令和6年(2024年)4 月から「障害者差別解消法」の改正により、民間企業には障害者への「合理的配慮」が法的義務化されます。合理的配慮とは、どのようなことをすればよいのでしょうか。また、すでに企業で義務化されている「障害者雇用促進法」の合理的配慮とともに見ていきます。障害者雇用促進法と障害者差別解消法の合理的配慮についての違いについて理解が深まります。
障害者差別解消法と障害者雇用促進法との違いとは?
「障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)」の一部が改正され、2024年度から民間事業者による「合理的配慮」の提供が「努力義務」から「法的義務」へと変わります。これに伴い、民間企業では「合理的配慮」に対する取り組みが進められています。
民間企業の義務となる「合理的配慮」義務には、2つの法律が存在します。1つが今回改正となる「障害者差別解消法」の合理的配慮(管轄:内閣府)と、もう1つは「障害者雇用促進法」の合理的配慮(管轄:厚生労働省)です。まず、この違いを見ていきましょう。
出典:厚生労働省
「障害者差別解消法」は内閣府が管轄となっており、商品やサービス等を提供する等で関わる障害者が対象に対する合理的配慮となります。BtoC向けのサービスや商品の提供や顧客対応などが求められる業種で考えておく必要があるでしょう。
「障害者雇用促進法」は厚生労働省が管轄となっており、採用や雇用で関わる障害者を対象とした合理的配慮です。障害者を雇用する(している)企業で求められます。
障害者差別解消法の合理的配慮で求められること
「障害者差別解消法」とは、正式名称は「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」といいます。障害者差別解消法は、2016年から施行されています。
この中では、差別的取扱いの禁止と合理的配慮を示すことが求められています。これまでは、合理的配慮については、国や地方公共団体等は法的義務がありましたが、民間事業主には努力義務となっていました。これが国や地方公共団体等と同じように、民間事業主つまり、企業やお店などでも合理的配慮を義務として提供することが求められます。
障害者は、社会の中にある障壁(バリア)によって、生活しづらいことがあります。そのような社会の中にある障壁を取り除くために、何らかの希望や要望などの意思が表示された時に、過度の負担にならない範囲で対応することが求められることになるということです。
障害者差別解消法の障害者差別の禁止
不当な差別的取扱いが禁止されていますが、この中には、障害のある人に対して、正当な理由なしに、障害を理由としてサービスの提供を拒否することや、提供に当たり場所や時間を制限すること、障害のある人だけに条件をつけることなどが含まれます。
つまり、障害を理由にして店舗への入店や受付を拒否する、本人を無視して周囲の支援者や介助者のみに話しかける、保護者や介助者が一緒にいないとサービスを提供しないことなどは、差別にあたることになります。なお、対象になる障害者は、障害者手帳をもっている人だけではなく、障害や社会にあるバリアによって日常生活や社会生活に制限を受けている人すべてが含まれることになります。
障害者差別解消法の合理的配慮の提供義務
日常生活・社会生活において提供されている設備やサービス等については、障害のない人は簡単に利用できても、障害のある人にとっては利用が難しく、結果として障害のある人の活動などが制限されてしまう場合があります。
このような場合には、障害のある人の活動などを制限しているバリアを取り除く必要があります。ただ、要求される合理的配慮全てに答えなければならないというわけではありません。提供している事業やサービスの目的・内容・機能に照らし、以下を満たすものであるとされています。
・必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること
例えば、飲食店において食事介助を求められた場合に、飲食店の事業の一環として食事介助を提供していないのであれば介助を断っても問題はありません。これは、必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られることの観点から考えています。
・障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるためのものであること
例えば、抽選販売を行っている限定商品について、抽選申込みの手続きを行うことが難しいからといって、あらかじめ別途確保しておくよう求められたときには対応を断っても問題はありません。これは、障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるという観点から考えています。
