障害者雇用の中で増えてきている精神・発達障害。しかし障害者雇用を進めている企業の中でも、まだ手探り状態で進めているところも少なくありません。そんな中で、精神・発達障害の方がITに関する業務を1人1プロジェクトで担い、しかもフルリモート・フルフレックスで取り組んでいるのが日揮の特例子会社日揮パラレルテクノロジーズ株式会社さんです。
今回は、日揮パラレルテクノロジーズの代表取締役社長である阿渡 健太様から、前半で業務や精神・発達障害の方が活躍している仕事のスタイル、採用方法などについて、これまでの取り組みをお話いただきました。後半は、ご自身がパラアスリートとして活躍されている中で、パラアスリートの現状やその影響、これからの障害者雇用考えていることなどもお聞きしました。
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日揮パラレルテクノロジーズ株式会社JPT、特例子会社)の概要
事業内容
・日揮グループ内のIT業務支援
設立:2021年1月
社員:42名(うち39名が身体、精神・発達障害、9割を精神・発達が占める)
ホームページ
公式note
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Q:阿渡さんはパラアスリートとしても活躍されています。仕事されてからアスリートになられたとお聞きしましたが、どのように両立されているんですか。また、パラアスリートの現状なども教えて下さい。
A:元々は普通に会社員として仕事をしていて、東京パラリンピックがあるので目指そうと思い、テコンドー(韓国発祥の足技を中心とした武道)を始めたんです。アスリート雇用は、以前よりは雇用されやすくなっているので、いい環境になってきたと思います。ただ東京パラリンピックの時がピークだったかもしれません。あの時は本当にどこでも歓迎されていた感じでした。今はそれが落ち着いてきました。それでも、私が就活している頃から比べると、働く環境や社会の理解は整ってきたと感じています。
仕事とスポーツの両立と言っても、なんかすごいことをやっているわけではないんです。1日のスケジュールは、午前中に1時間~2時間ぐらいのフィジカルトレーニングをします。そして、10時ぐらいから夜の6時半くらいまで仕事をして、その後7時から自宅の近くの道場に行き2時間ほどテコンドーの練習をします。それを毎日、地味に続けているんです。
パラアスリートを始めてから気づいたんですけれど、やっぱりアスリートってすごいなと思いますね。本当に大変だな・・・と。日々の自己管理はもちろんですが、健康、食事、睡眠全てに気をつかい、本当に地味な生活をしているんです。お酒も飲めないですから。一方で、アスリートとしてやっているので、成績を残していかないと日本代表の強化指定選手になれません。だから意識を高くもっていくことが求められるんです。
一方で、東京パラのときには、パラアスリートが結構ちやほやされたりしました。だからちょっと勘違いしてしまったり、東京が終わったあとのブームが去ってしまってシーンとしているのを見たりすると、謙虚さってとても大事だなって感じたりもしています。でも、東京パラを契機に障害者に対する目は本当に変わりましたし、テレビやCMに出る機会も増えて、そういう意味では以前に比べたら、とってもいい環境になってきたと思いますね。
Q:なるほど、そういう環境なんですね。会社からアスリートとしての支援を受けられていますか。
A:はい、受けています。アスリートとして活動してる時間も就業時間になりますし、競技結果も評価に含まれます。また、国内・海外遠征に行ってる期間も有休ではなく、業務として認められますし、活動費もサポートしてもらっています。
日揮では元はアスリート制度がありませんでした。私自身、東京パラを目指すために本気でアスリートをするつもりだったので、転職活動を経て別の会社に行く予定でした。当時の上司に「転職します」と伝えたらところ、アスリート制度を作るからと言われ、要望が通ってアスリート制度ができ、私も日揮に残ることを決断しました。
Q:そうなんですね。パラアスリートをする人が増えてほしいですか。
A:そうですね、増えてほしいというのもありますけれど、私は同じ障害のある子どもたちに夢を持ってほしいなと思っているんです。例えば、手がないから「できない」とか、「可能性がない」とか、そういう風に自分で自分の可能性を決めつけないでほしいんです。「あ、こんなに人生楽しくやっていいんだ。」って思ってほしいんです。そういう意味で、いろんな人が出てきてほしいと思いますね。
私もパラアスリートとして、社長として、いろいろ表に出る機会を見てもらうことによって、「障害があっても、こんなに楽しくやってる人がいるんだ!」と気づいてもらえるとうれしいし、気づいてほしい。自分で可能性を縮めてほしくないと思っています。
Q:少し話が変わりますが、日揮さんの発信されている情報を見ると、人を大事にする社風がとても強いように思いますが、その辺はいかがでしょうか。
