障害者雇用を担当している方から、よくこんな声を耳にします。
「制度は整っているのに、現場が協力してくれない」
「『人事の仕事でしょ?』と突き放されてしまう」
「数字はクリアしているのに、なかなか定着につながらない」
法定雇用率の達成や採用活動は、人事の努力によって進められることが多いものの、その後の定着や現場理解は別問題です。制度や理念がいかに整っていても、それだけで社内全体が動いてくれるわけではありません。
この中では、障害者雇用を推進する上で欠かせない「巻き込み」という視点について、人事担当者の立場から考えてみたいと思います。
なぜ、制度や理念だけでは、社内は動かないのか
障害者雇用の推進は、法律上の義務であり、またダイバーシティ経営の観点からも重要なテーマです。企業としては「制度を整えた」「理念を社内に共有した」という段階まで進めても、そこから実際に現場が動いてくれるとは限りません。
その背景にあるのは、部門ごとに異なる優先事項や評価指標です。
例えば・・・
製造部門:納期・品質・安全の遵守が最優先
営業部門:数字や顧客対応が最優先
経理部門:正確な処理と締めの厳守が最優先
それぞれの現場は、日々の業務を遂行するだけでも手一杯です。その中で「社会的意義」や「制度上の必要性」を訴えても、「重要なのは理解しているが、今の優先順位には入らない」と受け止められてしまうことが少なくありません。
結果として、障害者雇用の取り組みは“人事部門が主導すべきもの”という位置づけになりがちです。現場や他部署は「自分たちの業務ではない」と線を引き、当事者意識を持ちにくい構造になってしまうのです。
こうした状況では、人事担当者だけが前に出て奮闘する一方で、現場は蚊帳の外のまま。制度や理念は存在していても、“社内の空気”が動かないために成果につながらない。これが、多くの企業で共通して見られる課題です。
業務の“本流”に接続できていないと、障害者雇用は「自分たちには関係のないテーマ」と受け止められてしまいます。その結果、人事が前に出て制度を説明しても、現場は「聞くけれど動かない」という状態になりがちです。
「巻き込み」という考え方の重要性
障害者雇用を推進するうえで、人事担当者がよく直面するのは「一人で頑張っても限界がある」という現実です。制度を整えても、現場が関わらなければ定着は進まず、孤立感ばかりが募ってしまいます。
そこで欠かせない視点が 「巻き込み」 です。
巻き込みとは、単に「協力してください」とお願いすることではありません。相手の立場や業務に即した“意味の翻訳”を行い、「自分ごと」として受け止めてもらうことを指します。
例えば──
営業部門にとっては「事務作業を任せることで営業活動に集中できる」
製造部門にとっては「定型業務を切り出すことで品質管理に注力できる」
管理部門にとっては「作業手順を見える化することで業務の効率化につながる」
このように、相手が日々直面している課題やKPIに接続して説明することで、初めて「自分たちにも関係がある」と感じてもらえるのです。
そこで必要になるのが「巻き込み」という視点です。巻き込みとは、単に協力をお願いすることではありません。相手の立場や関心に合わせて、取り組みの意味を“翻訳”し、自分ごと化してもらうことを指します。
巻き込みがうまくいくと、次のような効果が生まれます。
・定着率の改善:現場が協力してくれることで職場環境が安定する
・自走化:人事が一方的に動かすのではなく、各部署が主体的に関わるようになる
・孤立の解消:人事担当者自身が「一人で抱え込む」状態から解放される
巻き込みは特別な才能ではなく、意識すれば誰でも実践できる“スキル”です。
巻き込みを始めるための小さな一歩
「巻き込みが大事」と頭では理解していても、いざ行動に移そうとすると「どう声をかければいいのか分からない」「断られたらどうしよう」と不安を感じる方も多いのではないでしょうか。
実は、巻き込みは特別な場面で大きな提案をすることから始まるのではありません。日常の中での小さな一歩が、その後の大きな変化につながっていきます。ポイントは「小さな行動」です。
相談から始める
人は「頼まれる」と負担を感じますが、「相談される」と心理的に受け入れやすくなります。「協力してください」ではなく「少し相談させてください」と声をかけることで、相手にとって心理的なハードルが下がります。
フィードバックを欠かさない