・事業、サービスの目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないこと
障害者差別解消法の合理的配慮の基本的な考え方は示したものになりますが、これらはあくまでも例の一部です。状況等によって対応が異なることがあるため、実際には個別に判断する必要があります。
なお、合理的配慮は「過重な負担」にならない範囲で行うものとされています。「過重な負担」になるかどうかは、次の要素等を考慮して、総合的・客観的に判断することになります。
・事務、事業への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か)
・実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)
・費用・負担の程度
・事務・事業規模
・財政・財務状況
例えば、混雑時の店舗でスタッフの対応が難しいような状況のときに、身体障害者が店内に付き添って買い物をサポートしてほしいと依頼されるような場合には、 マンパワーや状況的な制約から対応が難しいという判断になるでしょう。
障害者差別解消法の合理的配慮に関する企業ができる対応
合理的配慮は、障害のある人にとっての社会的なバリアを除去することが目的です。とは言え、合理的配慮の提供では、全てに対応することが難しい場合もあります。このようなときには、社会的なバリアを取り除くために必要な対応について、障害のある人と 事業者等が対話を重ね、共に解決策を検討していくことが求められます。
障害者から出される要求への対応が難しい場合でも、障害のある人と事業者等の双方が持っている情報や意見を伝え合い、建設的対話に努めることで、目的に応じて代わりの手段を見つけていくことができるかもしれません。このような双方のコミュニケーションを「建設 的対話」と言います。ある方法について実施することが困難な場合であっても、別の方法で社会的なバリアを取り除くことができないかを一緒になって考えていくことが重要です。
また、差別解消法の合理的配慮は雇用している障害者と接することとは異なり、突然、合理的配慮を求められることが少なくありません。企業で想定される合理的配慮については、臨機応変さが求められますので、BtoC向けのサービスや商品の提供や顧客対応などが求められる業種では、事前に社内でいくつか想定や検討して基本的な対応を示しておくとよいでしょう。
建設的対話をおこなう際には、次のような言葉は避けてください。
・「前例がありません」
合理的配慮の提供は個別の状況に応じて柔軟に検討する必要があります。前例がないことは断る理由になりません。
・「特別扱いできません」
合理的配慮は障害のある人もない人も同じようにできる状況を整えることが目的であり、「特別扱い」には当たりません。
・「もし何かあったら…」
漠然としたリスクだけでは断る理由になりません。どのようなリスクが生じ、そのリスク低減のためにどのような対応ができるのか、具体的に検討する必要があります。
・「◯◯障害のある人は…」
同じ障害でも程度などによって適切な配慮が異なりますので、障害名や障害等級などで一括りにしないで、個別に検討する必要があります。
求められる対応が難しい場合でも、建設的対話を通じて個別の事情や求める目的を把握することで、双方にとって納得できる形で社会的障壁が取り除かれることが可能となります。例えば似たような状況で、過去にこんな方法で対応できたなどの事例を伝えたりすることにより、当初は対応が困難に思われるような場合であっても別の代替案が見つかることもあります。
障害者雇用促進法の合理的配慮で求められること
「障害者雇用促進法」とは、正式名称は「障害者の雇用の促進等に関する法律」といいます。2016年4月に法律の一部が改正され、雇用において関わる障害者(雇用している、または採用で関わる障害者)に対して合理的配慮の提供が法的義務となりました。この法律の中で、障害者への合理的配慮の提供が義務づけられています。
また、合理的配慮を含めて、事業主に次の義務を求めています。
・障害者差別の禁止
・合理的配慮の提供義務
・相談体制の整備・苦情処理、紛争解決の援助
対象になる障害者は障害者手帳を持っている障害者に限定せず、身体障害、知的障害、精神障害以外にも心身の機能に障害があり、長期にわたって職業生活に相当の制限を受け、職業生活を営むことが著しく困難な人も対象となります。
障害者雇用促進法の障害者差別の禁止
採用や雇用に関する差別をなくす義務では、障害者であることを理由として、そのほかの人と不当な差別的取扱いをすることが禁止されています。例えば、募集・採用や賃金、配置や昇進、教育訓練など雇用に関するあらゆる局面で、障害者であることを理由に排除することや不利な条件を設けること、反対に障害のない人を優先することなどは、障害者であることを理由とする差別に該当します。
