近年、法定雇用率の引き上げやダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進の流れを受け、多くの企業が障害者雇用に取り組んでいます。しかし、実際の職場では、企業と障害者の双方がさまざまな課題に直面することが少なくありません。
よく相談を受けるトラブルは、次の点です。
「職場でのすれ違い」:企業と障害者の間で期待や認識のズレが生じ、業務に影響が出る。
「業務遂行の難しさ」:指示の伝え方や業務の進め方に課題があり、納期遅れや業務ミスが発生する。
「人間関係のトラブル」:障害者と同僚・上司の間で理解不足が原因となる摩擦が生じる。
これらのトラブルは、単に障害者本人の問題ではなく、企業側の環境整備やマネジメントの工夫によって未然に防ぐことができることがあります。
今回は、障害者雇用で発生しやすいトラブルの実態を整理し、それらを防ぐための企業の具体的な対応策について解説します。 障害者が能力を最大限に発揮し、企業にとっても戦力となるような職場づくりを進めるために、どのようなポイントに注意すべきかを考えてください。
企業の障害者雇用でよくあるトラブルの種類
障害者雇用において、企業が直面しやすいトラブルにはいくつかの共通点があります。多くの場合、コミュニケーションの行き違い、業務遂行の難しさ、人間関係のトラブル、体調不良やメンタルヘルス問題が発生しやすく、これらは企業の環境整備やマネジメントの工夫次第で未然に防ぐことが可能です。
ここでは、それぞれのトラブルの具体的な事例と、企業が取るべき対応策を解説します。
(1) コミュニケーションの行き違い
企業と障害者の間で最も発生しやすいのが、指示の伝え方やコミュニケーションの方法に関するトラブルです。特に、口頭指示が苦手な障害者も多く、指示の出し方や情報の伝達方法を工夫することが重要です。
このようなケースがあります。
短く簡潔な指示が求められるのに、抽象的な説明が多すぎるため、業務の進行が滞る。メールや文書での指示が必要なのに、口頭指示のみで対応してしまい、障害者本人が理解しづらい。
このような場合には、次のような対応ができます。
・視覚的に整理する
マニュアル・フローチャート・チェックリストを活用する
・コミュニケーションツールの活用
チャットツールやタスク管理ツールを導入し、指示を文書化する
・フィードバックの機会を定期的に設ける
業務の認識のズレを防ぐために、定期的な確認を行う
(2) 業務遂行の難しさ(指示の理解、納期の遅れなど)
障害者が業務を遂行する際に、「何を」「どのように」「いつまでに」やるべきかが明確でないと、納期遅れや業務ミスにつながることがあります。また、業務中に困ったことがあっても、相談しづらい環境では問題が放置されてしまい、仕事が滞る原因になります。
次のようなケースがあります。
ルーチンワークの手順が複雑で、ミスが多発する。業務進捗を報告する仕組みがなく、上司が状況を把握できない。
このような場合には、次のような対応ができます。
・タスクの優先順位を明確にし、業務の可視化を徹底する
タスク管理ツールを活用する
・「1日のスケジュール」や「業務フロー」を明文化し、業務管理ツールを導入する
・定期的な進捗確認の場を設け、課題を早期発見できる体制を整える
(3) 職場内の人間関係のトラブル
障害者雇用では、本人と同僚・上司との関係がうまくいかず、職場の雰囲気が悪化することがあります。特に、周囲の社員が障害の特性を理解していないと、無意識の偏見や誤解が生じるケースがあります。
次のような状況があります。
ASD(自閉スペクトラム症)の社員が、暗黙のルールを理解できず、トラブルに発展。障害者本人が困っていても、周囲が適切なサポートを行えず、孤立してしまう。
このような場合には、次のような対応ができます。
・職場の障害理解を深めるための研修を実施
管理職・同僚向けに障害特性を学ぶ機会を設ける
・相談窓口を設け、当事者・同僚・管理職が気軽に相談できる環境を作る
・「共通ルールの明確化」や「障害特性を考慮した配慮」を進める
(4) 体調不良やメンタルヘルス問題
障害者の中には、疲れやすい、ストレス耐性が低いといった特性がある人もいます。適切な配慮がされていないと、メンタル不調や長期休職につながる可能性があります。
具体的なケースとしては、次のようなことがあります。
長時間勤務が続き、心身の不調を訴える社員が増える。業務負荷がかかりすぎ、休職や退職に至るケースが発生。
このような場合には、次のような対応ができます。
・勤務時間や休憩時間の調整を行い、無理のない働き方を提供する
・定期的なメンタルチェックを実施し、早期に異変を察知する体制を作る
・産業医やカウンセラーとの連携を強化し、健康管理のサポートを行う
トラブルを未然に防ぐために企業ができること
障害者雇用におけるトラブルの多くは、企業側が適切な準備と環境整備を行うことで未然に防ぐことが可能です。採用時の適性判断や業務の仕組み作り、サポート体制の強化によって、障害者がスムーズに業務を遂行できる環境を整えていくことが大切です。
