障害者雇用は、企業にとって必要不可欠な取り組みであり、法的義務だけでなく、社会的責任の一環としてその重要性が増しています。しかし、実際の現場では多くの企業が「どうして障害者雇用がこんなにも難しいのか?」と悩んでいます。
今回は、企業が直面するこれらの現実とその背景について解説し、今後の障害者雇用を成功させるために企業が取るべき対応策のポイントを伝えます。
企業が直面している障害者雇用の現実
障害者雇用は、企業にとって避けては通れない重要なテーマとなっています。日本では、障害者雇用促進法に基づき、一定の規模の企業には障害者を雇用する法的義務があるからです。
これまでは、障害者雇用と言うと、企業が果たすべき社会的責任(CSR)の一環としての役割が重要視されてきていました。多様性と包摂性の推進は、現代の組織に求められる基本的な価値観であり、特にグローバル社会の中ではダイバーシティの取り組みが進んでいます。
実際にこのような取り組みがされている一部の企業では、障害者も含めた人材が活躍することで、新たな視点やアイデアが組織にもたらされて、イノベーションが生まれています。
しかし、ほとんどの企業にとっては、障害者雇用を実現し、維持することは決して容易ではありません。企業は、「障害者に適した仕事をどのように切り出すべきか。」「どの部署やポジションに配置すれば、能力を引き出せるのか」「他の従業員に障害に対する理解を深めてもらいたいものの、どのように伝えたらよいのか」「働きやすい環境を整えるには、どの程度の設備や改修が必要なのか、費用対効果はどのように考えるのか」などの課題を感じています。
企業が障害者雇用で直面している課題の本質
障害者雇用率のみを重視してしまっている
多くの企業が障害者雇用に取り組む際、まず第一に注目するのが法定の障害者雇用率の達成です。これは、法律に基づく義務を果たすことは企業の責任となっており、実際に障害者法定雇用率が達成できていないと、その対応が厳しくなっているため当然のことといえるかもしれません。
求められている障害者雇用率を達成していない場合に企業が担わなければならないことには、次のことがあります。
・障害者雇用納付金の支払い
障害者雇用率を達成していない企業は、法定雇用率に不足している人数に応じて「障害者雇用納付金」を支払う義務があります。これは、障害者雇用を促進し、企業間での公平性を保つために設けられた制度です。納付金は1人あたり月額50,000円です。
「障害者雇用納付金制度」では、障害者雇用を進めるためには、企業にとって一定の負荷がかかることが想定された制度となっています。雇用義務を誠実に履行している事業主とそうでない事業主とを比べると、バリアフリー化など作業設備の改善や障害に配慮した雇用管理などの経済的負担のアンバランスが生じることがあります。
そのため障害者を雇用するのは事業主が共同して果たしていくべき責任であるという社会的連帯責任の理念にたち、「障害者雇用納付金制度」が設けられているのです。そして、集められた障害者雇用納付金は、障害者雇用を促進するための基金として、各種助成金や障害者雇用の環境整備、教育などに活用されています。
出典:事業主と雇用支援者のための障害者雇用促進ハンドブック (東京都産業労働局)
・行政指導のリスク
障害者雇用率を長期間にわたって達成していない場合、企業は行政からの指導や改善命令を受ける可能性があります。これは、企業に対して具体的な改善策の提案や計画書の提出を求めるもので、法的な義務として従う必要があります。これに従わない場合、さらに厳しい処分が課されることもあります。
大幅に雇用率が未達成であれば、ハローワークなどから障害者雇用率達成指導や障害者雇入れ計画作成命令が出されます。それでも達成できないときは、企業名公表になることもあります。
出典:厚生労働省
法定雇用率を満たしていない企業は、社会からの評価が低下し、企業イメージに悪影響を及ぼす可能性があります。特に、投資家や消費者が企業のCSR活動を重視する傾向が強まっている現在では、法定雇用率を達成していないことが企業のイメージや競争力に影響を与えることがあります。
法定雇用率を達成することはもちろん大切なことですが、障害者雇用率の達成を目指すあまり、企業が数値目標の達成だけを目的とし、障害者が組織内でどのように活躍し、長期的に貢献できるかを考えられていないケースも見られます。
法的義務と実務のギャップ
日本において、障害者雇用促進法は企業に対して一定の障害者雇用率を達成することを義務付けています。しかし、法律を遵守することと、実際に障害者を雇用することの間には、大きなギャップが存在します。多くの企業が、法定雇用率を満たすことに注力していますが、人材として考えることができていないのが現状です。
