史様にお話をお聞きしました。
事業内容:精密板金業(宇宙・航空関係、医療機器、通信機器、免震台脚(スウェイフット)等の部品製造加工)
従業員 53名、障害のある方 3人(身体、知的、精神)
障害者雇用には、特性のマッチングとバランスが必要
Q:短時間雇用と、業務と特性がマッチしたということでしょうか。
A:短時間で雇用した彼は、発達系の障害なので、ちょっとした変化にとても敏感です。いい面もありますが、時には悪い面が出るときもあります。少し座る位置が変わっただけ、わずか1メートルほどの席替えでもパニックになることもありました。
でも、いい面としては、製品の検品という意味においては1つ1つの検品をしっかりやってくれますし、「ここに線がはいっています」とか、「ここが変形しています」という細かな点までしっかりチェックできるところ、また繰り返しの作業でも継続的に続けられるなどは特性が活かされていると思います。
結局、何十個も同じ製品を見ていると、目が慣れてきてしまうところがあるんですよね。初見で見ればNGとわかるときでも、ずーっと長い時間見ていると合っているように見えてきてしまうことがあります。それは、意識的に探そうとしているからなんですが、彼の場合は変化があるものに対して我慢ができないという特性からきているので、気づきたくなくても気づいてしまうんです。
それで、仕事内容と特性が合いそうだからということで、1日2時間の週5日間からスタートしました。業務内容に関しては期待通りに働いてもらえている一方で、特性が強くでている分、コミュニケーションに関しては難しいこともあります。事前に聞いていて、十分わかっていて採用しているものの、コミュニケーショントラブルも何回か発生していて、本当にここは天秤だなと感じることもあります。
3人目に雇用した社員も短時間雇用からのスタートです。後天的な障害の方は初めてだったので、当初本人の障害受容のところからはじめていく必要もあり、そこは対応に苦慮したところがあります。また、今でも継続的にサポートしたり、配慮している部分はあります。でも、彼は、前職で元エンジニアという経験もありますし、持っている能力が高いなと感じたところもあり、採用しました。
Q:それぞれの社員の方にマッチした業務があり、雇用後の問題はあまり感じられなかったのでしょうか。
A:コミュニケーションという面において、3人それぞれに特性があり、難しいなと感じることがあります。当社では連結性のある仕事というよりは、それぞれの業務の中で各個人が向かい合っている時間が長いので、常にコミュニケーションをとりながら進めなければいけないという環境ではありません。それでも業務を次の工程に引き継ぐことは発生します。そのような場面で、コミュニケーションが不得意な人同士がぶつかってしまったということがありました。
小さなことはそれまでも何回かありました。私が中に入り、相手の特性、人を慮るのが苦手なことや、言ってはいけないことをつい口にしてしまうなどの説明をしたり、フォローしていました。そして、その時は、「わかりました。悪意や他意がないんですね。」と納得するんですが、結局またぶつかってしまうんです。
ある時少し大きめな衝突があり、それぞれから調停を求めて相手に話をしてほしいということがありました。正直言って、こちらとしても疲れてきてしまったところもあり、本人同士で話をするようにと当人同士での話し合いの解決を求めたんです。ところが感情が高ぶっている中で、よりヒートアップしてしまって、とても大きな衝突になってしまいました。結果としては、2人の間でコミュニケーショを極力取らない体制をとるようにしました。最低限のコミュニケーションのみにし、どうしても必要なときには、その業務から外すという感じです。
私の中でも理想のようなイメージがあり、お互い働く中で成長していってほしい、以前は苦手だったり、業務以外でできなかったこともできるようになってほしいと思っていたのですが、その理想はひとまず現段階では一度置くことにして、難しいことや無理なものをそのまま認めることにしました。一方で、ここは職場なので、無理に仲良くなる必要はないけれど、会社として利益を生み出してもらわなければ困る。だから、業務に支障がでるようなことはやめてほしいことも伝えています。ある意味、割り切ることにしたんです。
Q:仕事の面と、社会人としてこの辺はやってほしいなという期待の部分の折り合いをつけるような感じでしょうか。
A:そうですね。こうだったらいいなという理想、社会人としてこうあるべきだよねといったことが、必ずしも当人たちにとってベストではないこともあるので、そうであればベターでもいいかなと自分では折り合いをつけて、それを本人たちにも伝えて、必要があれば周囲にもそのように考えてほしいと伝えています。
例えば、こんなことがありました。「NGの製品を見つけてね。」というと、見つけるところまではするんですけれど、報告はないんです。「報告するとは言われてなかったので・・・。」という感じですね。はじめは、もっと気を遣ってくれないかなと思うことはあったんですが、それは指示しなかったこちらが悪いというように考えるようにしました。指示の仕方を工夫して、NG見つけたら誰々に報告するというように変えていきました。
