「障害者採用を行っているが、なかなかうまく進まない」「雇用しても定着せず、早期離職が目立つ」こうした悩みを抱える企業は少なくありません。障害者雇用促進法により、一定の雇用率を満たすことが義務づけられていますが、法律を守るだけでは実際の職場定着や活躍に結びつかないのが現実です。
今回は、障害者採用がうまくいかない理由や障害者採用がうまくいかない企業が陥りやすい要因を整理し、具体的にどう見直せば改善できるのかをお伝えします。採用から職場定着までのプロセスをスムーズにするためのヒントを得ることができます。
なぜ障害者採用がうまくいかないのか?
障害者採用がうまくいかない企業では、主に大きな2つの課題が見られます。その2つの課題とは、次の点です。
・法定雇用率だけをゴールにしている場合の限界
・障害者雇用に対する理解不足
それぞれの点について、具体的に見ていきます。
法定雇用率だけをゴールにしている場合の限界
企業には障害者雇用促進法で「障害者を一定割合以上雇用しなければならない」という法定雇用率が義務づけられています。そのため「とりあえず人数を満たせばいい」「法律を守るための最低ラインをクリアできれば十分」という考え方だけで障害者採用を進めてしまっている企業が少なからず存在します。
このような考え方で採用を進めてしまうと、次のような問題が起こりやすくなります。
・本人の適性や希望を考慮しない採用をしてしまう
採用人数を確保することを最優先とし、配置や業務内容をじっくり検討せずに入社を決めてしまうと、ミスマッチが生じやすくなります。結果として、採用後に「仕事が合わない」「サポートが不十分」と感じて早期退職につながるケースが後を絶ちません。
・フォロー体制の構築ができていない採用をする
形だけの採用に注力すると、職場環境の整備やジョブコーチ・相談員などのサポート体制づくりが十分に進まないまま雇用がスタートします。そうなると、障害のある社員が実際に業務をこなす中で行き詰まり、やむを得ず退職する、という事態に陥るリスクが高まります。
・社内の協力しようという意識がない
「法律で決まっているから雇用する」というスタンスでは、職場全体が「障害のある方とともに仕事をしていく」という意識醸成には至りません。結果、周囲の理解や協力が得にくく、チームとしての連携がうまく機能しないまま終わってしまうのです。
このような状況では、採用した障害者の業務がうまく回らなかったり、定着しないだけでなく、一緒に働く社員も障害者雇用に対して負担感を感じてしまうことがあります。障害者採用を「障害者雇用率のため」と考えるのか、「組織に必要な業務を担う人材」と捉えるのかでは、障害者を採用すること自体には変わりありませんが、その結果は大きく異なってきます。
障害者雇用に対する理解不足
もうひとつ大きな要因は、企業や社内全体の「障害者雇用への理解が不足している」という点です。障害者雇用と言うと、雇用について障害福祉のように手厚くサポートすることが必要だと捉えている人がいますが、雇用と福祉は異なるものです。雇用はそれぞれの人が持つなんらかの能力やスキルを組織で発揮する、貢献してもらうことです。
もちろん障害者雇用では、障害の特性をある程度正しく把握し、必要に応じたサポートや合理的配慮を行うことが求められます。それでも、企業が一方的に障害者に配慮を示すべきだという考え方や、求められた合理的配慮を受け入れなければならないというものではありません。この辺を十分に理解できていないと、次のような事態が起こりがちです。
・過剰な“お世話”意識や依存関係の形成
障害者雇用を行う企業の中には、障害のある社員を「常にサポートが必要な存在」と見なしてしまうケースがあります。もちろん、障害特性に応じて業務環境を整えることは大切ですが、本人の能力や適性を見極めずに過剰にサポートしすぎると、当事者が本来できるはずの業務に取り組む機会を奪ってしまうことがあります。その結果、障害者社員に「仕事にやりがいを感じる場面がない」「自分が組織に貢献できていない」と感じさせてしまうことに繋がります。
・採用と配属先のミスマッチ
「障害があるから、難しい仕事は任せられないだろう。」こうした思い込みから、本来の得意分野や強みが活かせない業務に配属してしまうと、当事者のモチベーションや定着率は一気に下がります。さらに会社側にとっても、人材の能力を十分に活用できないという大きな損失となります。
障害の内容や程度だけで業務範囲を考えてしまうと、意外な得意分野を見落としてしまう恐れがあります。例えばコミュニケーションが苦手だと思っていた社員が、実は資料作成やリサーチのスキルに長けているケースなどがあります。「この障害の人にはこれしかできない」と思い込んでしまうのは非常にもったいないことです。
・合理的配慮の範囲や目的が曖昧になる
障害者雇用促進法が定める合理的配慮は、「業務上の成果を最大限発揮できるよう必要な調整を行う」というのが本来の趣旨です。しかし、これが十分に理解されていないと、「求められる合理的配慮に何でも対応しなくては…」と考えて、精神的な負担になってしまうことがあります。合理的配慮はあくまで「働きやすい環境を整え、生産性を高めるため」の手段です。ところが社内でその意義が共有されていないと、企業や担当者が「求められたことすべてに対応しないといけない」と思い込んでしまっていることがあります。
