障害者雇用を進める際、多くの企業が直面する課題の一つが「どんな業務を障害者に任せるべきか」という点です。この課題に対しよく取られるアプローチが「障害者に適した業務を探す」という方法です。
企業側としては、障害者が無理なく取り組める業務を割り当てることで、職場でのスムーズな適応や長期的な就業を実現したいと考えるのは自然なことです。一見、合理的に思えるこのアプローチは、多くの現場で採用されてきました。しかし、この方法が実際にはうまくいかないことがあります。
その理由や、「障害者に適した業務を探す」という方法がなぜ失敗を招きやすいのかを解説していきます。
なぜ、障害者に「適した業務」を探すアプローチがうまくいかないのか
障害者雇用を進める際、「障害者に適した業務」を選定することは、多くの企業が採用しがちなアプローチです。しかし、「適した業務」という枠にとらわれることは、結果的に雇用を妨げる要因となることがあります。どのような問題点があるのか見ていきます。
業務の範囲が狭くなる
「適した業務」に限定するアプローチは、業務範囲を狭めることがあります。一般的に「適した業務」として考えられるのは、他の企業で行われている業務です。例えば、障害者雇用の業務では、バックオフィスの定型的な業務やメール配送などを含む軽作業的な業務、清掃などが多くなっています。これらを元にして考え始めると、この枠の中で業務を考えようとしてしまいがちです。
また、従来から障害者の業務として多く行われてきたこれらの業務は、20年ほど前から知的障害の雇用をメインに考えられていたときからほとんどアップデートされていません。その時からITやAIが進化し、ペーパーレス化が一層進んでいます。本当にそれらの業務が必要とされているのかを考えることが大切です。
障害に対する偏見やステレオタイプの影響
「障害」と一言で表現しますが、「障害」にはいろいろなものがあります。身体、知的、精神といった障害者手帳の区分の他に、それぞれの障害や障害が先天的なものか後天的なものか、後天的な場合には発症原因やその時期、それらの障害を当事者本人がどのように捉えているのかや、その向き合い方などが大きく影響します。また、もともと培ってきた障害者のキャリアや能力、スキルなども関係します。
そのため障害者手帳やその等級、障害名が同じであっても、どの程度の能力や業務スキルがあるのか、求める障害配慮などは大きく違ってきます。ある程度の障害の特性やそれに対する配慮は分類することができますが、あくまでも一般的な内容になります。
また、障害者雇用ではこれまでに障害者と関わった人材をいれることも多いですが、特定の障害者と関わった経験が逆に障害へのバイアスを高めてしまうことも少なくありません。例えば、知的障害者と接する福祉関係の業務を経験していたりすると、「知的障害は◯◯できない」という経験から、業務の難易度が高いと判断してしまうことがあります。
家族や知り合いに精神障害や発達障害の人がいると、その人を基準に「精神障害とは◯◯だ」「発達障害は◯◯が得意だ」など、その人の知っている障害者がその障害を示しているように感じてしまっている場合もあります。しかし、実際には同じ障害名でもいろいろな人がいます。
加えて、雇用の場にいる障害者と言われる人たちの層は、時代に合わせて変化してきています。特に精神障害、発達障害に関して言うと、ここ5年~10年位の間で障害者枠で働きたい人の層が大きく変わってきました。
例えば、従来の精神障害での障害者枠での就職を目指す人の多くは、それなりの配慮がなければ難しい人が多くいました。しかし、最近では、メンタルクリニックが増えたり、障害を理解してもらったほうが働きやすいと判断する人も増えてきています。また、大学に進学する発達障害の学生も増え、コミュニケーションなどの何らかの苦手さはあるものの、学力的にはできる学生も増えてきています。
失敗することへの恐れとその回避
障害者雇用だけに限りませんが、新しく取り組むことには試行錯誤して、それを改善していくプロセスが必要です。しかし、失敗せずにいきなり成功を求めようとすることが多く見られます。今、成功していたり、うまくいっている企業も失敗しながら、今の状況を作っています。
例えば、どんなに素晴らしい実績のある野球コーチに教えてもらったとしても、すぐにホームランを打つことはできません。コツコツ練習して、まずバットにボールが当たるようにして、ヒットが打てるようになり、ホームランが打てるようになります。
しかも障害者雇用を行っていく場合、たとえ同じ業種、同じような従業員数であっても、その会社の社風や職場の雰囲気、社員の受け止め方、仕事内容など、同じことはありません。どんなにすばらしい事例があったとしても、それを自社の中で適合させる工夫や努力をしていく必要があります。
もちろん闇雲に取り組むのはおすすめしませんが、必要な準備や計画をつくることができたのであれば、それを実行し、何がうまくいかないのかを分析し、改善をしていく必要があります。
障害者の業務を考えるときに抑えるべき本質的な視点
障害者の業務を考える際には、「適した業務」を表面的に追求するだけでは、長期的かつ持続可能な障害者雇用の実現にはつながりません。本質的な視点として、組織全体の目標や価値観と障害者雇用をどのように結びつけるかを明確にすることが重要です。
それには業務を考える前に、障害者雇用を次の3つの視点から考えていく必要があります。
・組織の中で障害者雇用をどのように位置づけるのか?
