HIV内定取り消し訴訟が意味することとは

HIV内定取り消し訴訟が意味することとは

2020年06月29日 | 障害関連の情報

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昨年、HIV感染を申告しなかったことを理由に病院が就職内定を取り消したのは違法だとして、北海道の30代男性社会福祉士が、病院を運営する社会福祉法人に対して慰謝料などを求めて提訴していた判決がだされ、社会福祉法人に165万円の支払いを命じる判決が言い渡されました。

この判決には、HIVを公表しなかったことで内定取り消しになったという経緯もあり、さまざまな意見もありました。この事件の内容や経緯、判決の主旨について見ていきたいと思います。

北海道社会事業協会事件とは

この北海道社会事業協会事件は、2017年12月、北海道の病院に社会福祉士の求人に応募した30代男性社会福祉士が、面接で持病があるか問われた際、HIV感染していることを告げずに内定を得ましたが、その後、内定を取り消されたことに対するものです。

病院は、男性が以前患者として受診した際のカルテからHIV感染していることを知りました。
男性からは「就労に問題はなく、他人に感染する心配もない」との診断書を提出しましたが、病院側、は面接時の病歴確認時にHIV感染を告知しなかったこと、カルテを基に病院側が口頭で男性にHIV感染を確認した際に男性が一旦否定した後に、感染の事実を認めた虚偽を理由に内定を取り消しています。

これに対して、男性は、病院でのソーシャルワーカーの就職内定を取り消され精神的苦痛を受けたとして、慰謝料など330万円の支払いを求めた訴訟を求めていました。判決では、札幌地裁(武藤貴明裁判長)は、同協会に165万円の支払いを命じています。

エイズウイルス(HIV)感染を申告しなかったことを理由に病院が就職内定を取り消したのは違法だとして、北海道の30代男性社会福祉士が、病院を運営する社会福祉法人「北海道社会事業協会」(札幌市)に、慰謝料など330万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が17日、札幌地裁であり、武藤貴明裁判長は社会福祉法人に165万円の支払いを命じた。

武藤裁判長は、HIV感染に関する情報は秘密性が高い上、社会福祉士という業務内容に照らすと感染の危険性は無視できるほど小さいと指摘。「感染の事実を告げる義務があったとは言えない」と述べた。

男性が採用面接で持病の有無を問われた際、感染を告げなかった点についても、「これをもって内定を取り消すことは許されない」と指摘。採用の際、応募者にHIV感染を確認することは「特段の事情がない限り許されない」と述べ、内定取り消しは違法と判断した。

また、病院が過去に診療したカルテで男性のHIV感染を知り、内定を取り消したことについても、「男性のプライバシーを侵害し違法」とした。

出典:HIV内定取り消しで賠償命令=「告知義務ない」-札幌地裁(時事ドットコムニュース 2019.9.17)

HIVの認知度は、驚くほど遅れていた

このHIV内定取消訴訟の判決は、HIV感染に対する偏見がいまだ根強いことを示すとともに、HIV感染の事実を告げる義務があったのかという点について、争点となりました。

現在、HIV感染者は、障害者雇用でも身体障害者(内部障害)としての認定を受けることができ、障害者雇用枠で働くHIV陽性者も増えています。また、職場におけるエイズ問題に関するガイドラインは、厚生労働省が1995年2月に策定されており、2010年に一部改正されています。

ガイドラインの中では、次のように述べられています。

「労働者に対し、HIVが日常の職場生活では感染しないことを周知徹底し、職場において同僚の労働者等の科学的に根拠のない恐怖や誤解、偏見による差別や混乱が生じることを防止するとともに、HIV感染者やエイズ患者が、仕事への適性に応じて働き続けることができるようにする必要がある」

出典:職場におけるエイズ問題に関するガイドラインについて(厚生労働省)

男性は、以前この病院で一患者として体にできたしこりのために受診した経験がありました。その時に、HIV感染の事実を告げたところ、医師に手術時のような防護服、手袋、マスク着用で診察されたという経験があります。しかし、このようなことがあっても採用試験を受けようとしたのは、地元で病床数があるのは、その病院ぐらいだったかこと、家族と一緒に過ごしたいという事情があったからでした。

