障害者雇用に取り組む企業が抱える課題として、障害者に担当する業務が見つからない、社内の理解が進まないということが挙げられることが多くあります。しかし、車載通信、回路検査用コネクタ、電子機器用コネクタ、医療機器分野の微細精密加工メーカーの株式会社ヨコオでは、特例子会社設立を見据えたヨコオみらいサポートを今年4月に設立し、すでに仕事の依頼が多く、その要望に応えられていないほどだと言います。
障害者雇用に対する社内の理解が難しいことが多い中で、どのように障害者雇用を進められているのか、ヨコオの専務であり、ヨコオみらいサポートの代表取締役の深川浩一様に障害者雇用の取り組みについてお聞きしました。
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株式会社ヨコオ(東証1部上場)の概要
事業内容
・車載アンテナやセンサー関連の機器類の製造・販売
・半導体検査治具の機器類の製造・販売
・モバイル機器用コネクタの機器類の製造・販売
・医療機器類の製造・販売
設立:1922年9月
従業員数:本社960名、海外拠点を含めたグループ8,500名
ホームページ
(株式会社ヨコオみらいサポートは、2022年度内に特例子会社予定)
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株式会社ヨコオの会社概要
Q:ヨコオさんの会社概要、事業内容をお聞かせください。
A:創立は1922年9月1日で、今年9月に100周年を迎えました。資本金は78億円、売上高は23年3月期で760億円を見込んでいます。従業員数は本社960名、海外拠点を含めてグループでは8,500名です。
当社は重層化経営を進めており、主な事業分野は車載アンテナやセンサー関連、半導体検査治具、モバイル機器用コネクタ、医療機器の4分野で機器類の製造・販売をしています。自動車、半導体、スマホ、医療機器などの製品に使われるものになります。
創業時には、腕時計の結束をつなぐためのバネ棒を発明し、そこから他の製品へと広げてきました。バネ棒はグーッと伸ばすと実はアンテナになります。昔はラジオや車のアンテナなどに使ってきましたが、これを極限まで小さくすると半導体の検査用のプローブと言われる細い針になります。プローブは小さくて顕微鏡で見るくらいの大きさです。
また、医療機器分野では、今は手術するよりもカテーテルで治療することが増えています。血管に入れるカテーテルやカテーテルを入れる時に血管を広げて入りやすくするためのガイドワイヤー、またカテーテル自体は樹脂でできているのでX線を通してしまうため、カテーテルに金属製のリングをつけますが、このような製品も作っています。
医療機器分野では、他の分野と比べると特殊なビジネスモデルを取っています。それは、医療は形になるまでにすごく時間がかかるからです。1つの製品を作ってもお客さんに試してもらって早くて3年、一般的には4年から5年かかります。そのためベンチャー・エコシステムを活用し、日本やアメリカの医師、世界の大学や研究機関、ベンチャーを目指している人たちに参画してもらい、一緒に議論したり、こちらからも少額出資したり、ベンチャーキャピタルにも声をかけたりと資金調達するのをサポートしながら、試作、製品化することにも取り組んでいます。
この一環として、ベンチャー企業の支援を行なう社団法人を作っています。試作開発の段階から関わり、出資しているので、うまくいくと事業拡大のスピードにも弾みがつきます。また、ビジネス上のメリットに加えて、ベンチャーを目指す若者たちと接する機会がとても新鮮で刺激を受けています。今、5社ほど関わっています。
【株式会社ヨコオ取締役執行役員専務、株式会社ヨコオみらいサポートの代表取締役の深川浩一様】
Q:いろいろな分野に関わられているんですね。ものづくりのメーカーとしての強みはどのようなところがあるのでしょうか。
