普段は問題なく業務をこなしている社員が、配置転換や環境の変化をきっかけに、急につまずくケースは少なくありません。
それまで安定して成果を上げていた人が、新しい業務に就いた途端にパフォーマンスを落とすと、「本人の努力不足ではないか」「能力の限界ではないか」と受け止められがちです。
しかし、実際にはそうではない場合が多いのです。特に、障害があることを公表していなかった社員や、いわゆる“グレーゾーン”と呼ばれる社員の場合、環境の変化によって初めて障害特性が表に出ることがあります。
それは決して「怠け」や「適性の欠如」ではなく、環境や業務内容と本人の特性とのミスマッチが原因です。つまり、できなくなったのではなく、「これまでの環境では得意を発揮できていたが、新しい環境では苦手が前面化した」という現象なのです。
環境の変化で現れる障害特性のある社員の事例
Aさんは、ある企業で働く社員です。これまでは、資料整理や検証業務など「一人で集中して進める個別業務」を任され、高い集中力と正確さを発揮してきました。上司や同僚からも「安心して任せられる人」と評価されていました。
ところが、配置転換によって状況が一変しました。新しい業務は、クライアントと対応や、社内外の調整が中心。リアルタイムで相手の意図を汲み取り、文章や会話で伝える力が求められるポジションでした。
その途端、Aさんは業務に大きな困難を感じるようになったのです。やり取りのスピードについていけない、文章をまとめるのに極端に時間がかかる。これまで問題なかった部分で、明らかなつまずきが見えるようになりました。
後からわかったのは、Aさんには認知特性の違いがあったということです。しかし、これまでは「自分のペースで進められる業務」だったため特性が表面化せず、むしろ得意を活かして成果を出せていました。ところが、環境が変わり「即時の対人対応」が必要になると、隠れていた特性が前面に出てしまったのです。
このように、障害があると公表していない人でも、環境や業務の変化によって初めて特性が顕在化するケースは珍しくありません。
特性が表れやすい3つの転換点
Aさんのように、これまで問題なく働けていた社員が、環境や業務の変化によって急につまずくケースは決して珍しくありません。特に、障害があると公表していなかった人や、いわゆる“グレーゾーン”の社員では、次のような転換点で特性が顕在化することがあります。
1. 業務内容の変化
静かに集中できる作業や個別業務では力を発揮できていた人が、ある日からクライアント対応や社内調整といったコミュニケーション中心の業務を任されることがあります。
「自分の手を動かして成果物を仕上げる」ことには自信があっても、相手の意図を即座に読み取ることや、リアルタイムでやり取りを行うことが必要となったときに、急に難しさが表面化することがあります。
2. 役割の変化
プレーヤーとして成果を出してきた人が、リーダーや管理職に昇格するケースです。これまで「自分の業務に集中」していれば評価されていたのが、急にメンバーの進捗を把握する、その感情に配慮する、衝突を調整する といった新しい役割が求められるようになります。
業務スキルだけでなく、人との関わり方や認知スタイルを大きく変える必要があり、特性が浮き彫りになりやすい局面です。
3. 環境の変化
作業環境の違いも大きな影響を与えます。たとえば、落ち着いた個室環境から、オープンなフロアやチーム作業中心の環境へ移った場合、周囲の音や人の動きに気を取られる、情報の整理が追いつかないといった困難が現れやすくなります。
こうした「業務内容」「役割」「環境」の変化は、障害特性が表面化する典型的なきっかけです。重要なのは、本人が突然「できなくなった」のではなく、環境が変わることで苦手が顕在化したと理解する視点です。
対応の分岐:苦手を避ける vs 得意を活かす
環境や業務の変化によってつまずいた社員に対して、現場でまず行われがちなのは「苦手を避ける」対応です。
たとえば、
・対人業務を外して裏方業務に回す
・補助的なタスクを中心に任せる
・以前の業務に戻す
といった方法です。
これらは一時的に本人の負担を軽減し、トラブルを避ける効果があります。
しかし、このアプローチには限界もあります。
・キャリア形成の停滞:新しい挑戦や成長の機会を奪い、「任せられない人」という評価が固定化されやすい。
・組織としての機会損失:本来は成果を出せる得意分野があるにもかかわらず、それが活かされず埋もれてしまう。
・自己肯定感の低下:「自分は役に立っていないのでは」という思いが募り、モチベーション低下や離職リスクにつながる。
こうしたリスクを避けるために必要なのは、「得意を活かす」発想です。同じ状況でも、「この人はどのような条件なら力を発揮できるのか」に着目して配置や役割を見直せば、状況は大きく変わります。
例えば、Aさんの場合、クライアント対応は苦手でも、集中力を必要とする検証業務や成果物づくりでは力を発揮できます。チーム内で「対外対応」と「専門的作業」を役割分担すれば、本人の強みを活かしつつ、組織にも大きな貢献をしてもらうことが可能になります。
また、昇格の場面でも同じです。人のマネジメントが苦手な社員を無理に管理職に昇格させるのではなく、専門職ルートやサポート職ルートといった別のキャリアを用意すれば、本人の得意を基盤に活躍を続けられます。
組織として求められる視点
Aさんのように、業務や環境の変化をきっかけに障害特性が表に出るケースは、実は珍しくありません。それまで「問題なく働けている」と見られていた社員が、急につまずいたとき、周囲はつい「努力不足」や「能力の限界」と捉えがちです。
しかし、そこで大切なのは 「本人の能力不足ではなく、環境や業務との相互作用によるミスマッチ」 という視点です。
組織としては、以下のような観点を持つことが求められます。
1.能力不足と決めつけない姿勢
環境や業務が変わることで誰にでもつまずきは起こり得る。障害が公表されていない社員やグレーゾーンの人材にとっては、なおさら顕著になる。
2.得意を基盤にする文化
「苦手を避ける」のではなく、「強みをどう活かすか」に着目して役割や配置を考える。この文化が根づけば、社員の可能性を広げるだけでなく、組織全体の心理的安全性やダイバーシティ推進にもつながる。
3.キャリア設計の柔軟性
リーダー昇格や管理職への道がすべてではない。専門職ルートやサポート職ルートなど複数の選択肢を用意し、特性に合ったキャリア形成を可能にすることが重要。
まとめ
人は、環境や役割が少し変わるだけで、これまで問題なくできていたことが急にできなくなることがあります。それは「能力不足」でも「怠け」でもなく、環境や業務の特性と本人の特性とのミスマッチによって自然に起こる現象です。
特に、障害があると公表していなかった人や、いわゆるグレーゾーンの人材では、その変化によって初めて障害特性が表面化することがあります。このとき、短絡的に「苦手を避けさせる」だけでは、本人の成長も組織の可能性も制限してしまいます。
重要なのは、どうすれば強みを活かせるかを探る視点です。
・苦手を避けるのではなく、得意を軸に役割を設計すること
・管理職だけでなく、専門職やサポート職といった多様なキャリアルートを用意すること
・柔軟な配置転換や復帰の仕組みを整えること
これらの工夫を積み重ねることで、本人の自己肯定感を支え、組織全体の成果を高めることが可能になります。
Aさんの事例が示すように、「できない部分」に注目するのではなく、「どう活かせるか」を考える姿勢こそが、障害者雇用を含むすべての人材活用において鍵となるのです。
本記事で紹介したようなケースに対応するための研修やコンサルティングもご提供しています。リーダー向けの「合理的配慮と線引きの研修」や、配置・キャリア設計に関するご相談については、お気軽にお問い合わせください。
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