精神障害者の雇用は、以前から比べると多くの企業で取り組まれるようになってきました。しかし、実際に採用時には、精神障害者の採用を慎重に考えている企業は少なくありません。
その理由の一つには、精神障害者の特性に起因する雇用の難しさが挙げられます。今回は、精神障害の採用が難しいとされる要因とそれに対応するために必要な職業準備性の確認ポイントについて解説します。
精神障害者の雇用は、なぜ難しいのか
精神障害者の雇用が難しいとされる背景には、いくつかの要因が存在します。まず、精神障害の特性が非常に多様であり、一人ひとりの症状や支援の必要性が異なることが挙げられます。このため、企業が採用や職場環境を整備する際に、個々の障害特性に合わせた対応が求められることが、ハードルとなることが多いです。
また、精神障害者はストレスや環境の変化に敏感であり、職務遂行に影響を及ぼす可能性があるため、安定した職務継続が難しい場合があります。さらに、職場でのコミュニケーションや人間関係の構築においても、特別な配慮が必要となるケースが多く、これが企業側にとっての負担として感じられることがあります。これらの要因が重なり、精神障害者の雇用が難しいと認識されることがあります。
障害者雇用で多い精神障害とその特徴
精神障害は、その種類や症状の表れ方が非常に多様であり、個々の障害が雇用に与える影響も異なります。代表的な精神障害として、うつ病、双極性障害、統合失調症などが挙げられます。
うつ病
うつ病は、持続的な気分の落ち込みや興味・喜びの喪失を特徴とし、これが長期にわたる場合があります。うつ病を抱える人は、エネルギー不足や集中力の低下、意欲の喪失などの症状が現れやすく、これが職務遂行に支障をきたすことがあります。また、ストレスに対する耐性が低く、仕事の負荷がかかると症状が悪化するリスクがあるため、業務内容や労働環境の適切な調整が必要です。
双極性障害
双極性障害は、極端な気分の変動を特徴とし、躁状態と鬱状態が交互に現れる障害です。躁状態では過度な活動性や過信、衝動的な行動が見られ、仕事の質や対人関係に悪影響を与えることがあります。一方、鬱状態では活動性が低下し、仕事への意欲が著しく減退します。このような気分の変動が予測しづらいため、安定した業務遂行が難しいと感じる企業も少なくありません。
統合失調症
統合失調症は、現実との区別が難しくなる妄想や幻覚を特徴とし、認知機能の障害を伴うことがあります。統合失調症のある人は、思考の混乱やコミュニケーションの困難を経験することがあり、これが職場での円滑な業務遂行に影響を及ぼす可能性があります。また、ストレスが症状の悪化を引き起こすことがあるため、働きやすい環境の整備が重要です。
発達障害の二次障害
発達障害を抱える人々が職場等の環境に適応できず、結果として精神障害などの二次障害が現れるケースも少なくありません。発達障害には、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などが含まれます。これらの障害を持つ人々は、職場でのコミュニケーションやタスク管理に困難を感じることが多く、適応できない場合には、強いストレスや挫折感を抱きやすくなります。
また、最近では学生生活では大きな支障がなかったものの、就職して社会に出てから大人の発達障害と診断されるケースも増えています。例えば、自閉スペクトラム症のある人は、職場の非言語的なコミュニケーションや暗黙のルールに適応するのが難しく、誤解や対人関係のトラブルを何度も経験することで、自分が発達障害かもしれないと気づくことがあります。
