「就労継続支援A型事業所」が今年3~7月に全国で329カ所閉鎖され、働いていた障害者の約5千人が解雇や退職となったことがニュースとなりました。
今回はA型事業所とはどのようなものなのか、また今回のニュースとなった背景について解説していきます。
「障害者5000人が解雇や退職」がYahooニュースに
「就労継続支援A型事業所」が今年3~7月に全国で329カ所閉鎖され、働いていた障害者少なくとも約5000人が解雇や退職となったことがニュースとなり、Yahooで大きく取り上げられています。
障害者が働きながら技術や知識を身に付ける就労事業所が今年3~7月に全国で329カ所閉鎖され、働いていた障害者少なくとも約5千人が解雇や退職となったことが13日、共同通信の全国自治体調査で分かった。
障害者の年間解雇者数の過去最多記録は約4千人。退職者を含むものの、わずか5カ月でかつてない規模になっている。
出典:障害者5000人が解雇や退職 事業所報酬下げで329カ所閉鎖(共同通信)
なお、この調査は7月に都道府県、政令指定都市、中核市の計129自治体に実施して、全てから回答を得たものとなっています。
なぜ、「障害者5000人が解雇や退職」になったのか?
今回の大量解雇につながった原因は、令和6年度から就労系障害福祉サービス報酬改定が変更されたことが原因となっています。
就労系障害福祉サービスには、就労移行支援事業、就労継続支援A型事業、就労継続支援B型事業、就労定着支援事業があります。これらの福祉サービスは、障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)の施行からサービスが提供されてきましたが、17 年が経過し見直しが図られています。
A型事業所は、今回の改定で「生産活動に基づくスコアリングシステムが導入され、赤字続きの事業所は大幅なマイナス点が適用される」ことになりました。
就労継続支援A型は障害福祉サービスの1つではあるものの、一般就労と同じく最低賃金額以上の給料を保障する必要がでてきます。また雇用契約を結んで働くので「労働者」であり、雇用契約を結んで働くので、労働基準法などの労働関係法規等の適用を受ける「労働者」として扱われることになります。
A型事務所が抱える課題として挙げられるのが、事業を継続する難しさです。A型事業所は福祉サービスではあるものの雇用という面があります。雇用している「労働者」の賃金は、事業の売上から出す必要があります。一方で、A型事業所には運営するために必要な給付金が国から支払われます。つまり、A型事業所の運営には、利用者でありかつ労働者がかかわり、収益を上げていく必要があるのです。
A型でおこなう仕事内容はそれぞれの事業所によって異なりますが、一見すると、B型事業所とあまり変わらない仕事内容をしているところも見られます。事業所の約半数ほどは実質的に赤字となっており、賃金に見合う収益が出せていない状況で課題となっていました。また公費を当てにした設立が増え、杜撰な経営状態の事業所も増えていました。
今回の改定では、A型事業者の経営改善への取り組みを一層評価するため、「生産活動」のスコア項目の点数配分を高くするなど、各評価項目の得点配分が見直されることや「経営改善計画」「利用者の知識・能力の向上」の項目が新たに加わり、A型事業所としての経営状況を明確に評価することになりました。
そのためこの変更点が経営や運営に大きく影響を与えることから、経営状況が思わしくない事業所は、経営的な面がシビアに評価されることになるためA型事業所としての運営が難しくなり、B型事業所への移行や事業所閉鎖などの可能性がありました。そして、結果的にこのような収支の悪い事業所を見直すことになったため、今回の大量解雇や退職につながっています。
A型事業所とは?