現在、HIVは、そもそも感染力が非常に弱いウイルスとして知られており、針刺し事故で感染者の血液が体内に入ったとしても、感染する確率は0.3%とされています。日本人で130万人〜150万人感染者がいると推定される「B型肝炎ウイルス」の感染率は約30%、100万人程度感染者がいるとされる「C型肝炎ウイルス」の感染率は約3%であり、これらから比べても感染する可能性は非常に低いと考えられます。

また、男性は社会福祉士、つまりソーシャルワーカーとしての採用だったため、直接医療行為をすることはなく、患者の相談業務を行うため、感染リスクはほぼないと言えるでしょう。

一方で、病院側のHIVに対する認識は、とても低いものだったようです。裁判の中での本人尋問でのやり取りについては、病院側弁護士の質問があまりに差別的なもので、法廷を傍聴した人からは「まるでかつてのハンセン病の差別を見ているようだった」と声が漏れたほどだったそうです。

新型コロナのときにも、感染症の専門家として登場している神戸大学病院感染症内科教授の岩田健太郎氏も、次のように述べています。

医学的なことを説明しておく。HIVはエイズという病気の原因ウイルスだ。が、病院で感染することはまずない。治療薬が格段に進歩したためだ。

かつて「死の病」といわれたエイズだが、HIV感染者は現在は優れた治療薬の恩恵を受けて長生きできる。ウイルスが薬で抑えられているので、他人に感染するリスクもない。コンドームを着けずにセックスしても感染しないことが最近の研究でわかっている。

ソーシャルワーカーは患者の退院先を調整するなど、病院において非常に重要な機能を果たしている。が、メスなどの刃物を使うわけでもなく、針も用いない。いや、仮に彼がメスや針を用いたって、前述の根拠で感染リスクはほぼゼロなのだが、ソーシャルワーカーの彼が病院でHIV感染するなんてまったく論外なデタラメだ。

出典:うそをつくことについて。それと、HIV感染裁判について(BLOGOS 2019.9.19)

また、病院側の対応については、次のように批判しています。

誠に情けない話だ。「恥を知れ」と言いたい。

HIVの感染経路は90年代頭には明らかになり、患者を診察する医師の感染リスクは非常に小さいことが分かっていたからだ。現在も毎週HIV感染者を外来で診察しているが、感染リスクに慄く必要もなく、ぼくは素手で患者をみている。先人の勇気と努力のおかげである。

ところが、21世紀の令和の時代になっても日本ではHIV、エイズというとまるで化け物でも見るようなパニックに陥る人が少なくない。一般の方ならまだ理解できなくもない。無知だからだ。

しかし、医療、医学のプロである病院や病院長たちがこのような思考停止に陥るとは言語道断である。はっきり言おう。こういう人たちは医者である資格はない。医者でいるにはあまりに偏見が強く、狭量で、かつ無知無学で不勉強だ。

出典:病院がHIV差別はナンセンス 普通に働き、生活できる時代です(BuzzFeed News 2019年6月13日)

要するに内定を取り消した病院は医学知識が極めて乏しい、医学的に信用できない病院だったのだ。

医学的な無知、誤謬に加えて倫理観の欠如は極めて甚だしい。そもそも、医療情報は非常に重要な個人情報だ。勝手にカルテを閲覧するなんて言語道断である。さらに、入職者の病気について質問するのも不適切だ。

神戸大学医学部の入試の面接で「あなたはHIV感染がありますか」なんて尋ねたら、不適切な質問をしたという理由で大問題になる。職員のプライバシーに配慮できない病院が、患者のプライバシーを守れるだろうか。

出典:うそをつくことについて。それと、HIV感染裁判について(BLOGOS 2019.9.19)

今回の裁判で明らかになったこと

今回の裁判では、HIV感染事実を告知すべきかどうかということが、まず大きな争点となりました。

HIV感染者に対する社会的偏見や差別は、未だに根強く残っていることから、HIVに感染しているという情報は、極めて秘密性が高く、その取扱には極めて慎重な配慮が必要とみなされています。