その結果、配慮の範囲が拡大しすぎて過度な負担を感じたり、必要以上のコストがかかったりする恐れがあります。また、当事者側も「当然のようにすべての要望が通る」と考えてしまうと、双方の間に不満や衝突が生まれることがあります。さらに目的が曖昧なままで進めてしまうため、チームメンバーから「特別扱いでは?」という声が出るなど、職場の雰囲気がギクシャクする原因になることもあります。
「法定雇用率を守ること」が企業の義務であるのは事実ですが、それをゴールとして捉えてしまうのは危険です。また、障害者雇用に対する考え方が明確にされていないと、障害者を推進する部門、受け入れる部門や社員との間で受け止め方が異なる原因となることがあります。
障害者雇用が進まない課題の原因と見直すべきポイント
障害者採用がうまくいかない背景には、実際の採用プロセスや社内体制におけるさまざまなボトルネックが潜んでいます。ここでは、採用から定着・活躍に至るまでの流れの中で考えられる主な課題を整理し、どのような部分に改善の余地があるかを考えていきます。
採用プロセスの見直し
雇用に対する考え方は一般の採用と基本的には同じですが、障害者雇用ならではの求人情報や選考プロセスを一部取り入れることも必要です。
・職務内容・業務範囲の具体的な記載
例えば求人票で「事務作業」とだけ書かれていると、どんなスキルが必要なのか、実際にどんなタスクをこなすのかが分かりにくく、応募者は不安に感じがちです。次のように具体的な作業内容を伝える工夫ができます。
事務の例: 「経理システムへのデータ入力」「電話応対は月10件程度」「Excelでの集計作業あり」
軽作業の例: 「製造ラインでの検品業務(1時間ごとに休憩あり)」「梱包・発送作業での立ち作業(1日3時間程度)」
このような詳しい状況が記載されていると、応募者は「自分の能力や体力でこなせそうか」「コミュニケーションがどの程度必要か」をイメージしやすくなります。
・配慮事例・サポート体制の明示
障害者雇用では、応募者が「どのような配慮を受けられるのか」を事前に把握できるかどうかが、その職場で働けそうかをイメージするのに大きく影響します。具体的な制度や配慮事例などを示すことは有効的な方法です。
例えば、「在宅勤務の社員が3名在籍し、週2日リモートワーク可能」「時短勤務制度の利用者多数」などを明示しておくと、勤務形態の柔軟性が伝わります。また、精神障害や難病など、体調に波がある社員にとっては、休暇の取りやすさが長期就業を支える大きなポイントとなります。有給休暇の取りやすさや休暇制度などを紹介することができます。
・応募条件・求めるスキルの範囲を明確化
企業が求める最低限のスキルや就業条件を曖昧にしてしまうと、応募者の混乱を招き、採用後のミスマッチにもつながります。例えば「要PC基本操作」「週3日以上勤務可能な方」「電話対応ができる方」など、具体的に提示しておくことが重要です。
特定のスキルが求められる業務では、「○○ソフトの使用経験があれば尚可」などのように歓迎要件を示すことで、即戦力として活躍できる可能性を感じてもらえます。また、「体力を要する業務のため、1日3時間以上の立ち作業が可能な方」のようにどのような業務なのかを示すことで、当事者の判断材料になることもあります。
シフトや勤務時間に柔軟性が求められるのであれば、その旨を具体的に記載しておきます。条件を明確にすることは、単に企業側が要求を突きつけるわけではありません。むしろ、応募者からすれば「自分の障害特性や生活リズムに合わせられるか」を初めから判断しやすくなります。
応募や採用時点で「障害者が働くイメージ」をどこまで具体的に提示できるかは大きなポイントになります。こうした点を考慮すると、結果的に、双方が納得した形で選考を進められ、入社後のトラブルや早期離職のリスクが減ります。
実習(インターンシップ)を取り入れる
採用前に実習(インターンシップ)を取り入れることは、職場定着につながります。実習を取り入れる意義は、業務内容や職場の雰囲気を具体的に体感できることです。求人票や面接だけでは伝えきれない、実際の業務フローや社内ルール、同僚とのコミュニケーションなどを“体験”してもらうことで、応募者は「自分に合っているかどうか」「どんな配慮を求めることが必要か」をより正確に把握できます。
また、これは当事者にとっても意義のあることですが、企業側にとっても当事者の強み・適性を直接確認できる機会となります。書類選考や面接では見えにくい部分が、実際の業務を通じて浮き彫りになります。例えば「コミュニケーションが苦手だと思っていたが、作業スピードはかなり早い」「体調面に配慮しつつ業務量を調整すれば十分活躍できそう」といった具体的な評価が可能となります。
