厚生労働省は、障害者の雇用促進制度に関する研究会の報告書を7月末にとりまとめました。この中には、精神障害者の職場への定着を図るため、障害の特性などの情報を企業や支援関係者で共有する「就労パスポート」の仕組みを作ることが盛り込まれました。今後は、労使や支援者による検討会を立ち上げ、具体化の議論を始めることを予定されています。
精神障害者が安心して安定的に働き続ける環境の整備のために、職場定着が難しい理由を考察しつつ、定着率が高いケースはどのような場合なのかをみていきます。また、定着するためにどのような働きかけをおこなっていくことが求められているのか、【今後の障害者の雇用促進制度に関する研究会の報告書】から考えていきます。
障害者の雇用促進制度に関する研究会とは
平成29年9月から開催されてきた「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」は、障害者団体や支援者、労使等の広範な関係団体からヒアリングを行い、提示された課題や施策のアイデア等を踏まえて議論を進めてきました。そして、研究会の検討をふまえて、今後進めていくことが望ましいと考えられる政策の方向性について議論を取りまとめ、7月30日に報告書を発表しています。
今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」の報告書はこちらから
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「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」の報告書(厚生労働省)
安心して安定的に働き続けられる環境の整備
まずは、精神障害者の雇用の現状を見ていきましょう。
精神障害は職場定着が難しい理由
近年、精神障害の雇用者数や就労希望者数は大幅に増加しています。一方で、精神障害者については、一般に、職場定着に困難を抱えるケースも多く見られ、他の障害種別と比べても職場定着率が低くなる傾向が見られています。
出所:障害者雇用の現状等(厚生労働省)
障害をクローズで就職する割合が高い
精神障害のある方がハローワークを活用して就職する場合、次の3つの方法が考えられます。
・障害者求人
・一般求人(自らの障害を企業に開示して採用された場合)
・一般求人(ハローワークに対しては自らの障害を開示した上で、本人の希望により企業には障害情報を開示しないで採用された場合)
求人・採用種別に見ていくと、いずれのケースでも精神障害者の定着率は低くなっています。障害特性による影響が大きいと考えられます。
出所:障害者雇用の現状等(厚生労働省)
また、精神障害者の場合には一般求人(自らの障害を企業に開示しないで採用された場合)で就労することが多くなっており、これが精神障害者全体の職場定着率を引き下げる要因の1つとなっています。精神障害者が、障害情報等を開示しないで就職するケースが多く見られる背景としては、精神障害が外から見えづらい障害であることや、精神障害に対する偏見が残っていること等が理由として考えられます。
精神障害は、一般求人開示、非開示についてのどちらでも全体として定着率が低くなる傾向が見られています。しかし、3~6カ月の間の離職は多いものの、その期間を経過した後は定着状況が比較的安定している状況も見られます。
出所:障害者雇用の現状等(厚生労働省)
職場定着率が高いケースの理由
求人種別に関係なく、採用前の段階から、障害者の就労支援機関からサポートを受けている場合や職業訓練の受講経験があったり、ハローワークと地域の就労支援機関との連携による支援を受けている場合には、職場定着率が高くなることが示されています。
出所:障害者雇用の現状等(厚生労働省)
出所:障害者雇用の現状等(厚生労働省)
それでも地域の支援機関を活用しないで障害者求人に採用された精神障害者の場合と、地域の支援機関を活用して一般求人(自らの障害を企業に開示して採用された場合)に採用された精神障害者の場合では、一年後の職場定着率がほぼ同水準となっていることも示されています。
出所:障害者雇用の現状等(厚生労働省)
精神障害の障害者求人のケースは、支援機関との連携があるほうが、ない場合よりも定着率が高くなることがうかがえ、一般求人開示の場合にも、地域の就労支援機関との連携があるほうが、ない場合よりも定着率は非常に高くなる傾向になっています。障害者求人の場合よりも、一般求人開示の場合において、障害者の就労支援機関からサポートの成果が見られていることがわかります。
一般求人開示での連携ありの場合は、就職してからの1カ月程度は、急激に離職する傾向が見られるものの、2カ月目以降、一定程度安定した後であれば、そのまま定着することも見られています。そのため、一般求人開示の場合で就労支援機関との連携もある場合には、障害者求人とほぼ同水準での定着する傾向もあると考えられています。
また、一般求人非開示の場合は、連携がある場合もない場合も、1年後には定着率がほぼ同水準になっています。サンプル数が少ないことも若干影響していると考えられますが、一般求人非開示の場合は、就労支援機関の連携がある場合でも、定着の成果が出づらい状況になっていることがうかがえます。
このような調査結果から、就労する際には、就労支援機関の活用の有無よりも精神障害であることをオープンにすることが、障害者の職場定着状況に大きな影響を与えていると考えられます。
精神障害者の職場定着に向けた働きかけ
精神障害者等に対するハローワークの対応
就労する際に、精神障害であることをオープンにすることが、障害者の職場定着状況に大きな影響を与えているという状況を考えると、企業による効果的な職場定着への配慮につなげていくためには、本人の障害理解や特長・特性の理解を促すとともに、支援機関の支援を適切に受けつつ、支援機関間での情報共有を促していくことが効果的であると考えられます。
ハローワーク等では、障害者本人に障害情報の開示・非開示の自由があることを前提として説明していますが、支援機関を活用しながら障害情報を開示して就労することのメリットや理解が得られるようにしていくことが必要です。
