2026年7月7日更新
「主治医の意見書があるなら、採用しても大丈夫ですか?」
精神障害者雇用の相談では、このような質問を受けることがあります。
主治医の意見書に「就労可能」といった意見が示されていると、企業側は一つの安心材料のように感じるかもしれません。
しかし、主治医の意見書は、「この会社の、この仕事に採用して問題ない」ことを保証する書類ではありません。主治医が主に見ているのは、病状や治療経過など医学的な状態です。
一方、企業が判断しなければならないのは、「予定している仕事を遂行できるか」「どのような勤務条件が必要か」「どのような配慮を検討するか」「配属先で継続して対応できるか」といった、実際の仕事との関係です。
精神障害者雇用では、主治医の意見書を「採用してよいかどうかの答え」として見るのではなく、採用・配置・配慮を考えるための判断材料の一つとして扱うことが重要です。
この記事では、主治医の意見書から何が分かり、何は分からないのか、「就労可能」という言葉を企業はどう受け取ればよいのか、そして意見書の情報を採用・配置・配慮の判断へどうつなげるのかを整理します。
- 精神障害者雇用における主治医の意見書の位置づけ
- 「就労可能」と「自社の仕事を遂行できる」の違い
- 主治医意見と実際の就労にズレが生じる理由
- 企業が採用・配慮・配置を分けて判断する意味
- 主治医に意見を求めるとき、企業側も仕事内容を具体化する必要がある理由
- 医療情報を現場で使える情報へつなぐ考え方
主治医の意見書とは何か
精神障害のある人がハローワーク等で就労支援を受ける際に、主治医の意見書等が確認資料として用いられることがあります。
主治医の意見書には、様式によって異なりますが、診断名や現在の精神症状、治療状況、就労についての主治医の意見、就労支援を考える際の留意点などが記載されます。
障害者職業総合センターの資料では、ハローワーク等の就労支援で用いられる主治医の意見書には、精神障害者であるかを判断するための参考資料としての役割や、今後の就労支援を考えるための情報としての役割があると整理されています。
ただし、ここで注意したいことがあります。
主治医の意見書は、「この人は、この会社のこの業務で問題なく働ける」と保証する書類ではありません。
また、企業が当然に取得する書類という意味でもありません。
本人から医療上の情報や意見が共有された場合には、その情報を何のために使うのかを明確にし、必要な範囲で採用・就業上の判断につなげていくことが重要です。
主治医の意見書で確認できること
主治医の意見書は、企業が本人の状態を理解するための重要な参考情報になることがあります。
例えば、
- 現在の症状や治療の状況
- 医学的な観点から見た求職・就労についての意見
- 勤務時間等について医学的に留意したほうがよい点
- 体調を崩しやすい状況や注意すべきサイン
- 就労を考えるうえで参考となる配慮や留意事項
などが記載されていることがあります。
こうした情報は、採用や働き方を考えるための重要な材料になります。
ただし、意見書に記載されている内容と、企業が採用時に判断しなければならない内容は同じではありません。
主治医の意見書だけでは判断しにくいこと
例えば、次のように整理できます。
| 意見書から確認する材料 | 企業側で別に判断すること |
|---|---|
| 症状や治療の状態 | 予定する仕事を遂行できるか |
| 医学的な就労についての意見 | 勤務条件と実際の職務が合っているか |
| 就労上の留意事項 | 自社ではどのような対応が必要か |
| 望ましいと考えられる配慮 | 予定する職場でどう実施するか |
例えば、意見書に「短時間勤務が望ましい」という趣旨の記載があったとします。
それは企業にとって重要な情報です。
しかし、そこから先には、「予定している仕事は短時間勤務で成立するのか」「勤務時間をどのように設定するのか」「その条件でどのような仕事を任せるのか」という企業側の判断があります。
つまり、主治医の意見書は答えではなく、企業の判断を始めるための材料です。
なぜ、意見書と実際の就労にズレが生じるのか
主治医が主に確認するのは、病状や治療経過など医学的な状態です。
一方、企業が知りたいのは、「この業務をどの程度遂行できるのか」「この勤務時間や業務量で働けるのか」「どのような職場環境や配慮が必要なのか」といった、具体的な仕事との関係です。