このギャップを埋めるためには、単に法的コンプライアンスを達成するだけではなく、人的資本経営や人材戦略の一部として障害者雇用を位置づける必要があります。例えば、障害者が企業内でどのように価値を発揮できるかを見極め、その潜在能力を引き出すための職務設計や環境整備を行うことが重要です。
「障害者は仕事ができない」という思い込み
また、「障害者は仕事ができない」という根深い思い込みがあります。この思い込みは、意識的であるか無意識的であるかに関わらず、障害者を組織に受け入れる際の大きな障壁となっています。
この思い込みは、障害者の能力を過小評価する傾向を生みます。障害者が職場に適応し、価値を発揮できる可能性を十分に認識できていないことが多く、企業は彼らに与える業務の幅を狭めがちです。これにより、障害者が本来持っている潜在能力が発揮されず、結果として「障害者は仕事ができない」という思い込みを現実化してしまっています。
この思い込みは、職場の他の従業員にも影響を与えます。従業員は無意識のうちに、障害者を対等な同僚として扱うことに躊躇したり、逆に過度に「守らなければならない存在」として扱ったりします。このような対応は、障害者本人にとって不必要なプレッシャーや孤立感を生み、職場でのコミュニケーションや協力体制を阻害する結果を招きます。
確かに雇用に際して配慮を求める障害者がほとんどですが。最近の障害者枠で働きたいという障害者の層はかなり幅広くなっています。特に、2018年の障害者雇用促進法で精神障害(発達障害を含む)が義務化されたことや、2016年の障害者差別解消法で国公立大学を中心に障害学生の合理的配慮に取り組んできたことで、障害者手帳を取得する層が変化してきています。
実際に発達障害や精神障害の人を積極的に人材として採用を進めているところは少なくありません。例えば、デジタルハーツの特例子会社のデジタルハーツプラスさんやオムロンさんでは、その取組が進んでいます。
人材として捉えられていない
障害者を「人材」として捉えていない企業をよく見かけます。最近は、ダイバーシティとして外国人、女性などの活用に注目が集まっていますが、「障害者」もこの分野の一つとして考えていくことが人材戦略の中では大切です。
そもそも人材には、いろいろな属性の人が関わっています。人種や国籍、性別、年齢、宗教、性的指向などの表層的なものから、価値観、キャリア、経験などの深層的なものまであり、それらが多様な視点やアイデアにつながります。
また、人々の価値観が変化し、多様なニーズに対応する商品やサービスが求められている中で、同じ価値観や考え方の中からイノベーションは起こりにくくなっています。しかし、多様性の中から新たな発想やニーズなどが生まれる可能性があります。
労働人口が減る中で、採用の人件費が高騰したり、激化している状況が見られます。人的資本経営と連動した人材戦略を考えていくことで、人材確保や企業の持続性にも貢献することになります。
企業が取るべき対応策
障害者雇用のコンテクストを変える
企業が障害者雇用で悩んでいることの中で一番多くあげられる課題は「障害者に任せる業務が見つからない」というものです。しかし、この「障害者に任せる業務」という視点から考えても業務は見つかりません。
また、そもそも社員一人ひとりが持つ「障害」や「障害者」に対するイメージは異なることがほとんどです。多くの業界や職種では、わざわざ言葉にしなくても、共通の認識や暗黙の了解で標準的なものが伝わりますが、「障害」や「障害者」に対するイメージは人それぞれです。その理由は、年齢や出身地、受けてきた教育や家庭環境、障害者との接触頻度、どのような障害種別の人との関わりがあったかなどの影響を大きく受けるからでしょう。
例えば、障害者と接した経験がほとんどない人は、テレビで見るような生活介護を必要とする障害者を想像しがちです。一方で、透析などの治療を受けながらも、特別な配慮がほとんど必要なく、通常の業務をこなしている人を知っている場合、そのような身体障害の方を思い浮かべるでしょう。
小学校や中学校で特別支援学級の生徒と交流した機会がある人であれば、知的障害で生活の様々な面でサポートする必要があるイメージが強いかもしれません。さらに、家族や兄弟などの身近なところで障害者がいる場合、その人にとっての障害者像は、身近にいる人たちの障害種別のイメージとなります。
このような認識の違いを理解した上で、障害者雇用を進めることが重要です。そのためには、「◯◯障害だから難しい」といったステレオタイプ的な思い込みを捨てることが必要です。業務に必要なクオリティや基準を満たすスキルや能力があれば、障害の種類にこだわる必要はないかもしれません。
企業の多くは、SDGs(Sustainable Development Goals)に注目しています。SDGsとは、「持続可能な開発目標であり本業で社会課題を解決していくもの」と定義されています。企業を取り巻く環境が大きく変わる中で、「障害者雇用を法律で定められているから行うべきもの」という考えから、企業の持続可能な開発目標や本業で社会課題を解決していくこと、組織への貢献、人材育成などの視点から障害者雇用を考えると違った視点が見えてきます。
