合理的配慮がうまくいかない会社で起きていること。
それは、話し合っているのに、なぜか噛み合わないことです。
合理的配慮に取り組んでいる。
制度もある。
相談窓口もある。
それでも、なぜかうまくいかない。
・本人の要望と現場の現実がぶつかる
・「どこまでやるか」で毎回迷う
・話し合うほど、空気が重くなる
こうした状態に、心当たりはないでしょうか。
現場でよく聞く言葉
現場の担当者と話していると、
こんな言葉を耳にすることがあります。
「できる限り配慮しているんですが…」
「こちらも理解しようとはしているんですが…」
言い訳ではありません。
むしろ、その背景には、
悩みながら対応している現場の姿があります。
実際、企業側は何もしていないわけではありません。
業務内容を調整したり、
働き方を工夫したり、
周囲に説明したり。
できる範囲で、なんとか働き続けられる環境をつくろうとしている。
しかし、その一方で、
当事者からはこうした声も聞こえてきます。
「理解してもらえない」
「配慮してもらえていない」
企業は「配慮しているつもり」。
当事者は「配慮されていないと感じている」。
このズレは、決して珍しいものではありません。
むしろ、多くの職場で起きていることです。
誰も間違っていないのに、ズレていく
たとえば、こんな場面です。
本人 「この業務は難しいので配慮してほしい」
現場 「気持ちはわかるが、業務は回さないといけない」
人事 「会社として公平性も考えたい」
誰も間違っていません。
それぞれが、それぞれの立場で、真剣に考えています。
それでも、話し合いは噛み合わないまま進みます。
見ているものが違う
なぜ、このような違いがでてくるのでしょうか。
企業が見ているのは、組織です。
・チームとして仕事が回るか
・他の社員とのバランスはどうか
・全体として成立するか
一方で、当事者が見ているのは、個人です。
・自分はこの業務を続けられるか
・今何に困っているのか
・どうすれば働きやすくなるのか
同じ職場の出来事を見ているようで、
見ている場所が少し違います。
企業は「組織」を見ている。
当事者は「個人」を見ている。
この“レイヤーの違い”が、
少しずつズレを生んでいきます。
話し合っても、前に進まない理由
こうした状態で話し合いを重ねると、
次第に議論はこうなっていきます。
・もっと配慮すべきではないか
・いや、やりすぎではないか
・他の社員とのバランスはどうするのか
正しさのぶつかり合いになります。
さらに、相談窓口に持ち込まれても、
・一度受け止める
・関係者で共有する
・会議で話し合う
しかし、次の打ち手が決まらない状況も珍しくありません。
結果として
・個別対応で終わる
・判断が先送りされる
・同じ問題が繰り返される
こんな状態が生まれています。
問題は「理解不足」ではない
ここで多くの企業は、こう考えます。
・理解を深めればよいのではないか
・コミュニケーションを増やせばよいのではないか
しかし、本当にそうでしょうか。
問題は、理解不足ではありません。
判断基準が共有されていない
多くの現場で起きているのは、
・どこまで配慮できるのか
・何が難しいのか
・どんな相談ならよいのか
こうしたことが、言葉になっていない状態です。
その結果、企業は「できる範囲で対応している」と感じています。
一方で当事者は、「本当に困っていることが伝わっていない」と感じています。
同じ出来事を見ているのに、受け取り方が変わってしまっているのです。
その結果、
企業は「配慮しているつもり」
当事者は「理解してもらえていない」
この状態が生まれてしまっているのです。
配慮の問題ではなく、判断の問題
ここまで見てきたように、
合理的配慮がうまくいかない理由は、
配慮の意識の問題ではありません。
問題は配慮ではなく、判断の問題です。
・誰が判断するのか
・どこまで現場で決めてよいのか
・どんな基準で判断するのか
こうした“判断の前提”が揃っていないままでは、
話し合いは増えても、ズレは埋まりません。
あなたの組織ではどうでしょうか
・配慮の線引きは揃っていますか
・判断は誰がしていますか
・話し合いは、どこに向かっていますか
もし毎回迷いが生まれているとすれば、
問題は人ではなく、構造にあるかもしれません。
このテーマをもう少し具体的に
合理的配慮を「正解」ではなく
“判断の設計”として整理すると、
見え方が変わります。
ズレたまま進めるほど、
関係は少しずつ難しくなっていきます。
そして、そのズレは自然には埋まりません。
その全体像を、こちらで整理しています。


























0コメント