障害の「害」の字を「がい」や「碍」を使う表記が見られることが多くあります。
「害」という文字には、【傷つける、損なう、悪い状態にする、災い】などの意味があり、使われる言葉としても、「害悪」「害虫」「公害」の害を使っておりこれらのイメージを反映してしまうと考えているようです。また、漢字とひらがなを比べると、ひらがなはやわらかい印象を受けることもあり、ひらがなでの表記を見る機会が多くなっています。
しかし、このような表記をすることに意味はあるのでしょうか。ここでは、障害を障がいと表記することの意味について、見ていきたいと思います。
「障害」の表記に関する検討会で討論されたこと
「障害」の表記に関しては、内閣府が障がい者制度改革推進会議で平成 21 年~22年頃に検討してきました。これによると、「障害」の表記に関する作業チームにおいては、「改定常用漢字表」における「碍」の扱い等について、文化審議会国語分科会漢字小委員会からヒアリングをおこなったり、「障害」のほか、「障碍」、「障がい」、「チャレンジド」等の様々な見解があることを踏まえて、それぞれの表記を採用している障害者団体、地方公共団体、企業、マスメディア、学識経験者から、その考え方や運用状況等について、計4回にわたり10 名のヒアリングが行われています。
この検討会の「障害」の表記に関する検討結果について見ると、それぞれの団体によって、考え方が異なることがわかります。例えば、「障害」という表記については、障害者団体であっても見方が異なります。どのような違いがあるのか、見ていきたいと思います。
DPIの「障害」表記の考え方
特定非営利活動法人DPI日本会議では、次のような見解を示しています。
障害者の権利に関する条約(仮称)においては、障害を視覚、聴覚、肢体等の機能不全等を意味する「Impairment」と表記するとともに、機能障害等によってその人の生活や行動が制限・制約されることを「Disabilities」と表記している。これは、障害者の社会参加の制限や制約の原因が、個人の属性としての「Impairment」にあるのではなく、「Impairment」と社会との相互作用によって生じるものであることを示している。
したがって、障害者自身は、「差し障り」や「害悪」をもたらす存在ではなく、社会にある多くの障害物や障壁こそが「障害者」をつくりだしてきた。このように社会に存在する障害物や障壁を改善又は解消することが必要である。このような社会モデルの考え方と条文では、「Personswith Disabilities」と表記していることから、現段階では、「障害」の表記を採用することが適当である。当面は、障害者制度改革を推進し、社会の在り方を医学モデルから社会モデルへと転換することに時間を費やすべきであり、「障害」の表記については将来的な課題とすべきではないか。
ちなみにDPIは、1981 年の国際障害者年を機に、シンガポールで国際障害者運動のネットワークとして結成された団体で、現在 130 カ国以上が加盟し、世界 6 ブロックに分かれ、障害のある人の権利の保護と社会参加の機会平等を目的に活動をしている国際 NGOです。
DPI 日本会議は、DPIの日本国内組織として、1986年に発足し、身体障害、知的障害、精神障害、難病等の障害種別を超えた94団体が加盟してており、(2020年5月現在)、地域の声を集め、国の施策へ反映させ、また国の施策を地域へ届ける活動をしています。
青い芝の会の「障害者」表記の考え方
また、同じ障害者団体の東京青い芝の会でも、漢字で表記することについては、次のような考えを示しています。
「害」は「公害」、「害悪」、「害虫」の「害」であり、当事者の存在を害であるとする社会の価値観を助長してきた。
青い芝の会は、脳性麻痺者による障害者差別解消・障害者解放闘争を目的として組織された日本の障害者(身体障害者)団体です。
「障がい」表記に関する考え方
一方で、ひらがな表記の「障がい」 については、DPI 日本会議、東京青い芝の会は、次のような考えを持っています。
当事者団体:東京青い芝の会
東京青い芝の会では、次のような考えを示しています。
社会が「カベ」を形成していること、当事者自らの中にも「カベ」に 立ち向かうべき意識改革の課題があるとの観点を踏まえ、「碍」の字を使 うよう提唱してきたが、表意文字である漢字を、ひらがなに置き換えて しまうと、「社会がカベを作っている」、「カベに立ち向かう」という意味合いが出ない。
当事者団体:DPI日本会議
また、DPI日本会議でも、東京青い芝の会と同じような考えを示しています。
人に対して「害」の字を使用することは不適切であるとして、「障害」 の表記を「障がい」に変更する考え方は、障害者の社会参加の制限や制約の原因が、個人の属性としての機能障害にあるとする個人モデル(医学モデル)に基づくものであり、医学モデルから障害を個人の外部に存 在する種々の社会的障壁によって構築されたものとしてとらえる社会モデルへの転換を第一次意見において示した推進会議としては採用すべきではないのではないか。
「障がい」という表記を用いているのは、当事者団体ではなく、地方公共団体や企業でした。次のような意見がだされています。
地方公共団体:岩手県
「障害」の「害」の字は、「害悪」、「公害」等否定的で負のイメージ が強く、別の言葉に見直してほしいとの意見が障害者団体関係者から寄 せられていたため、平成 19 年 12 月、障害者関係団体に対して、「障害」 の「害」の字の表記に関する意見調査を実施。ひらがな表記にすること 自体を否定する意見はなかったため、県としては、「害」の字の印象の 悪さ、負のイメージにより、不快感を覚える者がいるのであれば、改められる部分から改めるべきと考え、平成 20 年 4 月から行政文書等にお ける「障害」の表記を「障がい」に変更することとした 。
