聴覚障害は、聴覚障害の困り感が聴覚障害のない人にとって理解することが難しく、状況を伝えることはあってもコミュニケーション不足が生じてしまうことがあります。また、聴覚障害のある人は、相手に気をつかって、わからなくても「わかった」「理解できた」と応えてしまうこともあり、実際にはきちんと伝わっていないということもよく見られることです。
平成29年度障害者雇用職場改善好事例最優秀賞を受賞した株式会社キトー(山梨県)では、「障害者雇用マスタープラン」の策定や、聴覚障害のある社員を含めた推進委員会の開催などにより、相互のコミュニケーションやキャリアアップに向けた取組みを充実させるなど、障害者雇用への組織的・継続的な取組みを推進してきました。その様子を見ていきたいと思います。
障害者雇用職場改善好事例とは
障害者雇用において雇用管理、雇用環境等を改善・工夫し、様々な取組を行っている事業所の中から、他の事業所のモデルとなる好事例を募集し、これを広く一般に周知することにより、事業所における障害者の雇用促進と職域の拡大及び職場定着の促進を図るとともに、事業主の自主的な取組の支援と障害者雇用に関する理解の向上に資することを目的としています。
9月は障害者雇用支援月間で、障害者雇用の推進を図り、障害者の職業的自立を支援することに力をいれる月となっています。そのため9月には、障害者を雇用する企業をはじめとして、社会に広く障害者雇用について知ってもらい、障害者の職業的自立を支援するため、厚生労働省、都道府県が、さまざまな啓発活動を展開しています。
その一環として、毎年障害者の雇用促進と職域拡大のための職場改善好事例が9月に発表されます。職場改善好事例は、各企業で創意工夫された雇用管理、雇用環境等の改善事例の募集を行い、改善好事例集が公にされることで、障害者雇用に対する理解の向上や促進に役立っています。また、障害者雇用支援月間の行事として、障害者を積極的に雇用している優良事業所等の表彰が行われます。
平成29 年度障害者雇用職場改善好事例の募集結果
毎年テーマがもうけられて、4月~5月中旬にかけて募集が行われています。平成29 年度障害者雇用職場改善好事例では、「身体障害、難病のある方などの雇用促進・職場定着に取り組んだ職場改善好事例」がテーマとなっていました。
最近のICTの進展により障害のある方の職業的自立の可能性が高まっていることなどを踏まえ、就労支援機器を活用した視覚障害や聴覚障害のある方の職場改善事例や、ICTを活用した重度身体障害のある方の在宅雇用の事例など、肢体不自由や内部障害などの身体障害のある方の事例が募集されました。また、難病、高次脳機能障害(記憶障害や注意障害、失語症など)、若年性認知症のある方の事例も募集されていました。
応募数は合計で75あり、事業所規模の内訳は一般事業所(中小企業)30、一般事業所(その他)25,特例子会社20となっています。産業別では、サービス業が最も多く19、製造業が18、医療・福祉が16でした。
平成29 年度障害者雇用職場改善好事例応募の詳細については、こちらから
平成29年度障害者雇用職場改善好事例最優秀賞【株式会社キトー】の雇用事例
「障害者雇用マスタープラン」の策定や、聴覚障害のある社員を含めた推進委員会の開催などにより、相互のコミュニケーションやキャリアアップに向けた取組みを充実させるなど、障害者雇用への組織的・継続的な取組みを推進していることが評価され、平成29年度障害者雇用職場改善好事例最優秀賞を受賞しています。
株式会社キトーの概要
本社工場(山梨県中巨摩郡)では、一貫した生産管理のもと、基幹製品であるチェーンブロック、レバーブロック、クレーンなどを製造しています。品質と安全性を追求した製品を、日本から世界中のあらゆる地域へ提供しており、従業員数 766人です。
業種は製造業で、事業内容はモノを持ち上げ、運び、固定する作業に不可欠なマテリアルハンドリング機器(巻上機およびクレーンなど)の製造、販売、アフターサービスなどを手がけています。14カ国24社の海外子会社と、50カ国以上に販売ネットワークを構築しています。