A:経営としては選択と集中が大事とも言われていますが、世の中の変化が激しいので、何か影響があっても他でカバーできるように、世の中が激変しても適応できることを重視しています。コアコンピタンス、強みとしては、ソフトウェアとして高周波技術と、微細精密加工技術としてミクロンやナノ単位でのものづくりがあります。
非常に微細なものづくりが特徴で、それを活かして自動車、半導体、スマホ、医療機器などの製品に使われています。また、世の中に売られている機械や工作機械をそのまま販売しても差別化を図れませんが、当社ではさらにカスタマイズしたり、製品を作る機械そのものを製造することができます。本社で960人ほど従業員がいますが、そのうち生産技術者は100名ほどいて、基本的に自分たちで作るのが得意です。
当社は中堅企業ですが、近年、顧客層のニーズに合わせて海外拠点がとても多くなっています。ものづくりは日本でしか作れないものや、調達できないないものを群馬県の富岡工場で作り、これをマレーシアで機械加工やめっきを行ったり、中国やベトナムで組み立てたりします。今、フィリピンでも展開していく準備をしています。ですから、日本、マレーシア、中国、ベトナム、フィリピンで分業しているような感じになっています。
基本的に販売はお客様のすぐ隣で作ることを大事にしています。これは、何か不具合が起こった時に、すぐに対応できるようにするためです。近年は、海外生産比率80%台、海外販売比率70%台となっており、お客様、競合相手も日本よりも海外が多くなっています。グローバルな市場を対象としたビジネスを行っています。
企業理念としては、Purpose(存在意義)として、「人と技術で、いい会社をつくり、いい社会につなげる。」Vison(目指す姿)として、「社会ニーズのその先に、人と技術で挑戦し、「新しい」を生み出し続ける進化永続企業。」を掲げています。
また、Values(価値観)を重視しており、Respect(尊重)として「多様な個性を尊重し、一人ひとりに誠実に向き合う」ことを目指して、上下関係はあっても社員間の人格を尊重すること、公正・公平、当事者意識、挑戦、革新を意識しています。そして、ブランドスローガンは、「幸せを、進化させる。」です。特にこの5年ほど海外顧客が増えており、わかりやすくてシンプルなものが伝わりやすいので「いい会社にする」ことにいろいろな面から取り組んでいるところです。
経営環境の変化の中で人材活用や人材育成で求められること
Q:少子高齢化やコロナの影響など、経営環境が変わり、働き方にも変化が見られる中で、人材活用、育成でどのような影響を感じられていますか。
A:優秀な社員の採用が年々難しくなっていることは紛れもない事実です。ただ、何年か前に社長から出された「世界で見れば若い人はいくらでもいるんだから、日本人にこだわることをやめよう。世界で見ればいくらでも若い人や優秀な人はいる。」という考え方のもとに、人手不足についてはグローバルな人材活用を進めるようになりました。
先程もお話しましたが、マレーシア、中国、ベトナムに生産拠点がありますので、その地域の優秀な人材をヨコオ本社の採用として3年間日本に来てもらって、仕事をしながら教育することに取り組んでいます。その後は、本国に戻ってもらったり、引き続き日本で活躍してもらったりと、キャリアアップの道を準備しています。これはかなり効果を感じています。
彼らは極めてハングリーでキャリアアップしたいという意思を明確にもっているので、日本の若い社員にとっても非常にいい刺激になっています。また今後は、アジアに限らず、広くヨーロッパでも人材採用に取り組んでいきます。日本の企業では、日本語を理解できる人材を求めるところが多いですが、うちではまず専門能力が高ければ来てもらうことにしています。
そうは言ってもコミュニケーションが成り立たないと仕事ができないので、はじめは通訳をおき、徐々に日本語を勉強してもらうというスタイルにしています。このような取り組みが成果を出しつつあり、いろいろな国の人材が集まっています。現在、960人のうち約70人が外国籍社員で、今後も少なくとも100人まで増やしていく予定です。
多様な人材が活躍できる仕組みづくりの秘訣とは?
