多くの企業が「障害者雇用は難しい」と感じてしまっています。その要因には、早期離職率の高さ、期待していた能力とのギャップ、周囲の従業員の理解不足などがあります。 そして、これらの課題に直面するたび、「やっぱり障害者雇用は難しい」と感じてしまうようです。
しかし、本当に障害者雇用は難しいのでしょうか?
確かに困難さを感じる背景には、いくつかの共通する「落とし穴」が存在します。 これらの落とし穴に気づかず、漫然と取り組んでしまうことが、「障害者雇用=難しい」という負の連鎖を生み出してしまっています。
今回は、障害者雇用がうまくいかない企業によく見られる「落とし穴」を具体的な事例と共に提示し、その原因と解決策を解説していきます。
【失敗事例1】「手厚いサポート」をすれば大丈夫…?過保護な関わり方の落とし穴
「〇〇さんには、この仕事は難しいんじゃないかな…」
「無理させたら、体調を崩してしまうかもしれない…」
障害のある従業員に対し、良かれと思って手厚いサポートや特別な配慮を行っている企業は少なくありません。しかし、過剰なサポートは、かえって障害のある方の成長を阻害し、早期離職に繋げてしまっていることがあります。
A社の事例を見ていきましょう。A社では、新しく入社した発達障害のあるBさんに対し、周囲の社員が常に付き添い、業務をマンツーマンで教えるという体制をとっていました。 責任のある仕事を任せることは避け、簡単な作業ばかりを担当させていました。
数か月後、Bさんは「自分は何もできない人間だと思われているのではないか」「いつまで経っても、簡単な作業しか任せてもらえない」と不満を抱え、退職してしまいました。
原因
この事例の根本的な原因は、障害のある方を「かわいそう」「何もできない」と決めつけてしまう先入観にありました。 A社の社員は、Bさんの能力や可能性を信じきれておらず、過保護な関わり方をしてしまったのです。
解決策
必要なのは過保護なサポートではなく、適切なマネジメントです。どのような関わり方を意識するとよいのでしょうか。
・スモールステップで業務を任せ、徐々に責任範囲を広げていく
最初から難しい業務を任せるのではなく、まずは簡単な業務からスタートし、徐々に難易度を上げていくことで、自信をつけさせることができます。
・「できないこと」ではなく「できること」に目を向け、強みを活かせる業務を割り当てる
苦手なことを無理に克服させるのではなく、得意なことや強みを活かせる業務を割り当てることで、モチベーションを高めることができます。
・困った時に相談できる環境を作る
過保護なサポートは禁物ですが、困った時に相談できる環境を整えることは重要です。 定期的な面談などを実施し、不安や悩みを気軽に相談できる関係性を築きましょう。
障害者=何もできない人ではありません。業務の適性があるのかを確認しておくことは必要ですが、その基準をクリアしているのであれば、可能性を信じ、適切な目標設定と、必要なマネジメントを提供することが大切です。
【失敗事例2】「指示待ち」人材ばかり…?主体性を引き出せないマネジメントの落とし穴
「指示されたことしかやらない…」
「もっと積極的に動いてほしいのに…」
障害者が指示されたことだけを淡々とこなす「指示待ち」状態になってしまっている、という悩みを抱える企業も少なくありません。しかし、それは障害のある従業員の責任でしょうか? もしかすると、主体性を引き出せていないマネジメントに原因があるのかもしれません。
C社では、知的障害のあるDさんに、毎日同じ作業をマニュアル通りに行わせています。 Dさんは、言われたことはきちんとこなしますが、業務改善の提案や、新しい業務への挑戦は全くありません。 周囲の社員は「Dさんは、言われたことしかできない人だ」と思い込んでいます。
原因
この事例の原因は、マニュアル通りの指示や、一方的なコミュニケーションばかりで、Dさんの意見やアイデアを引き出せていないことにあります。 Dさん自身も仕事は言われたことをすればいいと思っており、自分の意見が求められているとは感じたことがありません。
解決策
障害者との対話を通して、言われたことだけをやっていればいいのではなく、仕事に対する主体性や個々の特性や考え方を理解することが重要です。