厚生労働省からだされているガイドラインからもHIV感染の有無に関する健康情報については秘密保持の徹底を定めており、職業上の特別の要求がある場合をのぞいて原則収集すべきでないことが示されています。

これらのことや、社会福祉士という業務からも他人へのHIV感染する危険は、限りなく低いと判断された結果の判決ということが言えるでしょう。また、それよりも、本来、個人の健康管理に必要なものと想定されていた医療情報を採用活動に利用するというプライバシーの侵害に対する不法行為にたいしては、重大な問題と判断されたようです。

武藤裁判長は「感染する危険は無視できるほど小さく、男性が感染を告げる必要があったとは言えない」と指摘し、内定取り消しは違法と判断。「医療機関の使命を忘れ、HIV感染者に対する差別や偏見を助長しかねない」と非難した。

出典:HIVで内定取り消し違法札幌地裁「告知は不要」(一般社団法人共同通信社 2019.9.17)

一方、採用時に本当のことを告げなかった場合の罪は問われないのかという点も気になるところです。こちらについては、採用時における真実告知義務をしなかったということで、経歴詐称のところで問題となった事件が過去にもあります。

実際に、最終学歴の詐称があったケースでは、懲戒解雇が認められたケースもありました。基本的には、雇用関係は信頼関係で築かれるものであり、本当のことを話す義務があります。

しかし、HIV感染のこの件については、真実告知義務がないと判断されており、それだけプライバシーに配慮することが求められる事柄と言える事件だったと考えることができるでしょう。

まとめ

HIV内定取り消し訴訟について見てきました。この訴訟があったことや判決結果を知ったときには、採用時に本当のことを告げなかった場合の罪は問われないのかと、個人的には少し疑問に感じていました。

しかし、いろいろ情報収集していくうちに、裁判での被告側の代理人から差別的な表現の質問内容や、いちばん病気のことを知っているはずの医療機関からの対応の状況も見えてきて、未だにHIVへの理解が進展していないことがわかってきました。HIV感染のこの件については、真実告知義務がないと判断されており、それだけプライバシーに配慮することが求められる事柄なのだと感じています。

この男性は、現在、この病院とは別の精神科病院で精神保健福祉士として働いているそうです。現在勤めている病院で、上司にHIVキャリアであることを伝えたところ、「HIVに感染したことが、あなたのソーシャルワークの能力に、何か影響あるのか?」と返して、男性の心配を一蹴したそうです。

最後に、なぜ男性が勤務する病院に告げたのか、裁判を起こしたのかについて語ったことを紹介したいと思います。

証言台で男性は、現在勤める病院に告げた理由をこう説明する。

「いま務めている病院は、精神科の病院です。精神障害の方は、初めからいまのような待遇を受けていなかったのは、皆さんも知っている通りです。精神障害の方は、かつて座敷牢に入れられたり、差別的な待遇を受けたりしていました。そのような方への対人援助に関わっている病院であれば、分かってくれるであろうと思いました」

「人権が奪われている感覚が、ずっと残っている」

裁判を起こしたことに、躊躇はあったのか。なぜ訴えようと思ったのか。

もう一人の男性側の代理人から、裁判の意義を問われたとき、こう語っていた。

「私の仕事は、人の人権を守る仕事です。自分の人権も守れないような人間に、ソーシャルワークなんかできない。そう思って裁判をしています。『こういうことはいけないんだ』ということを法廷で示すことによって、(HIVキャリアである)同じような立場の方の支えになると考えています」

出典:HIV内定取り消し訴訟、法廷では被告側の代理人から差別的な表現の質問も。偏見の根強さが露呈(HUFFPOST 2019.6.13)

参考

【オススメ】マンガでとても読みやすくなっています。

HIV内定取り消し訴訟、傍聴して感じたことをマンガにしてみた。(HUFFPOST 2019.9.15)

HIV内定取り消し訴訟、法廷では被告側の代理人から差別的な表現の質問も。偏見の根強さが露呈(HUFFPOST 2019.6.13)

うそをつくことについて。それと、HIV感染裁判について(BLOGOS 2019.9.19)

HIV内定取消訴訟の判決が下り、原告の男性が勝訴しました(OUT JAPAN 2019.9.17)

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