Q:多様な人材を活用する取り組みをされていらっしゃるんですね。
A:人財確保の観点からは、ダイバシティ&インクルージョン推進という基本方針で対応を進めています。外国籍の社員が増えたので、社内の表記については、日本語、ベトナム語、中国語、英語と多言語表示にしました。また、彼らのコミュニティが作りやすいように住居を配慮して借りたり、日本文化クラブを作ったり、旅行に行ったりする機会を設けて、彼らがホームシックにならないような対応もしています。これらと合わせて、女性や高齢者の業務範囲の拡大にも取り組んでいます。
働き方改革では、コロナ以降、在宅勤務制度を恒常化しました。本社の場合には、原則として5割は在宅勤務にしています。また、「在宅勤務コンシュルジュ」を導入しました。在宅勤務をするときに、住環境に合わせた働く場所を確保するアドバイスをしてもらったり、必要なものに関しては会社から一定額を支給するようにしています。
また社員の意見を引き出すために「ラウンドテーブル」という社員諸階層ごとの話し合いによる職場環境や働き方の課題抽出や、エンゲージメント調査で常に課題や要望を吸い上げながら改革を進めています。例えば、女性や小さい子供のいる家庭、外国籍などいくつかのグループにわけて、上下関係や立場を気にせず自由に意見交換を行うミーティングを開催します。ここには役職者は出ないで、グループのリーダを選出し、参加者の意見を引き出すようにしています。そして、ここで出された意見をもとに取り組めるものから改善しています。
当社は来客があるときには、飲み物は入り口で好きなものを選んでいただくようにしていますが、これも「ラウンドテーブル」でお茶出ししていた女性社員や若い社員の声を汲み取って、より効率的に仕事ができるようにしたものの一つです。
さらに、エンゲージメント調査を今年の10月からおこないます。このような取り組みから社員の意見を拾い上げて、問題点を把握したり、社内の働き方の改革につなげています。
これらは人材の確保という意味もありますが、技術の進化が加速している中で、いろいろな人材がいてダイバーシティ(多様性)が生まれ、そこからイノベーションが起こると考えているからです。ダイバーシティ(多様性)を進めるには、職場環境を整えて、常に良くしていく必要を感じています。
障害者雇用の取り組みと方針
Q:多様な人材の活用として、障害者雇用をどのように進められていらっしゃいますか。
A:当社の企業理念体系は、purposeを「人と技術で、いい会社をつくり、いい社会につなげる。」と定めています。そして、Valueは、「respect尊重・fairness公平公正・ownership当事者意識・challenge挑戦・Innovation革新」です。
障害者の方にもそれぞれの特性や得意なことを活かして各職場の業務の一部を担って戴ければ、その職場全体の生産性は必ずあがり、障害者の方の生きがいと働きがいにもつながると考えています。まさに当社purposeの「いい会社をつくり、いい社会につなげる」につながります。
また、みらいサポート(年度内に特例子会社になる予定)を立ち上げる前に1年間プロジェクトチームを作り、障害者の方であっても得意な分野で活躍してもらうことにより、全体的な生産があがることを理解してもらうようにしました。プロジェクトには、人事・総務の管理本部に加えて、技術本部、営業本部、生産本部、それから労働組合などの部門からメンバーを出してもらい、最初は特例子会社や就労支援機関の見学をおこなって、社会で障害者雇用がこんなに進んでいるんだというのを実際に見てもらう機会を作りました。
特例子会社の見学は、特にものづくりや生産に関わっていた人からは、いい意味での驚きがあったようです。道具の置き方や作業指示が極めてわかりやすい、こういうことをすると仕事がやりやすくなるんだということを実際に目にすることで、生産現場での雇用の可能性や、障害の有無に関わらず職場の改善の余地があることを感じたようです。
Q:障害者雇用を推進されるにあたり、特例子会社の設立を選ばれたのは、どのような理由からですか。
A:当社では以前からハローワークを通じて障害者の求人を行い、職場に配属していましたが中途で退社される方が多く、法定雇用率を遵守することができませんでした。定着率が低い原因を分析してみると、各職場に障害者受け入れのための障害者特性などの教育をしていなかった、障害者への合理的配慮を行い業務・生活両面での支援体制が構築できていないという要因が影響していました。
このため、社長を含め経営陣から各職場まで障害者特性と活かし方の教育、障害者に分かりやすいマニュアル等の整備、健康や生活支援を行える保健師・精神保健福祉士の配置などを一貫して行える障害者雇用専門の子会社設立が必要と判断しました。
メーカーでの障害者雇用の業務内容
Q:みらいサポートさんでは、障害者の方がどのような業務に携わられていますか。
A:現時点では大きく二種類の業務です。一つは清掃・消毒業務として、工場の建屋や植栽の清掃・消毒・美化、本社の消毒・清掃に関わっています。当社ではcovid-19対策として、人が多く集まる場所や階段、手摺など接触機会の多い場所で毎日一定回数消毒作業を行っています。この部分で関わっています。
【トイレ清掃の様子】
【構内美化(除草作業)の様子】
【消毒作業の様子】
二つ目はラインアシスト業務です。生産現場では部品の検品や梱包などの作業、設計部門や経理部門ではデータ入力作業などを行っています。将来的にはCADの方もやっていきたいと思っています。
【セルケース仕分けの様子】
【梱包箱組立の様子】
【図面のPDF化の様子】
【図面のPDF化の様子】
【経費精算システムQRコード読み込みの様子】
応えられないほど多くの業務依頼の要望がきてしまう秘密とは?