次のような例は、障害者差別と考えられます。
・「障害者だから」という理由で、求人への応募を認めないこと
・業務遂行上必要でない条件を付けて、障害者を排除すること
・労働能力などを適正に評価することなく、「障害者だから」という理由で、異なる
取扱いをすること
※ 単に障害者であることだけを理由として、昇進の対象としない、特定の職務を割り当てる、雇用形態を変更する、障害者のみを退職の勧奨対象とすることなどは、差別に該当します。
しかし、次の点は差別に該当しないとされています。
・積極的な差別是正措置として、障害者を有利に取り扱うこと
例えば、障害者のみを対象とする求人(いわゆる障害者専用求人)を行うこと
・合理的配慮を提供し、労働能力などを適正に評価した結果として障害者ではない人と異なる取扱いをすること
例えば、同じ業務を扱っている労働者の能力が障害者である労働者に比べて優れている場合に、評価が優れている障害のない労働者を昇進させること
・合理的配慮に応じた措置をとること (結果的に、障害者ではない人と異なる取扱いとなること)
例えば、障害者が研修内容を理解しやすいように障害者のみに独自メニューの研修を実施することすること
障害者雇用促進法の合理的配慮の提供義務
雇用における合理的配慮とは、障害のある人とない人の就労機会や待遇を平等に確保し、障害者が能力を発揮するうえで支障となっている状況を改善したり、調整したりすることです。
障害の種類によっては、就業にどのような支障があり、どのような配慮が必要なのかが、見た目だけではわからない場合があります。また、障害の種類や障害者手帳の等級が同じ場合であっても、一人ひとりの状態や考え方は異なることがあります。
特に雇用の場合には、同じ障害名、障害程度であっても、障害当事者の考え方や希望、職場環境などによって必要となる配慮が異なることがあります。たとえ障害部位・等級が同じ場合であっても、障害者一人ひとりの状態や職場環境などによって、求められる配慮は異なり、多様で個別性が高いことを意識しておくことが必要です。具体的にどのような措置をとるかについては、障害者と事業主とでよく話しあった上で決めることが求められます。
なお、合理的配慮は「過重な負担」にならない範囲で事業主が行うものとされています。次のような要素が関係する場合は免除されます。
・事業活動への影響の程度
・実現困難度
・費用負担の程度
・企業の規模
・企業の財務状況
・公的支援の有無
相談体制の整備・苦情処理、紛争解決の援助
障害者からの相談に対応する態勢の整備が求められています。この相談態勢の整備としては、相談窓口をあらかじめ定めて従業員に周知することや、相談者のプライバシーを保護するために必要な対応をとること、相談内容を理由として不利益な取扱いを禁止することと、従業員に周知・啓発すること(就業規則、社内報、パンフレット、社内ホームページなど)が含まれます。
障害者雇用促進法の合理的配慮に関する企業ができる対応
職場で希望する合理的配慮は、障害者から事業主である企業に対して申し出ることになっています。申し出のあるタイミングは募集や採用が多いですが、採用時には採用の合否に関わると考える当事者がはっきり申し出ない場合もあります。
また、障害者本人に合理的配慮についての知識や、企業へ伝える準備が整っていない場合もあります。そのようなケースも想定して、企業側は面接のときに、質問を通して障害特性や状況等について確認しておくとよいでしょう。例えば次のようなものが考えられます。
・就業時間・休暇等の労働条件面での配慮を望んでいるか
・職場内で、どのような職務内容の配慮・工夫があると仕事がしやすいか
・今までコミュニケーションを取るときにどのような方法で行ってきたのか、どのような方法だと取りやすいか
・相談員や専門家、外部の支援機関との連携は就労後、どのように考えているのか
面接で障害への受容や配慮については聞きづらいからとあまり確認しないままで採用する企業がありますが、これは企業リスクにつながることもあります。近年は「合理的配慮」が適切に示されないと当事者が訴訟を起こすケースも発生しています。企業が考えている障害者雇用の取り組みや合理的配慮と、当事者が考えている障害者雇用や配慮に関する考え方の違いがないかを確認しておくことはリスク管理としても大事なことです。
また、合理的配慮として取り決めたことについては、それが希望どおりにできているか、働く環境が整っているのかを適宜確認したり、見直すことが大切です。これができていないと、現場でトラブルが起こったり、職場定着しない要因となります。人事部や上司は必要な配慮事項について知っていても、それを配慮しすぎて一緒に働く同僚に伝えていないケースがあります。しかし、一番身近に一緒に働く社員にどのような配慮が必要なのかを伝えていないと、同僚たちは配慮を示すことができませんし、当事者には適切な配慮が示されていないと感じさせてしまうので、この点は注意が必要です。