とても能力や特性が発揮できる一面がある一方で、それが逆の面に作用してしまうこともあります。それに対してはそのまま受け止めるようにして、それに対してこちらがどのような対応をしていこうかと考えるようにしています。
良くも悪くも、使い方を間違えると際どいことになってしまうのですが、「そこは障害者だから・・・、特性があるよね。」というところは理解しておかないと、それぞれ各人の中で折り合いがつかないところもあると思います。障害の特性の部分もあると思うし、個人の性格の部分もあると思うし、個人否定や人格攻撃にならないように配慮はしなければいけないけれど、バランスを見ながらということでしょうか。
できないと決めつけるわけではないけれど、でも実際に苦手さもあるので、仕事に直接的に大きな影響を及ぼすわけでなければ、周りが配慮したり、許容する部分もあってもいいかなと思います。
結果的に、当社の社員みんながこのことに納得したり、腹落ちしているわけではないこともあると思いますが、それがスタックスとしてのスタイルだし、会長しかり私の考えだから納得してもらう感じでしょうか。全部が全部オールクリアになることはなくて、グレーな部分は残ると思うんですよね。
どうして特別な扱いが必要なんだと思っている社員が仮にいたとしても、それが会社の方針だからということで納得してもらうことにしています。もっと何とかするから、いい形にしていくからという風にすると、結局そこに不満が溜まってしまいますし、そういうものとして捉えてもらうように伝えています。
ただ、このようにできるのは、大前提に3人が、それぞれの業務を頑張り、仕事への貢献があるからです。本当は10ほしいところが5だけれど、できているところもあるので、ある程度は許容していこうという感じですよね。これは、「社長が言っているから」というだけの話では成り立たないこともあると思いますが、日頃の本人たちの仕事の姿勢や取り組みが周囲の評価につながっているのでできているのだと感じます。
職場の理解には、マネジメント層が方針をはっきり示すことが必要
Q:障害者雇用をおこなうには、職場の理解も必要だと思いますが、そこはどのように進めてこられたのでしょうか。
A:職場の理解や対応については、はじめから戦略的に考えて進めたというよりも、実際に一緒に働く中で気づいたり、こうしたほうがいいかなと試行錯誤してきたところがあります。また、採用前には就労体験の受け入れなどをしてきたこともあったので、ある程度、職場の中で障害者に対する意識などは、ハードルが下がってきていたように感じます。
就労体験の受け入れは、私だけではなく、他の検査部門の社員にも関わってもらいながらしていました。あとは、正直言うと「なるようになるだろう」という思いもあったので、実際にこんなコトできるかな、あんなコトできるかなと進めていく中で、業務を増やしていきました。
現会長も私も社内へのメッセージとして伝え続けてきたことが、「障害者雇用と言っても社会貢献だけでなく、貴重な戦力の一人として見てほしい。障害を持っているかもしれないけれど、会社の一員であり、活躍できるように育成していく。」ということです。
配慮はもちろん必要ですが、だからといって腫れ物に触るようにはしないでほしい。業務を遂行するときにダメなものはダメと伝え、一方、できたことに対してはきちんと評価するという姿勢も示すようにしました。
はじめの頃は、会長や私が最終的には責任を持ってやる、何かあったらこちらで対応するという形をとってきました。そのため社員の中で戸惑いがあったり、本人の言動で気になることは全部こちらで集約するようになっており、本人に伝えたり、申し入れをしてきた社員に対してこういう対応をしてほしいなどのやり取りをていねいにしてきました。それで、現場の負担感としては、軽減できていたのではないかと思います。
このような働きかけをした結果、現場では、障害者雇用を好意的に、前向きに捉えてもらえるような雰囲気ができてきました。その結果、本人たちにも居場所ができて、1年ほど経つと業務に関してはこちらからは口をださなくても担当部署の中で対応できるようになってきています。はじめの環境や職場の土壌づくりのようなところは、かなり関わりましたが、それがよかったのかなと思います。
中小企業が障害者雇用をおこなうメリットとは
Q:中小企業の障害者雇用が難しいと言われていますが、それに対しては、どのようにお考えですか。
A:中小企業では、人手不足が悩みの1つとなっていることが少なくありません。当社も人手が足りなくて、誰かやってくれないかなということがベースにありました。雇用は、やはり人が欲しいけれどいない、そこがスタートだと思います。
先ほども話した「重要だけど緊急ではないところ」が大事な点だとは気づいていても、人手不足だとそれが先送りになってしまいます。でも、この先送りしてきてしまったことが解決できると、お客さんに不良品として出荷してしまっていたものが減りますし、結果的にコストダウンにつながる、見えないコストが少なくなっていきます。