ADHDの人は、集中力の維持やタスクの優先順位を付けることが難しいため、職務遂行に遅れが生じやすく、その結果として職場での評価が低下することがあります。これらの困難に適切に対処できない場合、長期間にわたるストレスがうつ病や不安障害などの二次障害を引き起こすことがあります。
職場での適応の難しさ
精神障害者や発達障害を抱える人々が職場で直面する具体的な困難は多岐にわたります。
障害受容ができていない
障害受容とは、自分が持つ精神障害を受け入れ、その影響を理解しながら生活や仕事に適応していくことを指します。しかし、一部の精神障害者は、自分の障害をまだ十分に受け入れられていない場合があり、これが職場での適応を困難にする要因となることがあります。
障害を受け入れることができていないと、自分の限界や必要なサポートを正確に認識できず、結果として職場でのストレスが増大し、業務遂行に支障をきたすことがあります。たとえば、自分の障害特性に合わない業務を無理に引き受けてしまう、サポートが必要な場面で適切にサポートを求められないなどの問題が生じます。
セルフコントロール
職場で働く際には、体調管理や自分の感情や行動を適切に管理するセルフコントロールが求められます。精神障害の人の中には、病気に対する認識ができていないと生活管理や服薬管理ができず、それにより体調管理や感情のコントロールが難しくなることがあります。このような状態は、仕事に影響を与えることになります。
業務に集中できない、生活リズムが管理できないために仕事中に眠くなる、急に休むなどの状況が発生すると、職場での理解を得られにくくなり、職場でのコミュニケーションが円滑にいかない、対人関係が悪化するといった問題に発生することがあります。
体調不良
精神障害や発達障害を持つ人の中には、対人関係の構築が難しく、職場でのチームワークに支障をきたす場合があります。そのため職場の同僚や上司と円滑にコミュニケーションを取ることができず、誤解やトラブルが生じやすくなることがあります。
そして、それらが原因となりストレスやプレッシャーを感じるかもしれません。ストレスやプレッシャーに敏感な精神障害や発達障害の人は多く、これが業務の継続や一貫したパフォーマンスの維持を難しくすることに繋がることもあります。そのため体調を崩しやすかったり、予定している勤務時間がこなせないことがあります。
採用時には確認しておきたい「職業準備性」
履歴書や職務経歴書の内容に特に問題は見られず、面接での受け答えも良好であったため精神障害の採用に踏み切ったものの、実際には職場に定着せず、短期間で退職してしまったという経験を持つ企業は少なくありません。
多くの企業は求職者の業務経験や知識、スキルに重点を置きがちですが、安定した長期的な雇用を目指すには、他にも確認すべき重要な点が存在します。それが「職業準備性」です。
ある企業では、過去に障害者を採用する際、一般的に重視されるスキルや経験に基づいて選考を進めていました。しかし、実際に雇用した後、一部の社員が体調管理ができず職場に定着できないケースが多発したため、現在では「健康管理」や「日常生活管理」といった職業生活の基礎となる要素も確認するようになりました。
スキルや経験は、適性さえあれば入社後に習得することが可能ですが、働くための基盤がしっかりしていなければ、業務そのものが困難となり、結果として長期的に安定して働くことが難しくなります。障害者雇用では、この「職業準備性」を重視しています。
職業準備性とはどのようなもの?