しかし、主治医が、応募先企業の仕事内容、求められる作業量や判断、対人対応、職場環境などを詳しく把握しているとは限りません。
医療と企業では、持っている情報と判断する範囲が異なります。主治医は医学的な状態を見ています。一方、企業には、実際に任せる仕事と職場条件をもとに判断する役割があります。
その違いが特に表れやすいのが、意見書に示される「就労可能」という考え方です。
「就労可能」と「この仕事を遂行できる」は同じではない
主治医の意見書で特に誤解されやすいのが、「就労可能」という表現です。
企業側から見ると、「医師が就労可能と言っているのだから、働ける状態なのだ」と受け取りたくなるかもしれません。
しかし、障害者職業総合センターの「就労支援と精神科医療の情報交換マニュアル」では、意見書における就労可能性について、病状等の医学的な観点から、働くことや就職に向けた取組を行うことが適当かを判断するものであり、基本的な労働習慣や作業遂行能力そのものを判断するものではないと整理されています。
その後の研究で示された主治医意見書の記載例でも、「病状等の観点から、現時点でハローワークで求職活動を行ってよいか」という形で、医学的な判断の範囲がより分かりやすく示されています。
医学的な観点から就労や求職活動を検討できる状態であることと、実際の作業遂行能力、仕事のスピード、勤務の継続性、自社の業務との適合を判断することは分けて考える必要があります。
例えば、同じ人でも、
一つの仕事を順番に行う環境と、複数の依頼を同時に調整する環境では、求められる能力や負荷が異なります。
勤務時間が同じでも、判断や対人対応の多い仕事と、手順が明確な仕事では働き方が変わることがあります。
だから企業は、「就労可能か」だけを見るのではなく、「予定しているこの仕事を、この条件で行うには何を確認する必要があるか」まで具体化する必要があります。
意見書の次に企業が考える3つの判断
主治医の意見書を確認したあと、企業側では大きく、採用・配慮・配置を分けて考えると整理しやすくなります。
1.採用判断|予定している仕事との関係を見る
採用判断では、「障害があるか」「就労可能と書かれているか」だけではなく、予定している職務との関係を確認します。
例えば、
- 今回任せる仕事は何か
- その仕事で必要になる能力は何か
- 勤務時間や業務量はどの程度か
- 本人の経験や仕事の進め方と合っているか
という視点です。
重要なのは、「一般的に働けるか」ではなく、「今回予定している仕事との関係でどう判断するか」です。
2.配慮判断|何の支障を減らすための対応なのかを見る
意見書に配慮について記載されている場合も、それをそのまま採用条件として置き換えるのではなく、「どの仕事・場面で必要なのか」「その対応によって何の支障を減らすのか」を本人と確認します。
そして、予定する仕事や職場環境と照らし合わせながら、企業として具体的な実施方法を検討します。
配慮は、「本人から希望されたものをすべてそのまま行う」「会社側が一方的にできる範囲だけを決める」というものではありません。
本人との対話を通して、仕事上の支障と必要な対応を具体化していくことが重要です。
3.配置判断|仕事だけでなく、働く条件まで見る
同じ仕事内容でも、誰が指示するのか。予定変更がどの程度あるのか。対人対応がどの程度必要なのか。困ったときに誰へ相談できるのか。によって働きやすさは変わります。
そのため配置を考えるときには、「空いている部署へ入れる」ではなく、予定する仕事と、本人が働くために必要な条件を職場側で実現できるかを見る必要があります。
主治医に意見を求めるなら、企業側も「仕事」を具体化する
ここは見落とされやすいポイントです。
医療側に、「この人は働けますか」「フルタイム勤務できますか」とだけ尋ねても、企業が本当に必要としている情報が得られるとは限りません。
なぜなら、主治医が応募先企業の具体的な仕事内容を把握していなければ、「その仕事を、その条件で行った場合に医学的にどのような留意点があるか」までは判断しにくいからです。
主治医等に追加の意見を求める必要がある場合には、本人への説明や同意など適切な手続きを踏まえたうえで、企業側も、
- 予定している主な仕事内容
- 勤務時間や勤務形態
- 業務上特に確認したい条件
- 医学・健康管理上、意見を確認したい事項
を整理しておくことが重要です。
厚生労働省の治療と仕事の両立支援でも、主治医に意見を求める際には、企業側の勤務情報を医療側へ提供するための様式が用意されています。