組織に合った障害者雇用を考える
障害者雇用をする時に多く聞かれる質問の中で「他の企業ではどのような業務をしているのか?」という点をよく聞かれます。他の企業で行っている業務を自社でも行うことで、問題解決に繋がると考えているところが多いですが、形だけをマネしても決してうまくいきません。そもそもその業務が、本当に自社の中で必要とされているのかを考えることが大切です。
業務内容を考えるときには、次のような視点が必要となってきます。
・社員がより活躍できる体制作りができないか
・社員の福利厚生につながるものはないか
・社員が、就業時間以外でおこなっている雑務はないか
・人手が欲しい業務はないか(定期でなくスポットでも可)
・外注している業務や派遣社員を使っている業務はないか
・社内で残業の多い部署や部門の業務を手伝えないか
・やらなければならないけれど手がつけられていない業務はないか
・今できていない業務でも本当は取り組んだほうがよいものはないか
この時に重要なのは、「障害者」という点を外して、【必要とされる業務】だけを考えることが大切です。そもそも個々人の考えている「障害」のイメージが違っていることが多い中で、「できるか、できないか」を議論することはあまり意味がありません。
中長期的な展望と戦略
障害者雇用は、目の前の障害者雇用率を達成することを目的にしていると、障害者法定雇用率が上がる度に振り回されてしまいがちです。法定雇用率の算出方法は、現在雇用されている障害者数と失業中の障害者数を考慮し、以下の計算式で算出されます。
出典:障害者雇用率制度について(厚生労働省)
この法定雇用率は5年ごとに、この割合の推移を考慮して政令で定めるものとなっています。最近では、次のような法定雇用率になっています。
令和6年(2024年)4月 2.5%
令和3年(2021年)3月 2.3%
また、令和8年(2026年)には、2.7%になることが決まっています。
それ以前の法定雇用率の推移は、次のとおりです。
出典:労働政策審議会障害者雇用分科会(厚生労働省)
障害者を人材とするには、企業の人的資本として捉え、持続可能な成長を実現するための重要な要素として捉えることが必要になります。そのためには、組織として障害者雇用をどのように位置づけるのかを決め、コンセンサスを取ることが求められます。合わせて、決まった方針を社員に浸透させていく必要があります。これはすぐにできるものではなく、中長期的な視点で進めることになります。
もし、障害者雇用を企業の持続可能な成長を達成するものにしたいのであれば、中長期的な計画が必要です。労働人口が減っていく中で、障害者も含めた人材を中長期的な視点で育成していくのであれば、いずれ回収できる投資とすることができます。また、人的資本の観点から見ても、障害者を含む多様な人材が活躍できる組織を構築することが、企業の競争優位性を高める鍵となるでしょう。
もちろんそのためには、組織が中長期的にどのような方向を目指すのかが明確に決まっている必要があります。これからの時代、人材戦略は企業の成長戦略においてますます重要な位置を占めることになります。その中に障害者も含めて、中長期的な視点を見据えて計画し、積極的に取り組むことが求められます。
したがって、企業は障害者雇用率の達成を超えて、障害者が組織の中でどのように貢献できるか、どのようにして彼らの能力を引き出すかという視点を持つことが重要です。これにより、企業は単なる法的義務を果たすだけでなく、持続可能な成長を実現するための重要な戦略として障害者雇用を位置づけることができるのです。
まとめ
障害者雇用は、企業にとって避けては通れない重要なテーマとなっています。法的義務を遵守することは大切ですが、それだけでは上がりつづける障害者雇用率を達成することだけに終始してしまうことになりかねません。そうならないためには企業が直面する現実的な課題をしっかりと認識し、それを乗り越えるための中長期的な視点と戦略が不可欠となっています。
法定雇用率の達成とともに、障害者が組織内で価値を発揮できるような職務設計や環境整備を行い、人材としての可能性を引き出すことが求められます。企業がこれらの課題を乗り越え、障害者を含む多様な人材が活躍できる組織を築くことは、企業の持続可能な成長を実現する助けとなるでしょう。
これからの時代において、人材に関する課題は企業にとって避けては通れない重要なテーマとなっています。障害者を含めた人材活用や人材育成の取り組みを強化することが、今後ますます重要になっています。
動画で解説
参考
なぜ企業は障害者雇用を行うべきなのか? 持続可能な成長を支える戦略
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