「職業準備性」とは、障害の有無にかかわらず、働く上で必要とされる基礎的な能力のことです。安定して働き続けるためには、「健康管理」「日常生活管理」「対人技能(対人スキル)」「基本労働習慣」「職業適性」の5つの要素が不可欠とされています。
そして、これら5つの要素を階層的に整理したものが「職業準備性ピラミッド」です。このピラミッドの一番下から順にしっかりと備わっていなければ、働き続けることは難しくなります。
出典:障害者職業センター
重要なのは、これが「ピラミッド」として構成されている点です。下から順に積み上げることが求められており、どれか1つでも欠けていれば、一見問題がないように見えても、いずれ職場定着に影響を及ぼす可能性があります。つまり、たとえ適性のある職業に就いたとしても、作業能力が高いとしても、このピラミッドの基本ができていなければ、働き続けることは難しくなります。
職業準備性には、5つの要素があります。
(1)健康管理
障害者にとっての健康管理とは、自分の障害について正しく理解し、日常生活を安定して維持することを指します。自分の特性を理解していれば、職場や周囲に合理的配慮を求めることが可能です。一方で、健康管理が十分でないと体調を崩しやすく、仕事に影響が出る可能性があります。体調が悪化すると、長期休暇や入院が必要になるリスクがあり、最終的には休職や離職に至るケースも見られます。
規則正しい生活や疾病の予防・早期発見に対する意識を持ち、仕事を不必要に休まないことは、安定した労働力を提供するための最低限の責任であり、基本的な「職業準備性」スキルです。
採用側としては、次のような点を確認するようにしましょう。
・自ら通院や服薬ができているか。
・障害や特性を理解し、それに対応できているか。
・体調が悪い時に周囲に伝えたり、適切に休んだりできるか。
(2)日常生活管理
遅刻や欠勤が頻繁に続くと、職業適性やスキル、能力が高くても長く働くことが難しくなります。障害者を雇用する際には、基本的な生活習慣が整っているかどうかを確認することが重要です。
また、採用後も、規則正しい生活が送れているか、毎朝きちんと出勤できているかを見守ることが必要です。睡眠不足が続いている従業員は、仕事中に眠気を感じたり、体調を崩したりする可能性があります。
(3)対人技能(対人スキル)
職場で働く上で、対人関係は非常に重要です。職場では組織として動くことが求められ、好き嫌いで人事配置を変えることはしません。苦手な人や性格が合わない人とも協力して働く必要があります。特に、初めて就職する障害者を採用する際には、組織の一員として働く意識があるか、お互いが不快にならないように意思疎通を図れるかを確認しておくとよいでしょう。
障害者を職場に配置する際には、事前に社内や部署内で、障害特性や困難な場面、合理的配慮が必要な状況を共有することは重要です。それでも社員全員が障害について詳しいわけでも、専門家でもありません。お互いの歩み寄りが必要になります。障害者本人から挨拶やコミュニケーションを図るなどの自分から行動しようとする努力ができそうかも確認しておくとよいでしょう。
(4)基本的労働習慣
障害の有無にかかわらず、社会人として仕事をするには基本的な労働習慣を身につけることが不可欠です。例えば、ビジネスマナーとしての基礎的な心得や身だしなみ、敬語、接客、電話対応など、社内外を問わず求められるものがあります。
しかし、就業経験が少ない人の中には、一般的には「社会人として当たり前」と思うことでも、障害特性により気づきにくい人もいます。そのような時には、教えることも必要です。
(5)職業適性
「職業適性」とは、業務を遂行するために必要な能力を指します。職場や仕事内容によって求める能力は異なるため、どのような能力やスキルが職業適性として必要なのかを明確に伝えることで、応募者とのギャップを埋めやすくなります。
仕事の適性や作業量、正確性やスピード、職務遂行に必要な知識や技能、指示理解などを具体的に伝え、可能であれば企業実習などで実際に体験してもらうことで、適性の有無を見極めやすくなるでしょう。
業務内容や障害によっては、基本的労働習慣や職業適性については、職場で教えたり、育成する必要があるかもしれません。しかし、どんなにスキルや能力があっても、「健康管理」や「日常生活管理」といった基本的な要素が整っていないと、職場定着は難しくなります。
まとめ
精神障害者の雇用は、一人ひとりの症状や支援の必要性が異なることやストレスや環境の変化に敏感であり、職務遂行に影響を及ぼす可能性があるため、安定した職務継続が難しいことがあります。
安定した長期的な雇用を実現したいのであれば、働く上で必要とされる基礎的な能力である「職業準備性」を確認することが大切です。たとえ職務に対する適性やスキルがあっても、「健康管理」「日常生活管理」が整っていなければ、長期的に働き続けることは難しくなるからです。
多くの企業は、採用時には、経歴やスキルに注目しがちですが、まず、「職業準備性」を確認してください。これらの点を面接や企業実習などで確認してから採用することは、精神障害の職場適応や長期的な雇用に繋がります。
動画で解説
参考
精神障害の社員を支える職場環境作り~初期対応とサポート体制の構築~
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