これは在職者の両立支援を想定した仕組みですが、考え方として重要なのは同じです。
そうすることで、医学的な情報と実際の仕事をつなぎやすくなります。
主治医意見書の情報だけで採用判断を完結させない
意見書に医学的な情報があっても、本人自身がこれまでどのような仕事をしてきたのか、仕事上どのような対応が有効だったのかは、別に確認する必要があります。
採用面接では、診断名を詳しく聞くことよりも、
- 予定する仕事で支障が生じる可能性がある場面
- これまで本人が行ってきた対処
- 仕事をするうえで必要な配慮
- 相談や確認を行いやすい方法
などを、実際の職務との関係から確認します。
企業が知りたいのは、「この病気について詳しく説明してください」ということではありません。「今回予定している仕事を行うために、何を確認・調整する必要があるか」です。
医療情報を、そのまま現場へ渡さない
主治医の意見書を人事が確認したからといって、その書類をそのまま配属先へ共有すればよいわけではありません。
意見書には健康や治療に関する情報が含まれることがあります。
現場に必要なのは、診断名や医学的情報の詳細ではなく、実際に仕事を進めるうえで必要な情報です。
例えば、
| 医療・支援上の情報 | 仕事上の情報として整理すると |
|---|---|
| 疲労が重なると体調を崩しやすい | 業務量が増える時期の確認方法を決める |
| 予定変更が負担になりやすい | 変更時の伝え方や確認方法を整理する |
| 不調時に相談しにくい | 相談先と確認するタイミングを決める |
重要なのは、医療情報を詳しく共有することではありません。
その情報から、職場で誰が何をすればよいのかを整理することです。
本人への説明と同意、自社の健康情報等の取扱ルールを踏まえながら、必要な情報を必要な範囲でつなぎます。
意見書を「確認して終わり」にしない
主治医の意見書がある。本人から必要な配慮も聞いた。採用面接も終わった。それでも、採用後に現場が迷うことがあります。
例えば、「この配慮をいつまで続けるのか」「仕事を増やしてよいのか」「不調が見られたとき誰が判断するのか」「人事へ戻す相談はどの段階でするのか」が決まっていない場合です。
つまり、問題は医療情報が足りないことだけではありません。得られた情報を、仕事・配慮・配置・役割分担へつなげる仕組みが必要です。
また、採用時に決めた働き方が、その後もずっと適切とは限りません。本人の仕事への習熟、仕事内容、職場環境、周囲の体制などは変化します。
そのため、採用時に整理した配慮や働き方についても、実際の就業状況を見ながら必要に応じて見直します。
精神障害者雇用では、人事・現場・本人の判断をつなぐ
主治医の意見書には、医療側から見た重要な情報があります。本人には、自分の経験や働き方についての情報があります。現場には、実際に任せる仕事と職場環境についての情報があります。人事には、採用条件、配置、制度、社内調整についての情報があります。
どれか一つだけで、採用後の働き方を決めることはできません。
企業として考えたいのは、それぞれが持っている情報を、誰がどの判断に使うのかということです。
主治医の「就労可能」を採用判断の代わりにするのでもなく、本人の希望だけに委ねるのでもなく、配属先の不安だけで判断するのでもありません。医学的情報と、本人の経験、実際の仕事、企業側の条件をつなぎ、会社として判断します。
社内で確認しておきたいポイント
- 「就労可能」を、そのまま「自社の仕事を遂行できる」と受け取っていないか
- 意見書の情報と、実際に任せる仕事を分けて確認しているか
- 採用・配慮・配置を一つの判断にまとめていないか
- 主治医に意見を求める場合、企業側も仕事内容や勤務条件を具体化しているか
- 医療情報をそのまま現場へ渡すのではなく、仕事上必要な情報へ整理しているか
- 採用時に決めた配慮や働き方を、就業状況に応じて見直せるようにしているか
主治医の意見書があっても採用判断が難しい場合、「もっと医学的な情報が必要なのではないか」と考えたくなるかもしれません。
しかし、実際には、企業側の「任せる仕事」と「何を基準に判断するか」が十分に具体化されていないことが、判断を難しくしている場合もあります。
「必要な配慮は聞いたが、配属先で実施できるか決まっていない」
「人事と現場で採用判断が分かれている」
障害者採用・定着のどこにズレが生じているのか、採用前の設計から確認してみてください。