また、お取引先には品質向上というメリットにつながります。そういう意味では、「いつかやりたいけれどやる人がいない」という部分とマッチできるといいのではないかと思います。
障害者雇用として無理やり業務を捻出しようとしたり、短時間の仕事は何だろうと考えるよりも、この業務の内容はどういう人ができるんだろうと考えると、会社にとって必要な業務が見えてくると思います。そのようにする中で一つの選択肢として、短時間雇用という方法はありだと思います。
Q:短時間の障害者雇用に取り組まれてこられましたが、雇用率に換算されない障害者雇用に対して、どのようにお考えになられていたのでしょうか。
A:結果としては、当社は従業員が53人なので1人雇用していればいいということになります。はじめに雇用した彼で雇用率は達成しているので、コンプライアンスとしてはクリアしており、雇用率はそれほど意識していないということはあります。ただ、短時間雇用としても、いずれは勤務時間を伸ばしていくつもりもあったので、最終的に雇用率にも寄与すればいいなという思いはありました。
障害者雇用では、会社にとって必要な人材になることが大事
Q:はじめのほうで居場所というお話がありましたが、業務での活躍の場がしっかりと作られてるからできることですね。
A:仕事に関して要求されることを果たしてくれているというところは大きいと思います。これを例えば仮にですけれど、周りからの不満があって、やめさせてほしいということがあっても、じゃあその仕事は他の誰ができるのと言える状態になっています。つまりその担当をしている彼らがいないと困るような状況や、周囲がそこを認めないと、自分の仕事が増えてしまうようになっているわけです。
こういうブレーキのかけ方、組織のマネジメントは必要だと思っています。さらに障害者雇用をおこなうには、彼らの能力を活かすことも必要ですが、そういう意味での居場所づくりは大切だと考えています。
Q:障害者雇用に悩んでいる企業さんへアドバイスをお願いします。
A:製造業は人手が足りないという声はよく聞きます。しかし、一方で障害者雇用というと難しいと考えられることが多いんです。人手不足の一つの解決策としては、障害者雇用や短時間雇用が結びつくと感じていますが、まだ活用できているところはまだ少ないようです。業務を切り出すことを難しく考えるのではなく、考え方や捉え方を変えてみることができるかもしれません。
また、雇用したけれど、うまくいかなかったという話も聞きます。そして、よくよく話を聞くと、支援機関があることを知らなかった、活用できていなかったということがあります。ハローワーク経由で雇用したけれど、定着支援を受けないまま進めてた結果、離職した、退職してもらうことになったというケースもあります。障害者雇用を支援する公的な期間もあるので、そういうところを活用していくことも大切だと思います。
まとめ
スタックスさんの短時間雇用の取り組みについてお話をお聞かせいただきました。業務の切り出しの考え方は、短時間雇用だけでなく一般の雇用でも、また、企業の規模に関係なく参考になると感じています。
スタックスさんでは、障害者雇用により、次のようなメリットがありました。
・「重要だが緊急ではない」業務を考えることが、結果的に不良品が発生したときに生じる対応と比べると、会社にとっても見えないコストの軽減につながった。
・製品の検品に求められる精度と、彼らの変化があるものに対して我慢ができない特性がうまくマッチし、傷や不良がなくなるとともに、彼らの存在意義を示している。
・工程を分解して考え、それを業務に適した人材が担うことにより、精度や効率がよくなった。
「障害者雇用の業務を切り出さなければ・・・」と考えていても業務の切り出しは難しいですが、組織全体や業務の流れ、本質的なところを見ていくと、今回の考え方や捉え方をすることで、同じ障害者雇用に取り組むのでも大きく違ってくるでしょう。
また、障害者雇用として取り組むときに、会長や社長自らが責任を持って対応する姿勢を示されたことが、社内や社員の方たちにとっても、安心感や取り組み方につながっていたように思います。職場の理解には、組織やマネジメントに関わる方が方針をはっきり示し、それをフォローやバックアップの体制を築くことの大切さを感じました。
苦手なことやできないことに対しての捉え方や対応については、今までの対応されてきた結果、ひとまず現段階では、ある意味割り切ることにされたと伺いました。能力や特性が発揮できる一面と、そうでない部分のバランスをどのように見ていくのかは、職場によっても変わってくると思いますが、スタックスさんの事例を知ることで、それぞれの組織における許容度や方針を考える参考になるかもしれません。
参考
【特例措置】短時間労働の精神障害者雇用で0.5ポイントが1ポイントへ
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