協力してもらったら、「おかげでこういう成果が出ました」と必ずフィードバックすることで、相手の行動が正しく評価されます。
「先日のアドバイスのおかげでスムーズに進みました」
「この意見を取り入れた結果、現場がやりやすくなったようです」
小さなフィードバックを返すことで、相手は「自分の関与が役に立っている」と実感できます。
感謝を第三者経由で伝える
直接「ありがとうございます」と伝えるのも大切ですが、より効果的なのは“間接的に伝わる感謝”です。
「◯◯さんのおかげで助かった、と現場から声がありました」
「△△さんの工夫を他部署に紹介したら、すごく参考になったそうです」
このような形で感謝が社内に広がると、「協力すると認められる」という空気が生まれます。そして、こうした小さな積み重ねが、「この取り組みは人事だけのものではない」という空気をつくり出します。
社内提案・プレゼンの工夫
障害者雇用を推進するうえで、人事担当者が避けて通れないのが「社内提案」の場です。上司や経営層、あるいは他部署に向けて協力を呼びかける際、多くの方が「制度の説明」や「理念の重要性」に力を入れがちです。
しかし、それだけでは相手の心を動かすのは難しいのが現実です。必要なのは「共感を呼ぶ構成」でプレゼンを組み立てることです。
おすすめは次の3ステップです。
1.数字:定着率や離職率などの課題を客観的に示す
2.現場の声:社員から聞いたリアルな困りごとを紹介する
3.未来像:協力した場合にどんなメリットがあるかを具体的に描く
この順序で話すことで、「納得 → 共感 → 行動意欲」という流れが生まれやすくなります。
さらに、想定される質問や懸念をあらかじめ整理しておくことも大切です。
「費用はどのくらいかかるのか?」
「本当に現場で効果が出るのか?」
「今の業務フローに支障はないのか?」
こうした疑問に先回りして答えを準備しておくことで、提案が否定ではなく「前向きな検討」として受け止められるようになります。
現場が変わった実例
ある企業の人事担当者は、最初「障害者雇用=人事だけの仕事」と見られており、現場の協力を得られませんでした。
そこで、この担当者は制度や施策の前に「雑談ベースのヒアリング」から始めました。
「仕事を割り振るとき、どこが一番大変ですか?」
「新人教育で苦労するポイントはどこですか?」
こうした問いを重ねていくうちに、現場の本音が見えてきました。そこに障害者雇用の取り組みを接続させることで、半年後には「むしろうちに配属してほしい」と言われるようになったそうです。
この例が示すのは、「制度」より「日常の関わり」が空気を変える力を持つということです。
人事担当者が孤立しないために
障害者雇用の推進に取り組む人事担当者にとって、最も大きな壁は「現場が動かない」という現実です。制度を整えても、理念を掲げても、それだけでは組織は変わりません。
本記事でご紹介したポイントを振り返りましょう。
・社内が動かない理由は、「冷たいから」ではなく、部門ごとの優先順位や関心が異なるから
・巻き込みの出発点は、相談・フィードバック・感謝といった日常の小さな一歩から
・社内提案のコツは、「数字」「現場の声」「未来像」をセットで提示すること
・実例が示すことは、「相手にとっての意味」を伝えることで協力は広がる、ということ
つまり、人事担当者一人が正論を掲げて奮闘するのではなく、関係性を育てながら組織全体を“当事者化”していくことが、障害者雇用の定着を実現する鍵となります。
実際にできる「巻き込みアクション」を3つ紹介します。
1.他部署の同僚に「ちょっと相談させてください」と声をかけてみる
2.上司に対して「メリットを主語」にした1枚資料をつくってみる
3.協力してもらったことを“第三者経由”で感謝として伝える
これらは特別なスキルや権限がなくてもできる行動です。小さな一歩の積み重ねが、やがて組織の空気を変えていきます。
さらに具体的な方法を知りたい方へ
本記事では「巻き込み」の重要性と基本的な考え方を整理しました。実務レベルで「どう巻き込むとよいのか?」、関心のない上司の動かし方、他部署を協力者に変える方法、現場で使えるプレゼン構成など、より具体的なステップをまとめた記事をnoteで公開しています。
日々の業務で悩みを抱える人事担当者の方に、参考になれば幸いです。
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