なお、伝える内容や範囲については、障害者本人の意向を踏まえた上で行なってください。例えば、誰に、どのような内容(障害の特性、配慮事項、得意なところ、苦手なところ、合理的配慮として対応してほしいことなど)について確認しておくとよいでしょう。
当事者から「周囲の配慮が足りない」「退職したい」と相談があるケースでは、一緒に働く同僚がどのような配慮が必要なのかを知らずに適切な配慮が示せなかったと思われる事例が多くあります。周囲の同僚は知らなければ、障害のある同僚に配慮を示すことができませんし、障害特性からおこりがちな課題や問題があったとしても「何度聞いてもわからない」「仕事の意欲がない」「怠けている」などの評価をしてしまいがちです。障害者雇用を円滑に進めるうえでは、職場の理解が欠かせません。
障害者本人から申し出があった合理的配慮が、企業にとってすぐに対応できないことや過重な負担となるような場合もあります。対応が難しい場合には、その理由を、配慮を申し出た障害者社員へ説明する義務があります。また、職場や当事者の状況は変わっていきます。一度合理的配慮を確認したから終わりではなく、求められている合理的配慮が示されているのかを定期的に確認することが大切です。
合理的配慮の事例
障害者差別解消法と障害者雇用促進法の合理的配慮の事例を見ていきます。
障害者差別解消法の合理的配慮の事例
まず見ていくのが、障害者差別解消法の合理的配慮についてです。
不特定多数の人の来所等が想定される事例
すでに「合理的配慮」が義務となっている国や自治体では、次のような配慮をおこなっています。
・段差がある施設等にスロープを設置する
・セミナーや説明会では手話通訳や筆談、音声ガイドを準備する
・障害者にとってもわかりやすいような情報提供やコミュニケーションツールを活用する
例えば、行政窓口などでは、障害者が自分で書面に記入するのが難しい場合、本人の意思を確認しながら代筆したり、意思疎通のために絵や写真、筆談などを活用したりするといった対応をしています。
また、この他にも車いす利用者が移動しやすいレイアウト設計や、視覚障害や読字障害者がわかりやすいように資料の点字や文字を大きくする、音声コードを入れて読み上げができる工夫をすることができます。音声コードが入っていると、その音声コードをスマートフォンで読み取って、資料の内容を読み上げてくれます。銀行や病院などの窓口業務がある業種では参考にするとよいでしょう。
一方で、過重な負担にならない範囲での対応が求められていますが、これはどのように考えればよいのでしょうか。例えば、従業員が少なく混雑しているような時間帯などでは、「店内を案内してほしい、詳しく説明して欲しい」などの要望に応えることが難しいかもしれません。このような場合には、負担が重すぎない範囲で、別の方法を提示することができるでしょう。
飲食店等の事例
飲食などのサービス業における合理的配慮の事例を見ていきましょう。ある飲食店の店舗では、視覚障害者でも選びやすいメニューを準備しています。このメニューは点字と大活字で表示したり、料理についての説明が通常よりも詳細に示されています。
一般的なメニューには料理のサンプル写真が表示されていることが多いですが、視覚障害のある方はそれがわからなかったり、メニュー名だけでは伝わりにくかったりすることもあります。そのため一般のメニューよりも詳しく料理の説明を文章で補い、食感などの特徴を記載して具体的なイメージを与えるように工夫をしています。また、ハンバーグの大きさが2種類あるときなどには、その大きさを点字で円を描きサイズがわかるように工夫されています。
なお飲食店の場合、入店のための車いすの補助などは合理的配慮にあたりますが、食事介助を求められるときには事業サービスとして行っていない限り、断っても合理的配慮をしていないことにはなりません。
交通機関等の事例
交通機関等の公共に近いサービスの場でも合理的配慮が求められます。ある私鉄の駅に勤める職員は、持病の薬が切れて歩けなくなっていた人に、「駅から100メートルほど離れている自宅から車いすをもってきてほしい」と頼まれたことがありました。
この職員が所属する鉄道会社では、車いすの扱い方などのマニュアルはありましたが、とっさに介助を依頼された場合の対応法については規定がありませんでした。また、できる限り助けたいと思っても、職場を離れるためのスタッフ確保が難しいことや、不慮の事故で責任を問われる可能性もあり、どこまでが「合理的配慮」にあたるのか、どこまで対応するのかの判断は難しいこともあります。