障害者雇用の経緯
平成23年に「障害者雇用マスタープラン」(5カ年計画)を策定し、全社的な取組みを推進してきました。社員意識改革、障害者向け作業エリアの整備、職場のサポート体制の強化など、数多くの雇用・定着促進のための取組みを計画的に行ってきた結果、現在32人の障害者を雇用しています。また、支援機関と効果的に連携し、知的障害、精神障害、発達障害の雇用も進めています。
今回の雇用職場改善好事例では、「身体障害、難病のある方などの雇用促進・職場定着に取り組んだ職場改善好事例」がテーマとなっているため、聴覚障害・肢体不自由の障害のある方が携わっている機械加工、部品の品揃え、経理伝票の入力などの業務を中心した取り組みについて見ていきます。
課題1:社内理解の促進
企業設立当初から障害者雇用には取り組んでいましたが、障害者雇用の拡大を図るために、どのように組織的・継続的な取組みを推進していくかについて課題がありました。そこで、「障害者雇用マスタープラン」の策定や、「定例会」の開催などにより、障害者雇用への全社的・継続的な取組みを推進することにしました。
「障害者雇用マスタープラン」の策定
平成23年に「障害者雇用マスタープラン」(5カ年計画)をかかげ、組織的・継続的な取組みを推進。現在は第Ⅱ期マスタープランの実行中(計画期間:平成28~33年)。
障害者雇用に特化した「定例会」の開催
生産現場の全役職者、生産現場を管轄するグループのマネージャー、人事担当者で構成される「定例会」を開催し、全社的に課題の情報共有、解決策の検討を進めている。
職場実習の実施、職務の検討
・職務とのマッチングを重視することが大切との考えから、入社前、複数職場で実習を実施。従事職務は、本人が施設などで経験した仕事とキトーの仕事が一致することは少ないため、「何ができるか」ではなく、「どうしたらできるか」をみんなで考えている。
・新卒者には別の企業の実習の実施を依頼し、他社と比較して本当にキトーで働きたいか、本人に考えてもらうようにしている。
・障害の種類や程度だけで難しいと決めつけず、さまざまな仕事にチャレンジしてもらうようにしている。
・配属は、障害種別にとらわれず、本人の得意なことや職場の状況を考えて、マッチング重視で決定している。
このような「障害者雇用マスタープラン」の策定や、定例会の開催などにより、障害者雇用の全社的・継続的な取組みが推進されるようになり、障害者雇用に対する意識も変化し、雇用が進展していきました。
当初は、受け入れた職場は仕事・安全面などを心配している様子も見られましたが、実習受け入れから徐々に慣れていったことが実を結び、「思っていた以上にできることが多い」などの意見が出るようになりました。また、さまざまな仕事にチャレンジさせることで、受入れ職場も「この仕事もできる」などの発見、雇用管理ノウハウの蓄積につながるようになっています。
また、健常者と障害のある社員が一緒に働くことによって、健常者が障害のある社員に気を配る場面や、自然に接する場面が増えてきているそうです。障害のある社員が真面目に働いている姿に周囲の社員が影響を受けるなど、お互いの成長にもつながっていることも見られています。
課題2:障害者社員の安定雇用
障害のある社員の安定雇用を実現するため、職場のサポート体制の強化、障害のある社員が安心して働ける環境整備、キャリアアップに向けた取組みなどを行うことが課題となっていました。
そこで、障害者職業生活相談員による相談体制やキャリアアップに向けた取組みなどを充実させることで、障害のある社員の定着を促進しています。具体的には、次のような取り組みが行われてきました。
・職場のサポート体制の強化:障害者職業生活相談員を大幅に増員し、相談体制を充実させた。