そのために企業が取り組むべき3つのポイントについて見ていきます。
(1) 事前の準備と環境整備
障害者が安心して働ける職場を作るためには、採用時の適性判断や企業全体の理解促進が不可欠です。事前に環境を整備することで、トラブルの発生を大幅に軽減できます。
企業が取り組むべきポイント
・採用時に業務適性を見極め、適切な業務を割り振る
面接や職場体験を通じて、障害者の特性に合った業務内容を判断します。ルーチンワークが得意な人には定型業務を、創造的な業務が得意な人には発想力を活かせる仕事を割り当てるなど、強みを活かせる業務設計を行います。
・企業全体で障害者雇用に対する理解を深める研修を実施
管理職・現場社員向けの障害理解研修を実施し、適切な接し方や配慮のポイントを共有します。特性を理解することで、偏見や誤解を防ぎ、スムーズな業務遂行につなげることができます。
・合理的配慮のガイドラインを作成し、管理職・同僚が参考にできる仕組みを整える
障害者ごとに異なる配慮が必要になるため、企業独自の合理的配慮のマニュアルを作成すると、受け入れる側の対応がわかりやすくなります。想定されるケースには、その対応マニュアルを整備し、管理職や同僚が具体的な対応方法を理解できるようにしておくとよいでしょう。また、社内相談窓口を設置し、トラブル発生時に迅速に対応できる体制を構築します。
(2) 適切なマネジメントの実践
障害者が自立して業務を遂行できるようにするためには、業務の進め方を標準化し、適切なマネジメントを行うことが重要です。
企業が取り組むべきポイント
・業務の進め方を標準化し、障害者本人が自立して業務できる体制を作る
業務フローを整理し、作業手順をマニュアル化します。口頭説明だけでなく、視覚的な指示(フローチャート・チェックリスト)を活用し、分かりやすい業務設計を行うと、仕事がしやすくなります。また、作業環境を整備して、業務を進めやすい職場環境を提供することもできます。
・管理職やチームリーダーが、適切なフィードバックを行う習慣をつける
定期的な1on1ミーティングを実施し、業務状況の確認や悩みを共有できる機会を設けます。指導の際は、ポジティブなフィードバックを中心にし、改善点は具体的に伝えることで、本人の成長を促すようにします。
・チェックリストやタスク管理ツールを導入し、業務の見える化を図る
タスク管理ツールを活用し、業務進捗を可視化して、本人、上司、周囲の同僚がわかるようにします。進捗状況がリアルタイムで確認できることで、業務遅延やトラブルを未然に防ぐことができます。必要に応じて業務を調整し、負担が大きいようであれば適切にマネジメントします。
(3) 柔軟な対応とサポート体制の強化
障害者雇用を安定させるためには、柔軟な働き方やサポート体制の整備が不可欠です。特に、体調不良やメンタルヘルスの問題に迅速に対応できる体制を作ることで、長期的な雇用の安定につながります。
企業が取り組むべきポイント:
・体調不良時の対応フローを事前に策定し、トラブル発生時に適切な対応ができるようにする
障害特性によっては、体調変化が業務遂行に影響を及ぼすことがあるため、事前に対応フローを決めておくと対応しやすくなります。特に精神障害の方は、服用している薬が変わると体調への変化が見られやすくなります。事前に服薬の変更があることを知っておくと対応しやすくなるでしょう。
また、就業規則を含めて休職・復職のルールを明確にし、体調不良時の対応手順を共有しておきます。体調不良が発生した際の相談窓口を設置しておき、適切なサポートが受けられる環境を整えておきます。
・必要に応じて、在宅勤務や時短勤務など柔軟な働き方を提供
体調管理が難しい障害者に対して、テレワークやフレックスタイム制度を導入し、働きやすい環境を提供します。無理なく働ける勤務形態を選択できるようにすることで、離職率の低下にもつながります。
・産業医やジョブコーチと連携し、職場定着を支援
産業医やジョブコーチと定期的に連携し、障害者の業務適応をサポートします。メンタルヘルスケアの専門家と協力し、障害者が安心して働ける環境を構築していきます。必要に応じて、外部支援機関の活用も検討し、長期的な職場定着を促進することもできます。
まとめ
障害者雇用は、法定雇用率の引き上げなどにより重要性が増していますが、職場ではコミュニケーションの行き違い、業務遂行の難しさ、人間関係のトラブル、体調不良やメンタルヘルス問題といった課題についての相談が多く見られます。
これらのトラブルを未然に防ぐためには、企業側が事前の準備と環境整備(採用時の適性判断、企業全体の理解促進、合理的配慮のガイドライン作成)、適切なマネジメントの実践(業務の標準化、定期的なフィードバック、業務の見える化)、そして柔軟な対応とサポート体制の強化(体調不良時の対応フロー策定、柔軟な働き方の提供、産業医やジョブコーチとの連携)という3つのポイントに取り組むことが重要です。
これらの取組を実施することで、障害者が働きやすい職場環境を整え、企業全体の生産性向上にもつながります。
動画で解説
参考
令和6年の障害者雇用未達成の企業名が公表 企業名公表になる基準とは?
0コメント