・目標設定や業務計画に積極的に参加させ、責任感を持たせる
「何のために、この業務を行うのか」を理解させることで、責任感が生まれ、主体的に業務に取り組むようになります。
・意見やアイデアを自由に発言できる雰囲気を作り、主体性を引き出す
「どんな小さなことでも良いから、気づいたことがあれば教えてほしい」というメッセージを伝え、意見やアイデアを自由に発言できる雰囲気を作ります。まずは、自分で気づくという練習をしていくことが必要です。
・障害者社員との対話を通して、個々の特性や考え方を理解する
定期的な面談などを通して、得意なこと、苦手なこと、興味のあることなどを聞いて、個性や特性を理解するように努めましょう。
障害のある従業員の主体性を引き出すには、一方的な指示や管理ではなく、対話を通した相互理解が不可欠です。キャリアアップ制度などを考えるのもよいですが、まずは目の前の業務に対して、どうしてこの業務が必要なのか、より良くしていくために何ができるのかを考えることが必要です。意見やアイデアが出るようになれば、挑戦する機会を提供することで、仕事への主体性が生まれていきます。
【失敗事例3】「専門家任せ」でノータッチ…?当事者意識の欠如が招く丸投げの落とし穴
「専門機関がサポートしてくれるから、うちは何もしなくていいよね」
「何か問題が起きたら、専門機関に相談すれば大丈夫」
障害者雇用で問題や課題が起こると、支援機関や専門家に丸投げしてしまう企業が見受けられます。 しかし、企業側が一切関与しない「丸投げ」状態は、障害のある従業員を組織の一員として捉えていない証拠です。障害者従業員との信頼関係を築くことができず、結果的に雇用は長続きしません。
E社は、就労移行支援事業所から紹介されたFさんを採用しました。 採用後、E社はFさんの業務内容や職場で課題があると、自分たちで解決しようとせずに、支援事業所に任せてしまっていました。 数か月後、Fさんは職場での孤立感や業務内容への不満を抱え、誰にも相談できずに退職してしまいました。
原因
この事例の根本的な原因は、E社の社員に障害者雇用に対する当事者意識が欠如していたことにあります。 Fさんを組織の一員として捉えられておらず、積極的に関わろうとしなかったため、Fさんの抱える問題に気づくことができませんでした。
解決策
支援機関や専門家との連携は重要ですが、雇用は企業自身が行うものです。障害者雇用というと、専門的な知識がないと取り組めないと考えている企業がありますが、障害者雇用も一般の雇用と変わりなく「マネジメント」が重要です。そもそも「雇用」は組織に必要な業務を行うことであり、職場で障害者をサポートをすることではありません。
・定期的に面談を実施し、障害のある従業員の状況や課題を把握する
障害者としてではなく、同じ組織にいる一人の同僚、仲間と考えてください。業務を行う上で課題となっていることがあれば、どうしたら取り組みやすいのかを一緒に考えていくことが大切です。ただし、大前提として、求める業務の適性があることが必要です。
・障害者雇用に関する研修や勉強会に参加し、知識やスキルを向上させる
障害者雇用に関する情報が不足していると感じるのであれば、障害特性、合理的配慮、コミュニケーションスキルなど、必要な知識やスキルを習得することで、より適切なサポートを提供できるようになります。
・支援機関や専門家との連携を密にし、情報共有や意見交換を積極的に行う
雇用に関わる直接的なこと、例えば、業務に関すること、職場でのマネジメントに関しては、企業が責任を持って行うことです。一方で、生活面や金銭面、家族のことなどの個人的なことについては、企業が介入しにくいことがあります。このような場合には、支援機関等に支援をしてもらうとよいでしょう。企業が行うべきこと、支援機関に任せることと、それぞれの役割分担を明確にしておくことが大切です。
就労移行支援事業所から採用した場合には、6ヶ月の定着支援期間があります。また、本人が希望すれば、それから更に3年間就労定着支援が活用できます。企業、支援機関のそれぞれの役割分担を明確にして、障害者の状況や課題について情報共有を行うことができます。