・社内研修会の実施:障害理解のための社内研修会を実施するとともに、社外研修へ参加などの取組みを進めた。聴覚障害のある社員が講師となり、社内手話学習会を実施している。
・通院休暇制度の導入:休暇取得への配慮として、月1回の通院休暇制度を導入。
・モチベーション向上を目的とした評価制度の導入:障害のある全社員について、半期ごとに定期面談を実施。目標設定と評価を行い、その結果を賞与に反映するなどの取組みを行っている。
・資格取得の支援:社内基準を設け、フォークリフト、クレーン、玉掛けなどの資格取得を支援。社内で取得可能な資格も、必ず外部で受験させ、客観的な視点で安全面などを判断してもらうようにしている。
・正社員登用制度:「聴こえないことをほかの面でプラスに変え、正社員として頑張っていきたい」という本人の意欲があり、仕事の取組み姿勢をふまえた職場からの正社員登用の推薦がある場合、健常者と同じ試験を受けて合格すれば、正社員に登用。
障害者職業生活相談員の増員による相談体制の充実を図ったことなどにより、障害のある社員が安心して働ける環境整備が進んでいます。また、評価制度の導入、資格取得の支援、正社員登用制度により、障害のある社員はモチベーション・やりがいを持って仕事に取り組むことができています。できることを確実に増やし、社会人としても成長して、会社の戦力になっていることがうかがえます。
課題3:聴覚障害のある社員が働きやすい職場環境の整備
聴覚障害のある社員が人事グループに参画したことや、特別支援学校(ろう学校)の卒業生が新卒として入社したことがきっかけとなり、聴覚障害のある社員が働きやすい職場環境の整備を進めていくことが急務となりました。
「聴覚障害者向けバリアフリー」を実現するのに課題となっていたことは、コミュニケーション面の環境整備で。主に口話・筆談での伝達となるため、聴覚障害のある社員には簡潔な内容の伝達にとどまることが多く、会議などの集団場面での情報保障も必要となっていました。
また、製造業であることからも職場の安全活動が大切となっていました。職場の安全活動に聴覚障害のある社員も参加しているものの、健常者の視点での活動にかたよりがちだったものの改善も求められていました。
そこで、定例会のワーキンググループとして「聴覚障害のある社員を含めた推進委員会」をつくり、当事者の意見を積極的に取り入れ、「聴覚障害者向けバリアフリー」を実現してきました。
「聴覚障害のある社員を含めた推進委員会」では、聴覚障害のある全社員の在籍職場の所属長、正社員として働いている聴覚障害のある社員、人事担当者がメンバーとなり、聴覚障害のある社員からの情報提供、聴こえない研修(疑似体験)、職場での課題の情報共有、改善策の検討を約1年間実施したそうです。
「聴こえない研修」では、メンバーが耳栓・イヤマフを付け、工場内を移動しました。この体験によって、聴こえないことの不安、健常者が大きく感じている音が聴こえないこと、口型が似た言葉の読話(読取り)の難しさなどを実感しました。このような研修や検討を行って、次のような改善を進めています。
・音声認識ソフト・電子メモパッドの導入:情報保障手段として音声認識ソフト(UDトーク)、筆談用に電子メモパッドを導入。聴覚障害のある全社員の在籍職場に配備し、会議などで活用。
・「手話ボード」の設置:聴覚障害のある社員の在籍職場に、簡単な手話表現を記載した「手話ボード」を設置。また、聴覚障害のある社員が在籍職場で手話講習を行い、健常者も朝礼などで手話を使うよう努めている。
・「光るチャイム」の設置:受付用カウンターにボタンを設置し、来訪者がそれを押すと、聴覚障害のある社員の近くにある装置が点灯するようにした。
・腕時計型の屋内信号装置(シルウォッチ)の導入:緊急時の情報保障手段として、始めはパトライトを検討。しかし、聴覚障害のある社員は全員別職場におり、各々が動き回っているため、設置場所の選定が難しかった。携帯電話の貸与も検討したが、作業中は振動しても気づかないことが多く、本人達の「身に付けるタイプがよい」との意見を取り入れ、シルウォッチにたどり着いた。