A型事業所の目的は、「企業などでの雇用が難しい人に対して、雇用契約を結んで働く機会や生産活動の機会を提供し、就労に必要な知識や能力を向上させるための訓練や支援を行うこと」にあります。
つまり、A型事業所では雇用契約を締結するため、障害福祉サービスの一環でありながらも、一般就労と同様に最低賃金以上の給与が保障されます。また、雇用契約があるため、労働基準法などの労働関係法規が適用され、「労働者」としての権利が保障されます。ただし、福祉サービスとして提供されているため、場合によっては利用料が発生することがあります。
一般就労との違いとしては、就労時間が比較的短いことや、それに伴って給与が低くなることなどがあります。事業所によって勤務形態は異なりますが、1日の実働時間は4〜7時間程度が一般的です。(なお、今回の改定では、平均労働時間の評価の見直しも行われ、平均労働時間が長い事業所の点数が評価されることになります。そのため短時間利用をしていると事業所の報酬が減少することになるため、長時間の利用を勧められたりする可能性は十分にありました。)
業務内容は事業所によって異なりますが、清掃、農作業、袋詰めやシール貼り、封入、ピッキング、梱包・出荷、仕分け・加工などの軽作業や、喫茶店などの飲食関連業務、クリーニング業務などが多く見られています。
過去にも問題があった「悪しきA型問題」
A型事業所の課題は、今回のものだけではありません。過去には「悪しきA型」という言葉が広がった2010年頃に福祉コンサルによって悪質なA型事業所を設立するモデルが全国に普及して問題とされたことがありました。これは短時間雇用で簡単な作業を提供し、補助金の一部で障害者の最低賃金を払い、経費をできるだけ切り詰めるビジネス方法が提案され、事業所にとって仕事のできる障害者以外は同じように解雇されるなどして問題となりました。
また、就労継続支援A型事業所の大量解雇問題については、2017年に全国6ヶ所に事業所を構えていた福祉事業所が突然閉鎖され、154人の利用者がいっせいに解雇されたケースもありました。この時は大きくニュースで取り上げられましたが、就労継続支援A型事業所の閉鎖・大量解雇は、その頃から問題視されていました。この背景でも経営状態の悪化が考えられています。
「障害者」の問題は複雑に絡み合っている
今回の問題は、当事者の方、当事者の家族の方からすると「事業所から解雇される」「働く場所がなくなる」「A型からB型になってしまい収入が減る」という問題に直面するかもしれません。
一方で、考えなければならない点は、今回の報酬改定で急に運営事業所の経営が変化したわけではないということです。そもそも事業所運営に課題があったり、ビジネスとして成り立たないところが多くあったことが原因だったということです。
本来、就労継続A型事業所は障害福祉サービスとは言え、雇用契約を結ぶことや、雇用の助成金が受けられることもあり、ある程度事業性が見込める事業がないとできないものです。しかし、単純作業や収益性の乏しいものをおこなっている事業所も多く、それらは中長期的に見れば、やはり運営することは難しかったと言わざるを得ないでしょう。
障害者に関わることは、関わる立場や視点によって意見が大きく分かれることがあります。何かと問題にあげられる「障害者雇用代行ビジネス」も同じような点があります。障害者雇用代行ビジネスとは、障害者雇用を自社で行なうことが難しい企業に対して、障害者が働くための場として農園などの働く場の提供や、農園などで働く障害者の人材紹介、サポートなどを提供するサービスのことです。このようなサービスを提供することで、事実上、障害者雇用を代行するものとなります。
障害者雇用ビジネスに対しては、最近では批判的な意見が多く見られるようになりました。企業の業務とは関係のない作業を別のスペースで行わせるケースについて「雇用や労働とは言えない」という指摘があります。
例えば、農園で育てた作物が一部は子ども食堂や社員食堂で利用されるものの、ほとんどは福利厚生として社員に配布されたり、障害者が持ち帰る形で提供されている場合、成果物が賃金に結びつかないため、真の意味での「働く」に繋がっていないという批判があります。また、「障害者法定雇用率を満たしていても、雇用の質が十分に確保されておらず、障害者の実質的な排除になっているのではないか」という意見もあります。
一方で、障害者が企業で雇用されると、最低賃金以上の給与が支払われますが、障害者福祉事業所での工賃は全国平均で月約16,000円程度にとどまります。親の高齢、親なき後などの将来に不安を抱える家族にとって、障害者が安定した職場で働けることは大きな安心材料となることもあります。また、実際に働いている方を見ると、一般の企業で働くことが難しいケースも多いのが現状です。
特に「障害者雇用」に関しては、障害者雇用を義務付けられている企業、働く障害者やその家族、障害者雇用ビジネスを運営する事業者、さらに障害者団体や障害福祉事業所などのそれぞれの立場や利害関係が複雑に絡み合っています。
私は企業で障害者雇用に携わってきた実務研究者、また現在は障害者雇用を進める企業をサポートする立場として関わっているので、企業視点からの考え方が中心となりますが、今回のようなニュースから「障害者」に関することに関心を持つ人が増えることはとても意義があると感じています。
大事なことは、「障害者」について考える時に、いろいろな立場とその考えがあることを認識しておくという点です。いろいろな立場や視点からの意見が出されることをきっかけに、今後の障害者を取り巻く雇用、教育、福祉を考え、時代に合わせたものに変革していく契機になることを期待しています。
まとめ
就労継続支援A型事業所の解雇や退職のニュースについて見てきました。今回の解雇や退職は、報酬改定による経営環境の変化が直接の要因ですが、その背景には、A型事業所が抱える構造的な問題が存在しています。
A型事業所は、障害者にとって働く機会を提供し、一般就労と同様に最低賃金が保障される場ですが、その運営には収益性が求められます。しかし、事業所の多くは赤字経営に苦しみ、今回の報酬改定が引き金となり、運営を続けられなくなった事業所が多く出たことが今回の結果につながりました。今までに課題が放置されていたものが、本来のあるべき姿になったとも言えます。
報酬改定で急に事業所の経営が変化したわけではなく、そもそもの事業所運営に課題があったところも多くありました。本来、障害に配慮した形で短時間にするべきところを報酬を効率よく上げる目的のために勤務時間を短時間にしたり、利用者を集めることで運用できるビジネスモデルだったことから安易に立ち上げる事業所がいたことも原因となっています。
動画で解説
参考
2024年障害者支援の報酬改定、障害当事者にどんな影響がある?
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