障害者雇用は、企業全体で取り組むべき課題です。 支援機関や専門家を頼るだけでなく、企業自身が当事者意識を持ち、積極的に関与することで、障害のある従業員が安心して能力を発揮できる環境を築きましょう。
【失敗事例4】「義務だから…」とりあえず採用…?戦略なき雇用が招くミスマッチ
「とにかく、雇用率を達成しなければ…」
「誰でもいいから、障害のある人を採用したい…」
法定雇用率を満たすため、安易に採用を進めてしまう企業は少なくありません。 しかし、「義務だから」という理由だけで採用を進めてしまうと、スキルや適性が合わないミスマッチが発生し、障害のある従業員も企業も、不幸な結果を招いてしまいます。
G社は、法定雇用率を達成するため、経験やスキルに関係なく、障害者手帳を持っている人を積極的に採用しました。 その結果、採用されたHさんは、G社の業務内容に全く適性がなく、周囲の社員のサポートを受けても、なかなか業務をこなすことができませんでした。 Hさんは、自分の能力が活かせないことに不満を感じ、早期に退職してしまいました。
原因
この事例の原因は、G社が採用前に、必要なスキルや能力を明確にせず、応募者の適性を十分に確認しなかったため、ミスマッチが発生してしまいました。
解決策
自社の事業内容や組織文化に合った採用をすることが重要です。
・自社の事業内容や組織文化に合った雇用戦略を策定する
どのような職種で障害のある方の能力を活かせるのか? どのようなスキルを持った人材を求めているのか? 組織全体の課題を分析し、具体的な雇用戦略を検討します。
また、障害者採用には、通常の採用よりも準備、また会社の認知度が低いと、想定していたよりも時間がかかることがあります。採用までの期間は、スケジュールに余裕をもつことが大切です。
・採用前に求める業務に必要なスキルや能力を明確にする
各職務に必要なスキル、知識、経験、適性などを明確化することで、適切な人材を選考することができます。
・実習などを通して、応募者の適性や潜在能力を見極める
書類選考や面接だけでなく、実習を通して、実際の業務に取り組む姿勢や、潜在的な能力を見極めることが重要です。
障害者雇用は雇用率や行政指導などがあり、一定の期限までになんとか採用したいと考える傾向が強くなってしまいがちです。しかし、業務適性がなかったり、職場に合わない人を採用してしまっても、結局、フォローで大変になってしまったり、職場定着することはありません。組織の求める人材を明確にして、適性の合う人を採用していくことが重要です。
まとめ
障害者雇用における失敗事例から、企業が陥りやすい4つの落とし穴と解決策をまとめると、以下のようになります。
過保護な関わり方:
手厚いサポートは重要だが、過剰なサポートは成長を阻害し、早期離職につながる。解決策としては、スモールステップで業務を任せ、できることに目を向け、困った時に相談できる環境を作るなど、適切なマネジメントを行う。
主体性を引き出せないマネジメント
指示待ち人材ばかりになるのは、一方的なコミュニケーションが原因。解決策として、目標設定や業務計画に積極的に参加させ、意見やアイデアを自由に発言できる雰囲気を作り、障害者社員との対話を通して個々の特性や考え方を理解する。
専門家任せの丸投げ
支援機関への丸投げは、障害者を組織の一員として捉えていない証拠。解決策として、 定期的な面談で状況や課題を把握し、障害者雇用に関する研修で知識やスキルを向上させ、支援機関との連携を密にするなど、企業全体で取り組む。
戦略なき雇用
義務だからと安易に採用を進めると、ミスマッチが発生し、不幸な結果を招く。解決策として、自社の事業内容や組織文化に合った雇用戦略を策定し、採用前に必要なスキルや能力を明確にし、実習などで応募者の適性や潜在能力を見極める。
これらの落とし穴を避け、解決策を実践することで、障害者雇用を成功に導き、企業と障害者双方にとって有益な関係を築くことができます。
動画で解説
参考
障害者雇用の「合理的配慮」と「わがまま」の違いと判断基準とは?
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