「聴覚障害のある社員を含めた推進委員会」での活動を通じて、聴覚障害の特性、聴覚障害のある社員の困っていることやサポートが必要なことへの社内理解が進みました。
また、健常者社員が「聴こえない研修」などで聴覚障害のある社員の不安を共有したこと、コミュニケーション手段の改善により共有する情報量が増えたことで、聴覚障害のある社員と健常者との相互理解が深まり、聴覚障害のある社員にとって働きやすい環境整備も進展しています。
課題4:社内のバリアフリー化
社内のバリアフリーについて検討し始めた当初は、車いす利用者は在籍していなかったそうです。しかし、車いす利用者がいないから改善しないのではなく、車いす利用者を受け入れられるように、会社として「車いす利用者が不自由なく働ける環境」を目指し、当事者の意見を積極的に取り入れてバリアフリーを取り入れた施設改善を進めるべきと考えました。
発案当時は車いすの当事者がおらず、具体的な改善点の把握が難しかったため、支援機関担当者(車いす利用者)に協力を求めながら、実際に社内移動してもらうなどして改善点を明確化し、バリアフリー工事に着手してきました。そして、工事終了時に車いす利用者の応募があり、採用に至っています。
実用性の高い「車いす利用者が不自由なく働ける環境」を整備するために、次のような整備を行いました。
・屋根付き駐車場の整備:メインロードのすぐ近くに駐車場を設置。社員だれもがサポートできるようにしている。
・段差の解消、自動ドア化、エレベーターの開閉時間の延長
・目的トイレの整備:車いす利用者などの職場内移動の負担軽減のため、遠くから使用状況がわかる表示を設置。
・食堂の利便性の向上:車いす利用者の専用席を設け、混雑時に席を探す、そのつどいすを動かす負担を軽減。
・車いす利用者の可動域、移動に必要なスペースを考慮したレイアウト変更など
このような社内のバリアフリー化を進めた結果、障害のある社員が困っていることなどについて、生の声を丁寧に受け止めながら改善を進めたことで、実用性の高い「車いす利用者が不自由なく働ける環境」を実現することができました。
障害の有無にかかわらず、だれもが働きやすい環境づくりにもつながっています。また、屋根付き駐車場の整備事例などは、施設改善したにとどまらず、全社員が障害者雇用に関心・理解を持つきっかけづくりや、「障害のある社員と自然に共存する」企業風土の形成にもつながるきっかけとなっているようです。
参考資料:平成29年度障害者雇用職場改善好事例最優秀賞 株式会社キトー
動画の解説はこちらから
まとめ
平成29年度障害者雇用職場改善好事例最優秀賞を受賞した株式会社キトー(山梨県)が取り組んできた、聴覚障害を含めた障害のある社員の相互のコミュニケーションやキャリアアップに向けた取組みについて見てきました。
聴覚障害はなかなか聴覚障害のない人にとって理解することが難しく、コミュニケーションが難しいことがあります。また、聴覚障害のある人は、相手に気をつかって、わからなくても「はい」と言ってしまうことがあり、重要なことをきちんと伝えられないこともあるようです。
キトーでは、聴覚障害の理解を深めるために聴覚障害者の社員が入った検討会や聴覚障害のある社員が講師となって研修する取り組みも行われており、職場の人が障害の有無にかかわらずコミュニケーションを図ろうとする姿勢が明確になっており、それが確実に実行されていると感じました。音声認識ソフト(UDトーク)や筆談用に電子メモパッドなどのツールは、他の職場でも活用するとよいでしょう。
また、障害者雇用職場改善好事例は毎年募集されており、毎年違ったテーマが設けられています。障害種別や職場環境、キャリアアップなどの目的などのテーマに合わせた好事例も紹介されていますので、参考にすることができます。
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