A:そうですね。まず日揮という会社は工場などを持たない会社です。プラントを作る仕事をしていて、自分たちで設計して材料を調達して現場に建てる。これをやっているのは、全て人なんです。これは日揮に入った時からずっと言われてきたことで、これがベースにあります。
そして、個人的に感じているのが人生というのは結局1人で生きていくことはできないところがあるものの、この人生をどのように楽しむのかっていうのは、自分で考えていく必要があるということです。そのチャンスやきっかけを生むのは、人が運んでくると思っています。そういう意味でも、やはり人が1番大事だと思っています。
環境のせいとか、人のせいとか、他責にすることは簡単です。例えば上司が悪いとか、会社が悪いとかですね。一方で、自責にすることで人はどんどん成長することができます。私自身、今も課題や問題とかいろいろありますが、でもそれは全部自分の責任だと思っているし、今ここにいるのも自分が選択してきて、ここにいるんです。そして、出会う人全てに対して何か縁があると思っています。その根本にあるのは、チャンスを運んでくるのは人だと思っていることですね。
Q:全社的なイベントでJPTさんが最優秀賞を受賞した記事を見ました。
参考:日揮グループが「ピープルデー」開催、社員がつながる場を作る(Human Capital Online、日経BP)
A:「People Day」は、人と人を繋ぐというコンセプトのイベントで、この中では日揮グループ各社から人や組織の活性化につながっている事例を応募していました。そこでJPTは最優秀賞に選ばれたんです。ここにノミネートした内容は、先程説明したミッション研修と、みんつく会(みんなで作る会議の略称)です。みんつく会では、JPTの就業規則で決まっていないようなところをみんなで決めていこうという趣旨で始まっています。
例えば、JPTは在宅勤務をしていますが、就業規則には書いていないようなこと、例えばカフェで働いてもいい?図書館は?というようなことがでてきます。就業規則には在宅勤務とするしか書いてないので。このような細かなところまで決まっていない部分をみんなで決めていこうという会議がみんつく会で、これをテーマごとに分けて毎週やっています。就業規則には載っていない、会社で決めていないけれど、働くときに決まっていたほうがやりやすいよねというような部分を自分たちで決めていくんです。
Q:それが全体のアワードで選ばれたんですね。みんつく会、いいですね。
A:はい、人を大事にしているということで選ばれました。みんつく会、最近も結構深い議論があったんです。サンクスコインという制度を導入するかどうかの議論をしたんです。
例えば、会議した時に議事録を取りますが、それは、自主的に手を上げてもらっているんです。議事録取ることは、それ自体の評価はないんです。他にも公式noteを毎週水曜日に発行していますが、その記事も自主的に書きたいという人に書いてもらっています。書いてもらうことにありがとうという感謝はするけれど、それ自体は業績の評価にはなりません。それは、会社にはITエンジニアとして入ってきているので、ITエンジニアとしての成果物に対しての評価なんです。
ただ一方で一部の社員からは、こういう善意で成り立っていることに対して何も報酬がないのはどうなのか?という意見がでてきました。だからサンクスコインを入れてみてはどうかという議論になったんです。
Q:結果が気になります。
A:みんつく会での結論は、サンクスコインは見送りとなりました。その議論として面白かった意見が、自ら手をあげている人というのは、そもそも評価してほしいわけではない、評価を目的としていない。でも、自分ができると思って、会社に貢献したいという意見がでました。まぁ評価して欲しい人も中にはいるとは思うんですけどね。また、noteの執筆に関しても、もっとこの会社を広めたいから自分が書ける立場だから書きたいという思いでしているという意見がありました。
逆にサンクスコインをやると、例えばノートを1記事書いたら、サンクスコインをもらう、そしてサンクスコインが一定程度溜まったらお金に変わるという制度なんですけれど、仮に私がそのサンクスコンを渡すのを忘れてしまったりすると、どうなるか・・・。書いてくれた人は、「あれ、サンクスコインが来ない・・・。」と悩むんです。
最悪の場合、それが原因で気持ちが落ちてしまい、業務に集中できなくなってしまうことがある。そういう可能性のある人も、うちの会社にはたくさんいるんです。そういうことをして、ちゃんと仕事ができるのか?という議論もでました。
みんつく会では、社員同士でこういうことを決めていきます。私の一存でサンクスコインを入れる入れないを決めるのではなく、そこではいろんな意見が出てきます。こういうリスクがあるんじゃないとか、善意の搾取だとか、いろんな意見がでてきます。
Q:それは、面白い取り組みですね。そうやって決まったことに関しては、たとえ反対だったとしても、納得感がありますね。