・どのような障害者雇用に取り組みたいのか?
・組織の中で求められている仕事とは何か?
組織の中で障害者雇用をどのように位置づけるのか?
障害者雇用を成功させるためには、組織の中で障害者をどのように位置づけるのかが大事になってきます。多くの企業では、人的資本経営やD&Iに取り組んでいますが、人材の中に女性や外国籍、シニアに関しては含めるところは増えてきていますが、障害者に関しては別枠で考えていることが、いまだに多く見られています。当然、このような考え方では、組織としての取り組み方は弱くなりますし、障害者は法定雇用率の達成のために進めるという意識になりがちです。
しかし、人的資本経営の経営戦略と人材戦略の中やD&Iの取り組み方の基本として、障害者を女性や外国籍、シニアと同じ位置づけで考えるだけでも、組織の取り組み方は大きく変わってきます。「障害者」を人材としたいのか、法定雇用率の達成のためにしなければならないこととして位置づけるのかによって、それを見ている社員の反応は変わってきます。
障害者雇用を単なる「義務」として見るのか、組織の戦略に基づいた「人材」の一部として認識するのかによって、組織や障害者と関わる社員の捉え方に大きな影響を及ぼします。
どのような障害者雇用に取り組みたいのか?
とはいえ、これまで障害者雇用率を意識した取り組みを行ってきた組織にとっては、いきなり大きな変革をするのは、難しいかもしれません。自社にとって最適な形を見つけるためには、次の要素を検討する必要があります。
・短期的な目標と長期的な目標を明確にする
例えば、「法定雇用率の達成」を短期目標とし、「障害者がキャリア形成できる環境を作る」を長期目標とするように、段階的なゴールを設定できるでしょう。目の前のことだけでなく、中長期的な視点を持つことが大事です。それには、中長期の会社の方向性や経営方針を知ること、そしてそれに関わる人にも加わってもらう必要があります。
・組織文化との整合性を考える
組織の文化や事業内容、社員の受け入れ方などにより、インクルージョンを重視する文化を醸成するのか、それとも特定の業務領域での専門性を追求するのかといった方向性は変わってきます。もしかしたら複数の選択肢も考えられるかもしれません。いろいろな選択肢を可能な限り考えることも大切です。
・組織の中で求められている仕事とは何か?
前に挙げた2つの点を考慮しながら、組織の中でどのような仕事が求められているのかを正確に把握することが必要です。
まず、業務の本質を見極めることです。単なる補助的な業務に留まらず、組織の成果に直接寄与する仕事を見つけ出す必要があります。たとえ一見シンプルな業務であっても、組織全体のプロセスを最適化する役割を持つ業務を探すことが必要です。
ただし、その業務は固定的である必要はありません。業務内容を柔軟に調整する方法でも構いません。例えば、毎日同じような仕事量が確保できないのであれば、いくつかの業務を組み合わせたり、仕事をする場所を組み合わせるなどの工夫もできます。「こうでなければならない」と思っている固定概念や自分の中での当たり前を外して、「組織の中で求められていること」のみをシンプルに考えることが大切です。
障害者雇用を成功させるポイントは、障害者の業務を限定的に考えるのではなく、組織全体の視点で考えることです。そのためには、障害者雇用をどのように位置づけ、どのような目的で取り組むのかを明確にし、組織全体の求める仕事と障害者の特性や希望を調和させる視点が求められます。
まとめ
障害者雇用において「適した業務」を追求するアプローチは、一見すると合理的で実務的に思えるかもしれません。しかし、その背景にある固定観念や失敗を恐れる心理が、結果的に障害者雇用の可能性を狭めてしまう原因となることがあります。
障害者雇用を成功させるためには、次のような視点が必要です。
・業務を固定的に捉えず柔軟に設計する
業務内容を固定化せず、障害者本人の特性や成長に応じて調整することが、長期的な雇用の成功につながります。これには、業務の組み合わせや職場の環境調整などを柔軟に考えていくことが有効的です。
・失敗を学びの機会とする文化を醸成する
障害者雇用のプロセスで発生する課題や失敗を恐れるのではなく、それを組織全体で共有し、改善に活かす文化を育てることが重要です。試行錯誤を許容する職場環境が、新たな可能性を広げます。
・組織の戦略と障害者雇用を結びつける
障害者を「法定雇用率を達成するための存在」ではなく、組織の人的資本の一部として捉え、経営戦略やD&Iの取り組みと一体化させることが、中長期的に障害者雇用をうまくいくための鍵となります。組織にとって障害者雇用をどのような位置づけをするのが望ましいのかを考えていくことが大切です。
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