障害者雇用率があがる中で、身体障害者を採用したいと考える企業は増えています。しかし、実際に求人をかけても応募がほとんどなく、実際の採用活動においては思うように進まないと悩んでいる企業は少なくありません。
障害者雇用促進法の改正や、企業に対する障害者雇用率の達成義務の強化によって、企業の採用意識が高まっています。また、企業の障害者採用の意識が高まっているにもかかわらず、応募者が少ないという状況が続いているのはなぜでしょうか。
今回は、身体障害者の応募が少ない理由やどのように障害者の採用を進めるとよいのかについて解説していきます。
新規求職申込件数・就職件数は増加
「令和5年度ハローワークを通じた障害者の職業紹介状況」(厚生労働省)によると、新規求職申込件数は249,490件(対前年度比6.9%増)、就職件数は110,756件(対前年度比8.0%増)となり、就職件数が過去最高だった令和元年度実績(103,163 件)をうわまりました。
出典:令和5年度ハローワークを通じた障害者の職業紹介状況等(厚生労働省)
前年度に引き続き新規求職申込件数が増加していますが、これは令和6年度からの法定雇用率の引き上げ等を見据えて障害者雇用に取り組む企業が増えることを見据えて、求人数が増加したことが影響しているものと考えられます。
障害別に見ると、前年から比べて身体障害者の就職件数は22,912件で998件増(4.6%増) 、知的障害者の就職件数は22,201件で1,628件増(7.9%増)、精神障害者の就職件数は60,598件で 6,524件増(12.1%増)となっています。
出典:令和5年度ハローワークを通じた障害者の職業紹介状況等(厚生労働省)
障害別のここ10年ほどの推移を見ていきます。
まず、身体障害の新規求職者数が5万後半から6万台を推移しており、令和5年度に関しては前年の令和4年度よりも上がっていますが、全体的に見るとやや減少傾向にあります。また就職件数もほぼ横ばいではありつつも、こちらもやや減少傾向にあります。
出典:令和5年度ハローワークを通じた障害者の職業紹介状況等(厚生労働省)
知的障害の新規求職者数は、3万台を推移していますが、令和5年度を見るとこの10年の中で一番多く37,515件となっており、全体的に見るとやや上昇傾向にあります。また就職件数もほぼ横ばいではありつつも、こちらもやや上昇傾向にあります。
出典:令和5年度ハローワークを通じた障害者の職業紹介状況等(厚生労働省)
精神障害の新規求職者数を見ると、令和5年度は13.7万台となっており、コロナなどの影響で新規は一時的に落ちた時期もありましたが、全体的には上昇傾向にあります。また、就職件数もこの10年間上昇傾向にあり、平成25年と比べると就職件数は2倍以上に上がっています。
出典:令和5年度ハローワークを通じた障害者の職業紹介状況等(厚生労働省)
これを見ると、全体的な新規求職申込件数、就職件数は上昇傾向にあることがわかりますが、障害別に見ると、身体はやや減少傾向、知的はやや上昇傾向、精神は上昇傾向にあることがわかります。
なぜ、身体障害の雇用が減少傾向にあるのか?
日本の障害者雇用は、身体障害、知的障害、精神障害の順番で進められてきたため、身体障害者の雇用は、最もはやくから取り組まれていました。身体障害者の雇用は、戦争で負傷した傷痍軍人の就職を進めるために始められ、障害者法定雇用率は1960年に企業への努力義務として導入され、1976年に義務化されました。
このあと、1998年に知的障害が義務化され、2018年から精神障害者が義務化されています。精神障害が障害者雇用のカウントできるようになったのは、2008年(平成18年)の障害者雇用促進法の改正時となっています。
また、障害者法定雇用率を見ていくと、身体障害者の雇用が義務化された1976年の法定雇用率は1.57%でした。その後1988年に1.6%、1998年に1.8%、2013年に2.0%、2018年に2.2%、2021年3月に2.3%、2024年に2.5%と段階的にあがってきました。
出典:労働政策審議会障害者雇用分科会(厚生労働省)
このように障害者法定雇用率が上がる中で、企業での障害者雇用も進み、働ける身体障害者、知的障害者は雇用されてきました。一方で、障害者雇用にカウントされるのが一番遅れた精神障害を見ると、障害者雇用としてカウントされるようになってから15年ほどです。
しかし、精神障害が雇用としてカウントできるようになったものの、はじめは企業でもどのように受け入れたらよいか悩んでいたり、またはすでに社内にメンタル的なサポートが必要な社員がいたりして、なかなか雇用が進んできたとは言えませんでした。
また、精神障害の歴史を見てみると、病気を発症すると精神病院での長期入院となっていて、家族や地域生活と隔離されていた時代が長くありました。今では、地域生活へ移行する施策や就労支援をサポートする機関がたくさんありますが、障害者自立支援法ができる前までは、就労移行支援事業所のような就労系障害福祉サービスがなく、障害者職業センターや地域にある就労センターが就職をサポートしているような状態でした。
このような背景があり、障害者雇用で働ける身体障害者はすでに働いている場合が多く、代わりに障害者雇用としての受け入れが一番遅くなった精神障害の雇用が現状では増えています。
精神障害の雇用は難しいのか?