FAQ|主治医の意見書と採用判断で企業が迷いやすいこと
Q:主治医の意見書に「就労可能」とあれば、採用判断はどこまで進められますか
「就労可能」という医学的な意見は、採用判断の重要な材料の一つです。ただし、それだけで採用可否が決まるわけではありません。
医学的に就労・求職活動を検討できる状態であることと、予定している職務を必要な条件で遂行できることは別の判断です。
企業側では、仕事内容、必要な能力、勤務条件、必要な配慮、配属先での実施可能性などを確認したうえで採用を判断します。
Q:意見書と本人の話に違いがある場合は、どちらを優先すればよいですか
どちらか一方を正しいものとして選ぶのではなく、何について認識が異なっているのかを整理します。
例えば、本人はフルタイム勤務を希望している一方で、意見書には勤務時間について留意が必要と記載されている場合があります。
その場合には、本人がそう考えている理由や、医療側がどのような点を懸念しているのかを確認し、必要に応じて本人を通じた情報確認や、適切な手続きを踏まえた専門職との連携を検討します。
重要なのは、意見書と本人のどちらかを採用することではなく、企業として判断するために必要な情報を整理することです。
Q:意見書に配慮事項が書かれていたら、そのまま実施すればよいですか
意見書に記載された配慮や留意事項は、企業が合理的配慮や就業上の対応を検討するための重要な参考情報です。
ただし、医学的な表現だけでは、実際の職場で何をすればよいのか明確でないことがあります。
「どの仕事・場面で必要なのか」「何の支障を減らすための対応なのか」を本人と確認し、予定する仕事や職場環境に照らして具体的な実施方法を検討します。
Q:主治医に追加で意見を確認したい場合、企業側は何を整理しておけばよいですか
「働けますか」という一般的な質問だけではなく、主治医に何について医学・健康管理上の意見を求めたいのかを明確にします。
そのためには、企業側でも予定している仕事内容、勤務時間、業務上の特徴などを具体化しておく必要があります。
主治医との情報連携が必要な場合には、本人への説明や同意、自社の情報取扱ルール等を踏まえて進めます。
Q:主治医の意見書は配属先へそのまま共有してよいですか
意見書には健康や治療に関する情報が含まれることがあるため、そのまま広く共有するのではなく、慎重な取扱いが必要です。
配属先に必要なのは、診断名や治療内容の詳細ではなく、「どのような仕事上の対応が必要か」「どのように指示・確認するか」「困った場合は誰につなぐか」といった、実際の業務に必要な情報です。
本人への説明と同意、自社の健康情報等の取扱ルールを踏まえ、必要な範囲に整理して共有します。
まとめ|主治医の意見書を「採用の答え」にしない
主治医の意見書は、精神障害のある人の就労を考えるうえで重要な参考資料です。
しかし、「就労可能」という意見があることと、「自社のこの仕事を、この条件で遂行できる」ことは同じではありません。
医療側が主に見るのは、病状や治療経過など医学的な状態です。
一方、企業には、
- 何の仕事を任せるのか
- どのような能力が必要なのか
- どのような配慮を検討するのか
- どの職場に配置するのか
- 誰が採用後の判断を担うのか
を整理する役割があります。
また、主治医からより具体的な意見を得たいのであれば、企業側も「どのような仕事を予定しているのか」を具体化する必要があります。
主治医意見書を確認して終わりにするのではなく、そこにある医学的な情報を、実際の仕事・配慮・配置の判断へつなげる。それが、精神障害者雇用における企業側の役割です。
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参考資料
- 障害者職業総合センター「就労支援と精神科医療の情報交換マニュアル」
- 障害者職業総合センター「効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等の情報共有に関する研究」資料
- 厚生労働省「治療と仕事の両立について」
※主治医の意見書の様式や利用場面は、制度・支援機関・本人の状況等によって異なります。また、健康・医療情報の取扱いについては、自社の規程や関係法令等を踏まえ、必要に応じて専門家や関係機関へ確認してください。
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