企業:ソニー株式会社
「害」の字が、他人に害を与えるなど負のイメージがあったため、平 成 14 年から検討を始めていたが、表記変更に留まらず本質的な就労環 境作りに着手すると同時に、地方公共団体や民間企業の取組、各種団体 の意見等を参考にして平成 19 年 3 月から国内グループ企業における表 記を「障がい」に変更することとした。ただし、今後の社会動向や議論 の中で、適切な表現が現れれば適宜変更を行う。
企業:第一生命保険株式会社
「障害」という言葉が持つ負のイメージに対する関係者の問題意識 に鑑み、一部の地方公共団体や企業が「障がい」の表記を採用している ケースを参考として、平成 18 年より「障害」の表記を「障がい」に変更することとした。
出典:「障害」の表記に関する検討結果について(障がい者制度改革推進会議)
障害に対する考え方~社会モデルとは~
障害の表記については、いろいろな考え方がありますが、「障がい」について否定的な意見を障害者団体の「特定非営利活動法人DPI日本会議」や「東京青い芝の会」が出した考え方の元になっているのが「社会モデル」です。
この「社会モデル」とは、いったいどのようなものなのでしょうか。
「社会モデル」は、障害を個人の属性と環境との相互作用によって発生するものとしてとらえる考え方です。つまり障害者が感じる社会的不利は、社会に問題があり、社会の問題と捉えていることになります。
例えば、ある建物は段差があり、階段を何段か登らないと入れないとします。スロープやエレベーターがないため、車椅子の人は、この建物に入ることができません。社会モデルの考え方では、この建物に入ることができないのは、スロープやエレベーターが設置されていないという障壁のためであり、もしこれらが設置されていれば、車椅子の人であっても行動できる機会を与えられ、障害を感じる必要はないという考え方をします。
つまり、個人のできないこと着目するのではなく、それを問題と捉える社会の障壁に着目し、障害を生んでいる原因に問題があると考えになります。
一方、社会モデルと比較されるのが、医学モデルと呼ばれる考え方です。医学モデルは、障害を個人の心身機能の障害によるものとして、医学的治療による個人に対する調整や行動の変更によって改善していこうとするものです。先ほどの例で考えると、車椅子の人にリハビリをして歩けるようにして、階段を登れるようにしようという考え方になります。
最近の障害に対する考え方は、 社会モデルの考え方が広く受け入れられています。2006 年に国連総会において採択された「障害者の権利に関する条約」にも示されてます。「社会モデル」の考え方、社会こそが「障害(障壁)」をつくっており、それを取り除くために何ができるのかを考えていくことができると、もっとユニバーサルな社会を実現することができるのではないかと考えます。企業で障害者雇用をするときにも、この視点を取り入れていただくと、違った角度から障害者雇用を捉えることができるかもしれません。
障がい者制度改革推進会議での結論
このように「障害」についての表記について、さまざまな意見や考えがだされてきましたが、この会議では、次のような結論が出ています。
法令等における「障害」の表記 について、現時点において新たに特定のものに決定することは困難であると 言わざるを得ない。
これらを踏まえ、法令等における「障害」の表記については、当面、現状 の「障害」を用いることとし、今後、制度改革の集中期間内を目途に一定の 結論を得ることを目指すべきである。
また、合わせて、次の観点が必要であることが指摘されています。
・ 「障害(者)」の表記は、障害のある当事者(家族を含む。)のアイデ ンティティと密接な関係があるので、当事者がどのような呼称や表記を 望んでいるかに配慮すること。
・ 「障害」の表記を社会モデルの観点から検討していくに当たっては、 障害者権利条約における障害者(persons with disabilities)の考え方、 ICF(国際生活機能分類)の障害概念、及び障害学における表記に関 する議論等との整合性に配慮すること。
動画の解説はこちらから
まとめ
障害を障がいと表記することの考え方について見てきました。
障害に関する考え方は、最近は「社会モデル」の考え方が取り入れられることが多くなっています。社会モデルは、障害を個人の属性と環境との相互作用によって発生するものとしてとらえる考え方です。つまり障害者が感じる社会的不利は、社会に問題があり、社会の問題と捉えていることになります。
どれが正しいということはなく、どのように表記するのかは、それぞれ個人や組織、団体の意思が反映されているもので、それぞれの考え、多様性を受け入れることでいいのではないかと感じています。一方で、言葉には力や影響力も大きく、それによって、意識が変わり、社会が変わっていく可能性があることも考えておく必要はあるでしょう。
障害者雇用ドットコムでは、基本的に「障害」と表記をしています。それは、障害に関しては、「社会モデル」の考え方をしていること、また、表記自体よりも、考え方や実践のほうが大切だと思っているからです。
今回は、障がい者制度改革推進会議の資料の一部を見てきましたが、他の表現などの考え方も興味深いので、また機会があればご紹介したいと思います。
参考
【中小企業の障害者雇用】社員が働きやすい会社を目指したら、障害者にも働きやすい職場ができていた
精神障害者と一緒に働くストレスを感じたら、考えてみてほしいこと
障害者雇用で採用した社員が迷惑に感じたときにできる3つのこと
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