個別性の高い支援を要する場合の就労パスポートを作成してサポート
多くの障害者が関係する就労支援機関や就労の訓練機関等では、これまでも精神障害者等のマッチングや職場定着を支援するための情報共有フォーマット等が個別に作成されてきました。しかし、支援機関ごとに必要とする記載内容等が大きく異なっていることもあり、就労・福祉・医療といった専門分野の支援機関や企業によって、支援対象の障害者の職業準備性等の状況をどのように判断するかといった認識が共通化されていない状況が見られてきました。
また、就労を希望する障害者の特性等に関してどのような情報まで共有して良いのかといった前提が異なっていること等の課題が生じているため、支援機関同士の円滑なコミュニケーションに対する支障もありました。
このような状況では、障害者本人が自らの情報を開示して就労しようとしてもしようとする意思があっても、関係する就労・福祉・医療等の関係機関と企業が、これらの情報を把握して、適切な支援に結びつけて継続的な取り組みができないのであれば、意味のない情報となってしまう可能性があります。これらの情報を有効に活用していく方法が必要です。
今後の課題
今後、障害者が希望する場合には、企業や支援機関等において、支援対象者の障害特性等についての情報を共有し、適切な支援や配慮を講じていくための情報共有のフォーマット(就労パスポート)を整備していくことが重要だと考えられています。
そのため当事者や支援関係者等の関係者による実務的な検討会を立ち上げるとともに、既存の様々な様式をもとに記載内容を整理して、どのような内容を就労パスポートに書き込んでいくのかということや、支援機関同士の具体的な情報連携をどのように進めるのかといったこと等についても整理することが求められています。
もちろんこれらの内容には個人情報が多く含まれていることに配慮することが必要ですが、こうしたフォーマットを、就職時のマッチングに向けた準備段階から活用することで、採用・就職段階から必要かつ適切な配慮が明確になり、精神障害者等の適切なマッチングや職場定着に繋がっていくものと期待されます。
同時に、今まで情報共有がなかなか進んで来ませんでしたが、フォーマットを活用してこなかったような支援機関を含め全ての就労支援機関等に対して、利用方法や効果等の周知啓発を進める必要があります。なお、厚生労働省の研究会では記録が見られませんでしたが、特別支援学校から就職する場合(身体や知的が多いと想定されますが)の情報共有や連携も同時に進めていく必要があるでしょう。
海外における障害者雇用の取り組み
研究会の中では、精神障害者の就労能力等を、一定の基準の下で線引きするべきとの意見もありましたが、精神障害の症状と職業適性等には必ずしも連動が見られないケースも多いことから、現時点では、対応は難しいとの判断になりました。
当事者がどのような仕事に就けるのかについては職業適性(職務遂行に必要な知識や能力)等の影響も大きい一方で、日常生活管理や健康管理の状況にも強く影響を受けること、就労する企業ごとの環境によっても実際に働けるかどうかは大きく変化する等、いろいろな要素が相互に関わり合う中で、一人ひとりの就労能力が表出されることによります。
フランス等の諸外国では、このような就労能力の判定の仕組みを導入しているようです。そのため、まずはそれらの調査等を進めるとともに、就労パスポートの活用状況等も踏まえつつ、日本の雇用現場へ適用できるか等を引き続き検討していくことが考えられています。
また、障害者雇用率制度の対象となる精神障害者等の範囲については、各国によってその基準が異なります。現在、日本の障害者雇用は障害者手帳によって判断されていますが、この基準について精神通院医療の自立支援医療受給者証の交付者を対象にする等のさまざまな意見が出されています。
障害者雇用率制度の対象となる身体障害者の範囲については、障害者手帳ではなく就労能力の判定等によることとしてはどうかという意見も出され、制度の公平性等を担保するため、フランス等の諸外国における就労能力の判定の仕組み等を十分に精査した上で議論することとすべきとの意見が出ています。
同じように難病患者の就労支援等や、障害者手帳を所持していないケースに対する障害者雇用率制度の対象とすることについての意見も出され、これらについても、フランス等の諸外国における就労能力の判定の仕組み等を検討しながら十分に精査していくことが重要であるとの見解が示されました。
資料出所:
・「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」の報告書(厚生労働省)
・第1回今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会(議事)(厚生労働省)
・障害者雇用の現状等(厚生労働省)
まとめ
精神障害者が安心して安定的に働き続ける環境の整備のために、職場定着が難しい理由を考察しつつ、定着率が高いケースはどのような場合なのかをみていきます。また、定着するためにどのような働きかけをおこなっていくことが求められているのか、【今後の障害者の雇用促進制度に関する研究会の報告書】から見てきました。
精神障害は外見ではわかりづらく、偏見も根強いため、企業側に伝えずに就職する人も少なくありません。その結果、適切な支援が得られずに離職に至ることも少なくありません。就労パスポート等で情報共有の仕組みを作り、支援を受けやすくなる体制づくりを目指していることがうかがえます。
また、今まで情報共有がなかなか進んで来なかった理由についてもよく検討し、作って終わりではなく、全ての就労支援機関等に対して、利用方法や効果等の周知啓発を進める必要があります。また、厚生労働省の研究会の記録では確認できませんでしたが、特別支援学校から就職する場合(身体や知的が多いと想定されますが)の情報共有や連携も同時に進めていく必要があるでしょう。
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