実習をすることは「思っていた仕事内容と違う」「予想より体調管理が難しかった」などの理由で退職するケースを減らし、定着率の向上につなげることができます。結果的に雇用後に発生しやすい問題や課題に対して事前に対処でき、リスクを軽減することにつながります。
職場定着を阻む要因の分析
障害者雇用がうまくいかない場合、その原因や要因が正しく分析されていないことが多く見られます。その結果、同じ失敗を繰り返してしまうことが少なくありません。障害者雇用の場合、取り組み方や体制づくり、マネジメントに課題があっても、「◯◯障害だから、やはり難しかった」と言い訳しやすい部分があります。
しかし、障害者採用や雇用がうまくいかない場合には、その問題になっている要因を見つけて、それに対処していかなければ、根本的な解決をすることはできません。退職や早期離職になった要因を突き詰め、分析することが必要です。要因としてよく見られる点は、次のことです。
・求人・配属のミスマッチ
企業が出す求人票と、実際に行う業務の内容や条件が食い違うと、入社後に「思っていた仕事と違う」「こんなに幅広い業務だとは聞いていなかった」というギャップが生まれやすくなります。職務範囲や求めるスキルが明確になっているのかをもう一度見直して見るとよいでしょう。
また、採用担当や配属先の上司が「どの部分で配慮が必要か」を十分に理解していないと、業務負荷が大きすぎたり、コミュニケーションが苦手なのに他の人とのやり取りの量の多いポジションに割り当ててしまったりと、キャパシティオーバーになりがちです。
・コミュニケーションギャップ
職場において、上司や同僚との情報共有がスムーズに行われないと、本人が抱える困りごとや体調面の変化がタイムリーに把握されにくくなります。例えば、メールやチャットツールのルールがはっきり決まっていなかったり、ミーティングの場が不定期だったりすると、「誰に何を伝えればいいのか」「どのタイミングで話し合いの場を持てるのか」が分からないまま時間が過ぎてしまうことがあります。
結果として、当事者が困っていることを抱え込んだまま業務を続けることになり、パフォーマンス低下やストレスの蓄積を招きがちです。さらに、周囲のメンバーも「どのように手助けすればいいのか分からない」という状態に陥りやすく、結局は互いに不信感を生んでしまう恐れがあります。
また、上司とのコミュニケーションが円滑に行われない原因として、「相談しづらい雰囲気」も大きく影響します。例えば、上司が常に忙しそうにしている、あるいは厳しい口調で接することが多いと、当事者は「こんなことを言っていいのだろうか」「怒られたらどうしよう」と萎縮し、本音を打ち明ける機会を失ってしまいます。
「何かあったら言ってね」という言葉をかけたとしても、実際に相談の場が用意されていなければ意味がありません。面談の制度があっても、形だけで終わってしまい、十分な時間を割いて話を聞く文化がない職場では、安心して困りごとを伝えられないのです。
・社内理解・サポートの不足
障害者雇用では、当事者の障害特性や体調の変動を正しく理解し、必要な合理的配慮を行うことが重要です。しかし、社内全体でその認識が共有されていないと、一緒に働く社員にとって「どのような支援が最適なのか」「いつ、どの段階で配慮が必要なのか」が分からないことがあります。
また、上司・同僚の意識のギャップもあります。合理的配慮を「特別扱い」と捉えてしまうと、必要な支援に対して周囲が過度な遠慮や距離をとるサポートになってしまうことがあります。そのため当事者からすると「遠巻きにされている」「理解されていない」と感じる場面が増え、人間関係の構築に支障をきたす場合も少なくありません。
配慮が形骸化してしまうと、職場が本質的に働きやすい環境へと変化しづらく、障害者雇用そのものが形だけの取り組みになりかねません。表面的には「障害者がいる職場」でも、実際には真の共生や活躍の場が確保されていないという問題を抱え、当事者はやりがいや成長の機会を得られず、やがて職場を離れる結果へとつながってしまいます。
まとめ
障害者採用は、単に“法定雇用率”を満たすための活動ではなく、本来は「組織の多様性を高め、新たな人材の強みを活かす」という重要な人材戦略の一環です。うまくいかない原因の多くは、「とりあえず採用数を満たすだけで、具体的なフォローや連携を決めていない」「障害者雇用の本質的な意味を社内で共有しない」といった点に集約されます。
こうした課題を改善するためには、採用プロセスの見直しと実習(インターンシップ)などの導入、そして社内体制の強化が不可欠です。具体的な職務内容や配慮事例を求人段階で提示し、業務体験の場を提供して相互理解を深めることは、ミスマッチの解消に役立ちます。
また、職場内でのコミュニケーションフローやフォローアップ制度を整え、障害特性や働き方の多様性に対して前向きに取り組むカルチャーを醸成することが大切です。「障害者だから」という先入観を取り払い、「一人ひとりが持つ強みやスキルをどのように活かせるか」を考えることで改善することができます。
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