このようなときには、本来の業務に付随するものに限られることを理由に難しいことを伝えられるでしょう。しかし、代わりに家族へ連絡を取ることや、休憩室で休ませるなどの対応はできるかもしれません。
教育機関の入試などの事例
大学などの高等教育機関でも障害のある学生が増えています。特性のある学生には、それに応じた配慮が必要です。例えば、発達障害の特性上、対人コミュニケーションや集中力の維持、また文章の読み書き・計算など特定の課題において困難を抱えていることがあります。
入学試験における困難の例としては、「試験中に答えを口に出してしまう」、「試験問題を読むのに時間がかかる」、「解答を書くのに時間がかかる」、「マークシートをうまく塗りつぶせない」などがあげられます。大学入試センターが実施している「大学入学共通テスト」では、発達障害のある受験生に対して、試験時間を1.3倍に延長するという配慮が取られています。
ある大学では、受験生の保護者から、「試験中に独り言のように答えを言ってしまうので別室で受験したい」、「人が多いところでは周囲の目が気になり落ち着いて試験を受けられないので、別室で受験したい」という相談があり、いずれも許可されています。このように、入学試験における別室受験は、発達障害のある受験生に対する一つの配慮として実施されています。
障害者差別解消法の合理的配慮については、次の資料を参考にしてください。
合理的配慮の提供等事例集(内閣府)
合理的配慮等具体例データ集(内閣府)
障害者差別解消に関する事例データベース(内閣府)
障害者雇用促進法の合理的配慮の事例
障害者の採用、雇用に関わる場面では、次のような合理的配慮がされています。
募集や採用時の合理的配慮
・面接、採用試験で障害に応じた対応
障害特性によっては、通常の面接・採用試験では実力を発揮できない場合があります。そのようなときには、当事者の症状に応じて「口頭での面接を文字によるやりとりに変える」、「試験時間を延長する」などの配慮を行っている事例があります。他にも、質問の表現をわかりやすくする、質問を印刷して紙で見られるようにするなどの配慮ができます。
・面接時に、就労支援機関の職員等の同席を認める
緊張しやすく、面接で実力を発揮しにくい、コミュニケーションが得意でないという方がいます。そのため、当事者が就労支援機関などに通っている場合、面接時に支援機関スタッフの同席を希望することがあります。希望があれば同席を認めるほか、事前にスタッフへ障害特性を確認しておき、面接時に当事者へ過度な負担がかからないよう配慮することができるでしょう。
・実習などで能力やスキルを見る機会をつくる
採用選考では、書類選考や面接だけでなく、実習やインターンシップをおこなうことで、コミュニケーションが苦手な人にも採用の機会を広げる事ができます。
実習することのメリットとしては、次の点があります。
・実習すると応募者が面接だけではアピールできなかった点が見える
・実習すると会社の社風にあった人材の採用ができる
・実際の業務のレベル感がわかる
・障害者雇用に関する社内の理解が深まる
採用後の合理的配慮
・業務指導の担当者、専任者を配置する
障害者雇用において、当事者に業務を教える専任者や担当者のことを「キーパーソン」と呼びます。採用したばかりの頃は特に緊張しやすく、慣れない環境でいろいろな人からの説明や指示を受けることで混乱したり、「誰に聞けばよいのか」と迷ったりすることがあります。
このようなときに、誰に質問や相談をすればよいのかが決まっていると、聞く人が明確でわかりやすく、指示が統一されて行われ、混乱を招きにくくなります。また、担当者も定期的に当事者と面談したり、日誌を記入したりすることで、当事者の仕事の悩みや体調などを把握しやすくなるほか、仕事のフィードバックもしやすくなります。
・作業指示や伝達に曖昧な表現をしない
作業指示や伝達事項に関しては、意味のとり方を迷ってしまうような抽象的な表現を避け、わかりやすく明快に指示することが大切です。
例えば、業務が一段落して休憩をとってもらうときに、「5分~10分くらい休憩してください」と声をかけることがあります。相手の意思や体調に配慮した表現だったとしても、障害者にとってはわかりにくい表現に聞こえることがあります。
「5分~10分くらい休憩してください」、この声かけは「少し休憩をとっていいですよ」という意味ですが、その「少し」や「だいたいこのくらい」を判断することが苦手なことがあります。このような場合は、「5分休憩しましょう」と明確に指示した方が、当事者にとってわかりやすく、落ち着いて休憩をとることができます。
・習熟度に応じて業務量を増やしていく
業務を理解して、習得するまでに、思っていた以上に時間がかかることがあります。スムーズに業務をこなしてもらうために、はじめは少ない業務量からはじめ、当事者の習熟度を確認しながら増やしていくことができます。