一方で、精神障害の雇用は難しいと言われていますが、実は精神障害の雇用もここ15年ほどでかなり変わってきています。どのように変わってきたかというと、精神障害者保健福祉手帳を取得して働きたいという層が、以前とは違う層の人も障害者枠として働くことを希望するようになってきています。
精神障害が障害者雇用のカウントできるようになった2008年から精神が義務化された2018年頃までは、精神で働くことを希望する人の多くは、職場でそれなりの配慮が必要だと思われる人がいましたが、最近は一般枠で働いていても発達障害や精神障害がわかり、もう少し配慮のある働き方を選ぶために障害者枠で働きたいという人が増えています。
また、大学卒業するときには気づかずに就職したものの、働き始めてから発達障害がわかったり、または発達障害そのものに直接関係する症状や問題はなかったものの、発達障害が原因で引き起こされる精神的・身体的な症状の二次障害によって、障害があることがわかり、障害者枠で働くことを選ぶ人も増えています。
加えて、大学などの高等教育機関でも2014年に障害者差別解消法ができ、障害学生支援室を開設する学校も増えています。つまり、発達障害や精神障害のある学生が大学で学ぶことが増え、一定の学力やポテンシャルがある障害者の層も増えています。
精神障害の雇用は難しいと一括りにするのではなく、職種や業務内容などを検討していくと、これまでとは違った障害者雇用に取り組める可能性も十分にあるといえます。
障害種別で考えるのではなく、仕事内容ができるのかを考える
障害者雇用を進めるときに、多くの企業が採用プロセスの中で「どの障害種別の人を雇うべきか」をまず考えてしまう傾向があります。つまり、身体障害、知的障害、精神障害といった障害種別を基準にすることで、企業は特定の業務にどの障害が適しているかを予め判断し、採用の選択肢を狭めてしまうことがあります。
例えば、専門的な業務なので知的障害の人には難しいと考えたり、勤怠や職場のストレスに耐えられるかどうかについて精神障害の人の採用を不安視するケースが見られます。結果として、仕事内容や求められるスキルで考えるよりも、特定の障害種別に応じたポジションが与えられがちです。
しかし、それぞれの障害、障害者手帳、障害等級などは、個々によって異なります。たとえ同じ障害名、障害者手帳の等級でも、個々の仕事の考え方、求める配慮などは違ってくることがほとんどです。これを〇〇障害というもので判断すると、業務に適した能力を持つ人材を見逃すリスクが生じてしまうことになります。
仕事内容に基づいた採用を行うことで、企業は障害者の個々のスキルや能力を活かすことができ、組織の中で最適な役割を見つけることが可能になります。また、このような方法で採用することは、障害者雇用をしなければならないという考え方から脱却し、組織全体のパフォーマンスを向上するための人材という意識が生まれやすくなります。結果的に業務の効率化が図られるだけでなく、チーム内での役割分担が明確になり、業務が円滑に進むことに繋がります。
さらに、適切な業務に配置された障害者は、その職場で長期的に働く意欲が高まることになります。結果として、企業における人材の定着率が向上し、頻繁な採用や人員入れ替えによるマンパワーやコストを抑えることにもなります。
仕事内容を元に採用を進めるための具体的なステップ
仕事内容に基づいた採用を実現するためには、これまでの採用基準を見直し、障害種別ではなく仕事内容にフォーカスしたプロセスを取り入れることが必要です。
業務内容の再定義と明確化
まず、各ポジションの具体的な仕事内容を再定義し、その業務に必要なスキルを明確にすることが重要です。これにより、採用基準が「この仕事はどの障害種別が可能か?」という考え方から、「この仕事にはどのようなスキルと特性が必要か?」という本質的なアプローチに移行します。
例えば、あるポジションで求められるのが正確性や細かなことを見分けられるスキルであれば、障害種別にかかわらず、そのスキルを持つ候補者を評価の対象とします。場合によっては、スムーズにコミュニケーションが取れないような場合でも、そのスキルを活かすことができ仕事自体に影響がなければ、適性に合致する能力を持つ人材となることもあります。
障害者の強みやスキルに着目した選考プロセス
次に、選考プロセスにおいて、障害の特性だけでなく、その人の強みやスキルに焦点を当てた方法を取り入れる必要があります。面接や試験は、候補者の能力や経験を評価するための方法の一つではありますが、一面的な面しか見ることができません。そのため実際の業務を体験してもらう企業実習(インターンシップ)を取り入れることをおすすめしています。