Q:特例子会社は業務の創出に悩むことが多いですが、ヨコオさんでは仕事の依頼が多く、その要望に応えられていないほどだとお聞きしました。社内の障害者雇用の理解が進んでいるからだと思いますが、どのような取り組みをされていらっしゃるのでしょうか。
A:業務の創出が順調に進んでいる理由としては、障害者雇用専門会社のキーマンが全員、ヨコオ本体のベテランで本体業務を熟知し、ヨコオ本体のマネージャー・従業員と気心がしれた人間関係であることが大きいと思います。それぞれのメンバーが今までの専門的な仕事で関わってきたこともあり、いろいろなところで相談があったり、アドバイスを求められることも多いので、そういう意味で特例子会社以外の繋がりがあることも影響していると思います。
また、設計や製造のベテランも障害者雇用専門会社の社員になっているので、ラインサポートに必要な治具も3Dプリンターを活用してサクサク作ってしまいます。なお、障害者雇用専門会社のキーマン全員に松井さんの主催される教育コースを受講してもらったことも大きく寄与しています。
【ATTACHMENT治具】
【シャフト仕分け治具】
【リールコネクターカット治具】
業務を切り出し障害者雇用専門会社に委託するヨコオ本体では、経営者・幹部に対して「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」を順次受講して貰っています。社長をはじめ役員は全員受講が終わりました。このような取り組みをすることで社内の理解が深まり、業務への理解は深まってきたように思います。今は、全体で45名位が受講し終わっています。毎月開催しており、これからも社内の理解促進を進めていきます。
業務の切り出しは順調に進んでいますが、今後の障害者雇用では発達障害者の比率が高まっていく中で、発達障害者の特性を知ることで、さらに業務の切り出しがしやすくなってくると考えています。
【精神・発達障害者しごとサポーター養成講座の受講】
CADで活躍できる障害者雇用を進めていきたい
Q:ヨコオさんでは、今後、障害者雇用において、どのような取り組みや展開を構想されていらっしゃいますか。
A:清掃・消毒業務ではヨコオという会社内の業務にとどまらず、地域の公民館・体育館などの運動施設の清掃・消毒・植栽業務の受託を考えています。富岡工場では、地元富岡市の発展により貢献したいと思い、地元の運動施設のネーミングライツの公募でパートナー企業になっています。地域にも愛される特例子会社となることで、障害者の方々の働きがい・生きがいを更にもう一段高めることができると思います。
ラインサポート業務では、技術部門の設計図の電子化、2D-CADから3D-CADへの変換の業務を取り込んでいきます。メーカーにおけるDX推進の基本は、設計の3D化が基本ですが、膨大な設計図を3D化するには多くの工数が必要となります。
急いで求められている設計図面の3D化は設計部員が行っていますが、目前の多忙さから「必要だけど納期に余裕のある図面」の3D化は後回しになり、結局いつまでたっても必要十分な設計図面の3D化が進んでいないところがあります。このような部分に関しては、障害者の特性を生かして3D化を推進していくつもりです。
【今後拡大予定の設計補助(2次元図面⇒3次元図面)の様子】
まとめ
メーカーであるヨコオさんの障害者雇用の取り組みについてお聞きしました。
障害者雇用は特例子会社に任せるというスタンスの企業が多い中で、本社でも「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」を受講することが進められているのは、本気でダイバシティ&インクルージョンを推進していることを示していると言えるでしょう。しかも経営者・幹部層の方が全員受講されていています。このような組織全体で障害者雇用を進めていくという姿勢が社内の障害者雇用を進める上でも大きな影響を与えているのではないかと感じました。
また、経営環境が変化しつつある中で、多様な人材を活用することが社内の中で進められており、その一環として障害者雇用にも取り組まれています。2022年度内に特例子会社を目指されており、そちらでの雇用が進んでいる途中ですが、すでに仕事の依頼が多く、その要望に応えられていないそうです。その理由の一つは、特例子会社に関わる社員の方が、本社での業務経験が長く、業務を熟知しながら、本体の人間関係のネットワークができているということが大きいと言えます。
そして、それぞれの部門でのキャリアの長い社員の方が関わられることで、3Dプリンターで治具を作るなど、メーカーとしての強みが発揮されています。これから本格的に障害者雇用が進んでいく中で、専門技術のCAD業務で活躍する障害者の方の採用をはじめ、メーカーの中でどのように障害者の方が活躍される業務や職場を作っていかれるのか、今後の取組みをお聞きするのが楽しみです。
ヨコオさんに導入いただいた研修の詳細は、こちらから
→ 障害者雇用オンライン講座&コミュニティ
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