作業が想定よりうまくいかないという場合は、「当事者にとって作業自体が難しいのか、あるいは指示や説明が理解しにくいのか」を見極めることが大切です。業務自体はできる能力を持っていても、指示や説明がわかりにくいと伝わっていないことがあります。
このようなときには、マニュアルを文字以外にも図や写真等を活用することや、業務指示を一つずつわかりやすく示したりすることができるでしょう。
・仕事に集中できる環境を整える
障害の特性として気が散りやすく、集中力が途切れてしまう人がいます。このような特性がある人には、落ち着いて作業できるようにするための配慮ができます。
例えば、当事者が「人の視線があると集中しにくい」という場合、「当事者の机の前後左右についたてを設置する」、「作業机をついたてで仕切って個人の作業スペースを確保する」、「当事者と他者との直接的な関わりをできるだけ少なくし、静かな作業環境を作れるようにする」などの対応をしている職場があります。
・感覚過敏対策としてサングラスや耳栓の使用を認める
発達障害の方の中には、音や光、においなどに対して過剰に敏感であるなど、感覚に問題を持っている方がいます。このような感覚過敏の方に対しては、その障害特性に応じた配慮を行っている事例があります。
例えば、当事者に「音」への感覚過敏がある場合には、「静かなところで作業してもらう」、「耳栓を付与する」、「ヘッドフォンの着用を認める」、「当事者の机に電話を置かない」などの配慮が可能です。「光」への感覚過敏の場合には、「職場の蛍光灯の数を減らす」、「当事者にサングラスの着用を認める」などの配慮事例があります。
「におい」への感覚過敏に対しては、「マスクの着用や芳香剤の使用を認める」などの事例が、また「温度」への感覚過敏に対しては、「当事者専用のスポットクーラーを設置した」などの事例があります。感覚過敏の程度は個人差が大きく、どのような配慮が必要なのかは個別で異なりますので、当事者が希望している内容を確認することが大切です。
・移動の支障となるものをなくし、職場内での移動の負担を軽減する
通路に棚や物が置いてあると、車いすでの移動で支障になることがあります。これをなくすために、物の配置や場所の使い方を工夫し、レイアウトを変更する、障害者社員を移動しやすい席に配置するなどできることがあります。
また、移動頻度の少なくするために、業務に必要な設備(書類棚、各種ラック、プリンター等)を席の近くに配置できるかもしれません。何か業務で移動が必要な時には、階段を使用せずにすむように、一部屋やワンフロアで作業が可能なようにレイアウトしている職場もあります。
・業務がしやすいオフィス機器を活用する
肢体不自由の方は、作業姿勢の調節が難しいなどの支障があるかもしれません。そのため車いすでも使用しやすい、高さの調節のできる机を準備している職場もあります。
・出退勤時刻、休憩、休暇、通院などに関し、柔軟な制度を導入する
障害特性によっては、体調に波があり、定時に出勤することが難しかったり、通院、服薬を必要としたりすることがあります。このような場合には、個別の状況に合わせて適切な配慮が求められます。
例えば、精神障害の方は心身が疲れやすい傾向にあるため、就業初期は短時間勤務から始め、徐々に勤務時間を延長していくのも一つの方法です。また、通勤ラッシュや人混みが苦手な人も多いので、出勤時間を少し遅めに設定することがあります。
休憩時間においても、規定が「1日 60 分」であれば「45分」と「15分」というように、本人の希望や状況に応じ、分割して休憩が取れるよう配慮しているケースもあります。休暇に関しては、当事者の通院などに応じて、有給休暇を1時間単位で取得できるようにするといった対応もできるでしょう。
合理的配慮の「合理的」とは「道理や論理にかなっているさま」や「むだなく能率的であるさま」を指します。合理的配慮を行なうことで、企業の事業活動に多大な影響が出る場合や、社員に過度な負担がかかる場合、また多大な費用負担が生じる場合など、明らかに対応が困難な場合は、「合理的配慮」には該当しません。ただ、どの程度が「過度な負担」にあたるのかは、企業の規模や財務状況等により異なります。これに関しては、各企業で判断していくことが求められます。
障害者雇用促進法の合理的配慮については、次の資料を参考にしてください。
合理的配慮指針事例集【第四版】(厚生労働省)
障害者への合理的配慮好事例集(厚生労働省)
障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関する Q&A(厚生労働省)
ただし、これらはあくまでも事例です。合理的配慮指針事例集の「はじめに」にも明記されていますが、事業主が合理的配慮を提供する際に参考になると考えられる事例を幅広く収集したものになっています。中には、ある程度一般的に実施されていると考えられる配慮措置だけでなく、特に進んだ取組と考えられる措置についても記載されています。