面接や書類、試験などでは見えなかった部分が、企業実習をすることでわかります。例えば、何かの資格や経験があるとしても、実際の現場でどれくらいのスキルや活用できるのかは未知数の場合が多くあります。そのような時は、実際に雇用するときに任せる業務を事前に体験させることで、求めるレベルに達しているのか、たとえ今求めるレベルに達していなくても伸びしろなどがありそうかなどを、ある程度判断することができます。
また、一定期間このような実習をすることで、適性やスキルだけでなく、その職場文化や雰囲気に馴染めそうか、想定している勤務時間の仕事ができる状態なのか、実際の仕事をするうえで一緒に働く社員とうまくできそうかなども見ることができます。
企業で雇用するとなかなか解雇することが難しいですが、これは障害者雇用でも同じです。解雇のトラブルなどが発生すると、予想以上にマンパワーも時間も取られるばかりでなく、大きなストレスになります。採用するときには、十分に確認してから進めていくことが大切です。そのためには、なんとなく大丈夫という曖昧な判断ではなく、評価基準も明確に設定しておくことも重要になります。
障害者が働きやすい職場環境の整備
仕事内容に基づいた採用を成功させるためには、障害者が働きやすい職場環境を整えることが不可欠です。仕事内容に応じて合理的配慮を行い、障害者がその業務を問題なく遂行できるような環境を提供することが必要となります。
例えば、精神障害者で疲れやすいなどの特性がある場合には、定期的に休憩する時間を設けることがあります。しかし、当事者の中には、自分だけ休憩を取ることを躊躇したり、他の人の目を気にすることがあるかもしれません。そんなときには、あらかじめ周囲の社員に伝えておいたり、席を外しやすい配置に机を設置するなどの配慮ができるかもしれません。
どのような配慮が必要なのかは、障害者個人によって異なります。このような求める職場環境や合理的配慮についても、実習時に確認しておくと、雇用後に意見の食い違いが生じることを減らすことができます。
採用の窓口を広げる
障害者採用では、ハローワーク、就労移行支援事業所、特別支援学校、障害者職業センター、なかぽつなど、障害者採用の人材紹介が無料で活用できるところがあります。このような媒体や紹介が、仕事内容や求人と合致するのであれば、大いに活用してください。しかし、このようなところで一定期間使ったものの成果が得られないのであれば、他の方法を探すことも大事です。
最近は、障害者の人材紹介も増えてきています。採用が決まってから成果報酬型で支払うなどのところも多いので、求める人材が採用できない場合には活用することを考えてもいいでしょう。また、大学での障害学生の受け入れも増えてきているので、大学の新卒向けの採用を考えることもできます。
また、今後採用を継続的に進めていくのであれば、自社での採用ができる媒体を作っておくことも考えておきたい点です。先ほど紹介したような公的な障害者採用の人材窓口もありますが、企業のニーズに合致するところが多いとは言えません。一般の人材募集に加えて、障害者の人材募集も自社の中で直接伝える方法を持つことにより、より欲しい人材が採用できる可能性が高まります。
まとめ
障害者雇用率の向上に伴い、身体障害者の採用を進めたいと考える企業は増えていますが、実際の応募者が少なく、採用が難航するという現状に悩んでいる企業も少なくありません。これには、歴史的な背景や社会的要因が影響していますが、特に身体障害者の雇用機会が長年にわたって積極的に提供されてきたため、現在では多くの身体障害者がすでに雇用されていることも一因となっています。
一方で、近年は精神障害者の雇用が増加しており、今後はさらに多様な障害者の雇用機会を広げる必要があります。特に「障害種別」で判断するのではなく、仕事内容に焦点を当てた採用アプローチを取ることで、企業はより適切な人材を見つけやすくなり、障害者も自身のスキルを活かせる仕事を見つけやすくなります。
仕事内容に基づいた採用を進めるためには、業務内容の再定義、障害者の強みを評価する選考プロセス、合理的配慮を含めた職場環境の整備などが不可欠です。このような取り組みをすることにより、組織のパフォーマンス向上を実現しつつ、障害者にとっても働きがいのある職場を提供できる障害者雇用を実現できます。
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