A:そうです、納得感がポイントです。これは、別に会社がかっちり就業規則で決める必要のあることもないですし。
Q:「People Day」は毎年あるんですか。
A:いえ、今年初めてだったんです。その第1回目の最優秀賞でした。だから時代が来てるなと思いましたね。日揮グループはやっぱりプラントを作る会社なので、そのプラントを作る人たちが主役というイメージが強くて、これまでバックオフィスを支える人たちはあまりフォーカスされることはありませんでした。でも、そこに焦点を当てて、そういう人たちもいるから成り立っているんだよということを知ってもらう機会になったと思います。
Q:JPTでは広報の役割を果たすnoteの運営は、社員の方だけでなく、広報的な部分を外部の方の協力を得ながらされているそうですが、その辺をお聞かせいただけますか。
A:特例子会社を立ち上げたばかりの頃は、マンパワーが足りなくて、広報などいろいろやりたことがありましたが、なかなかできないという状況がありました。そんなときに育休しながらボランティアしてるママがいるという情報を得て募集したんです。そして、来てくれた人たちがとても優秀だったんです。他の企業に在籍しながら、育休している。でも、その間にボランティアしようと思う人たちなので、かなり意識が高いんです。
その方たちは、他社の文化を見たいとか、自分の今までのスキルを試したい、育休復帰前に少し社会復帰のリハビリをしたいなどのいろんな目的があるみたいですね。そこでnote執筆や、社内研修を企画して欲しいとか、いろいろお願いしていました。そのクオリティが高くて、中には業務委託契約で残ってもらっている人もいます。
今、人事部に在籍している2人の社員は、このボランティアを通じてJPTに転職してきました。育休から職場復帰する予定だったんですが、前の職場では在宅勤務ができないとか、勤務時間の関係で働きづらさがあったそうです。ちょうど人手が足りないタイミングだったので、入ってもらいました。JPTのミッションに対する共感度も高く、非常にマッチしている人材で、心強い仲間の一員ですね。
Q:最後に特例子会社としてどんなことを目指されているのか、中長期的な展望や、障害者雇用全般に対して感じていることがあればお願いします。
A:2点あります。1点目は障害者雇用が進まない一番の理由は、大企業ならではのセーフティネットだと感じています。それで、DE&Iを本当に進めたいのであれば、まず既存の制度を見直すべきだと考えています。ただ、これを言っているだけでは、なかなか他でも取り組もうとは思ってもらえないので、JPTがとにかく成果を出して、この働き方であれば成果が出せるというものを提示していきたいと考えています。今はこの段階に取り組んでいます。
そして、2つ目はその成果を本社にそれを伝えて、JPTの制度を逆輸入していきたいです。手厚いセーフティネットはいらない、私たちJPTと同じようにフルリモート、フレックスの制度に変えましょうと本体に提案していきたい。日揮は大企業なので、大企業がそういう形に踏み切ったら他の大企業にも広がっていくと思うんです。こんなことを考えています。
最終的には、このJPTという特例子会社をなくしていきたいんです。特例子会社はあくまで障害者雇用を通算するための箱だからです。みんなが各社に散らばって、働きやすい環境で自分の力を発揮する、そういう環境が整えば、それが本当の意味でのDE&Iだとと考えています。ただ他の社員からすると、「いや、ちょっと待って。」というのはあると思いますが・・・(笑)。
でも、あるべき姿は何かを考えていくと、私は本気で特例子会社はいらないと思っています。だから最終的には、本社に制度を逆入して今の特例会社は解散する、全社員が本社に転籍して活躍する、それがメディアに取り上げられて、他の大企業も同じようにやっていく、そういうDE&Iを実現させたいですね。
まとめ
日揮の特例子会社日揮パラレルテクノロジー(JPT)について、業務内容、仕事の方法、親会社・関係会社との関わりなどについてのお話を社長の阿渡さんからお聞きしました。【IT✕精神発達障害】の雇用は他の企業でも取り組むところが増えてきていますが、これらの業務を1人1プロジェクトで回しているというところは、かなり珍しい取り組みですし、お話を聞いていてここまでできるのかと驚きました。また、リモートワークやフレックス制度の導入によって、障害者雇用の幅を大きく広げる可能性があると再認識しました。
興味深かったのは、ミッション研修やみんつく会といった取り組み、ボランティアの方に参加してもらう広報スタイルです。特にボランティアから社員になる方がでてきて、ミッションに共感する人が支えてくれるという素晴らしい循環ができているのは、時代に求められている働き方や考え方によるところが大きいと感じました。
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