合理的配慮は、個々の障害者の障害の状態や職場の状況に応じて提供されるものであるため、多様性があり、個別性が高いものです。したがって、事例集に記載されている措置はあくまで例示であり、あらゆる事業主が必ずしも実施しなければならないわけではなく、また、記載されている事例と同一の規模、同一の業種の事業主が、必ず記載通りの措置を実施できるわけではありません。また、本事例集に記載されている措置以外であっても、合理的配慮に該当するものもあります。
合理的配慮のポイント
最後に合理的配慮のポイントについて見ていきます。
合理的配慮は自らが申し出るもの
以前の日本の障害福祉などに関わる制度は障害名、障害程度によって受けられるサービスなどが一律に定められていました。しかし、それぞれの障害の受け止め方や捉え方は個別に異なります。
また、国連総会で「障害者の権利に関する条約」(「障害者権利条約」)が採択されたことにより、合理的配慮という考え方が広まりました。これは障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目指しています。
つまり、障害者を障害があるから配慮される人という位置づけ、誰かから支援される人ではなく、合理的配慮を受けるには、自分から必要なサポートを発信していく、つまり自分の権利を主張することが求められるものとなっています。
従来は国が「◯◯の障害がある人には△△のサポートが必要」と決めていました。しかし、合理的配慮では一人一人の困り感は違うのだから、個人を尊重し求める配慮が受けられるように「自分はこれが苦手なのでこう配慮してほしい」という発信をしてもらうことを意図しているのです。
たとえ同じ障害、同じ障害程度だったとしても、障害に対する受け止め方、考え方はそれぞれ違います。できるだけ他の人のサポートを受けずに自分で行えるようにしたいという人もいれば、受けられるサポートは何でも受けたいと考える人もいます。
これらは周囲がどれほど考えたとしても正解というものはなく、本人が望む支援が一番よいと言えるでしょう。そのため本人が希望する、個人に合ういわばオーダーメイドのような支援が可能となっています。その一方で、自分からニーズを伝える必要もあります。
求められる合理的配慮は異なる
合理的配慮で求められることは、障害者の障害や状況によって異なります。同じ障害者手帳や障害名、障害等級であったとしても、求められる配慮が違うということがあります。
「◯◯障害だから◯◯だ」と今までの経験や知識から判断するのではなく、どのような配慮が必要なのかは、個別に異なることを認識した上で対応するとよいでしょう。
対応が難しい合理的配慮を求められたときには話し合う
障害者から対応が難しい合理的配慮を求められた場合には、どのように対応すればよいのでしょうか。障害者差別解消法でも障害者雇用促進法でも、合理的配慮は「過重な負担」にならない範囲で事業主が行うものとされています。もし、正当な理由があると判断したときや、過度な負担になる場合があれば、その理由を説明し、理解を得るよう努めることが求められます。
障害者差別解消法の合理的配慮の対応は、突然求められることが少なくありません。企業で想定される合理的配慮については業種、業態によって異なりますので、事前に検討しておき、方針や基本的な対応を示しておくと対応しやすいでしょう。
障害者雇用促進法の合理的配慮は、採用時に確認しておくことが大切ですが、雇用後に職場環境の変化や当事者の状況変化などにより、当初想定していたこと以外の合理的配慮が必要なことが生じることもあるでしょう。このようなときには、お互いにコミュニケーションを図り、お互いの妥協点を探ることができます。そのために、普段から企業と障害者社員の間でよくコミュニケーションをとること、信頼関係を築いておくことが必要です。
なお、企業側は説明したつもり(実際にはしっかり説明できていることも多い)でも、障害者本人には伝わっていなかった、または違ったニュアンスで受け止められていたというケースも見られます。わかりやすく伝えるとともに、企業側の考えが障害者社員に適切に伝わっているのかを確認することも必要です。合理的配慮の本質は、企業と障害者社員のコミュニケーションと信頼関係によって構築されています。
動画で解説
参考
障害を理由とする差別の解消の推進(内閣府)
【パンフレット】令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されます!(内閣府)
雇用分野における差別禁止・合理的配慮(厚生労働省)
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