今回は、「なぜか決まらない」「進んでいない感じがする」そんな感覚について扱います。誰かが怠けているわけでも、判断力が足りないわけでもない。それでも止まってしまう。
その違和感を、人の問題として切り取るのではなく、組織の配置や役割の置き方として整理していくのが、この記事の目的です。
ここで行うのは、解決策の提示ではありません。判断の良し悪しを決めることでもありません。
ただ、現場・人事・責任者のあいだで、判断がどのように置かれているのか。あるいは、どこにも置かれていないのか。その全体像を、一度、落ち着いて見渡します。
読み終えたとき、「なるほど、うちの会社は今、この配置なのか」そう整理できる状態になっていれば、このページの役割は果たせています。
なぜ組織の判断は止まるのか── よくある配置の全体像
まず前提として、この状態にある組織では、誰かが間違ったことをしているわけではありません。
現場は、現場としてやるべきことをやっています。人事も、人事として必要な整理や配慮を考えています。責任者も、全体を見ながら慎重に判断しようとしています。
それぞれが、それぞれの立場で「正しいこと」をしている。にもかかわらず、ある場面から、判断だけが前に進まなくなる。
たとえば、
・現場では「判断は必要だと分かっているが、決めてよいのか迷っている」
・人事では「制度や配慮の観点は整理できるが、最終判断までは踏み込めない」
・責任者は「全体を見たいが、個別の判断には距離を取っている」
特に障害者雇用や配慮が必要な対応の場面では、こうした「止まり」が、より見えやすくなります。
・誰も拒否していない。
・誰も放置しているつもりもない。
・それでも、判断が宙に浮いたままになる。
この矛盾が、「判断が止まっている」という感覚を生みます。
ここではまだ、なぜこうなるのか、どうすればよいのか、という話はしません。まずは、よく見られる配置として、この全体像をそのまま置いておきます。この配置に、見覚えがあるかどうか。そこから整理を始めていきます。
現場・人事・責任者で起きている役割のズレ──判断が噛み合わなくなるポイント
判断が止まっているとき、現場・人事・責任者のそれぞれで、少しずつ異なることが起きています。どれも間違いではありません。ただ、噛み合っていないだけです。
現場で起きていること──「決めていいのか分からない」状態
現場では、日々の業務を回しながら、目の前の状況に対応しています。
・業務としては進められる
・困りごとや配慮点も把握している
・ただし、「最終判断」をしてよいかは分からない
判断が必要なことは分かっている。けれど、ここで決めてしまっていいのか、後から問題にならないだろうかという迷いが残ります。結果として、判断は上に投げるか、保留にする形になります。
人事で起きていること─ 整理はできるが判断はできない理由
人事では、制度やルール、過去の事例や配慮の観点から、状況を整理しようとします。
・法令や社内ルールは確認できる
・配慮として考えられる選択肢も挙げられる
・ただし、現場の細かな判断までは担いきれない
人事としては、現場の実情を一番知っているのは現場、だから最終判断は現場でという感覚を持つことも少なくありません。その結果、判断は現場に戻されることになります。
責任者で起きていること──全体を見たいが踏み込めない背景
責任者は、全体のバランスや前例・影響範囲を考えながら、慎重に状況を見ています。
・個別対応が全体に与える影響を気にしている
・一度決めると戻しにくいことを理解している
・そのため、即断を避ける傾向がある
「もう少し情報を集めてから様子を見て判断したい」という姿勢は、決して消極的なものではありません。ただ、その間、判断はどこにも置かれない状態になります。
役割のズレが生む状態──誰も反対しないのに決まらない理由
こうして見ると、
・現場は「決めてよいのか分からない」
・人事は「現場が決める前提で整理している」
・責任者は「全体を見ながら距離を取っている」
それぞれが、それぞれの役割を果たそうとしています。しかし、その結果として、「誰も判断を拒んでいないのに判断だけが進まない」という状態が生まれます。
ここで注目したいのは、「誰が悪いか」ではありません。役割が、どうズレて配置されているか。それだけを、一度、冷静に見ていく必要があります。
「任せているつもり」が判断を止めるとき──宙に浮く判断の正体
判断が止まっている場面を振り返ると、よく聞かれる言葉があります。
・「現場に任せています」
・「もう少し見守りましょう」
・「人事で調整しています」
どれも、前向きな意図から出てくる言葉です。放置しているわけでも、責任を避けているわけでもありません。ただ、この三つが同時に起きると、少しずつ、別の状態に変わっていきます。
任せているつもりでも決まらない理由
現場に近いところで判断したほうがよい。当事者に近い人が決めたほうが納得感がある。そう考えて、「任せる」という判断が選ばれます。
けれど、そのとき、
・どこまで決めてよいのか
・どこから先は相談が必要なのか
がはっきりしていないと、現場は慎重になります。
結果として、任せられているはずなのに、決められないという状態が生まれます。
見守っているつもりが判断を遅らせるとき
責任者の立場から見ると、すぐに口を出さないことが「見守る」という選択になることがあります。
「現場の判断を尊重したい。」「過度に介入したくない。」
その姿勢自体は、決して間違っていません。ただ、見守っているあいだに、「誰が決めるのかはまだ定まっていない」という状態が続くと、判断は前に進みにくくなります。
調整しているのに決定しない状態
人事は、制度やルール、配慮の観点から状況を整理し、選択肢を並べます。それは「調整」という大切な役割です。
ただ、調整が続く一方で、
・最後に決める人
・決めたことを引き受ける場所
がはっきりしないままだと、 判断は準備されたまま、置かれることになります。
三つが重なったときに起きること
・現場は「任されているが、決めきれない」
・責任者は「見守っているが、踏み込んでいない」
・人事は「調整しているが、決定には至らない」
それぞれは、役割を果たしているつもりです。けれど結果として、判断を引き受ける場所が、どこにもないという状態が生まれます。
これは、誰かの怠慢ではありません。判断を拒んでいる人がいるわけでもありません。ただ、「任せている」「見守っている」「調整している」という言葉のあいだで、判断が静かに宙に浮いてしまっている。この違いに気づくことが、整理の次の一歩になります。
なぜ判断は特定の人に集中するのか──属人化が起きる組織の前提
判断が止まりやすい状態が続くと、次第に、判断は「役割」ではなく特定の人に集まり始めます。これは、誰かが権限を奪っているからでも、目立とうとしているからでもありません。いくつかの条件が重なることで、自然に起きる流れです。
判断基準が共有されていない組織
まず、「何を基準に判断するのか」が組織として共有されていない場合。個々の判断は、その人の経験や感覚に委ねられます。結果として、「あの人に聞いたほうが早い」「あの人なら分かっているはず」という期待が生まれ、判断が特定の人に集まりやすくなります。
決めてよい範囲が曖昧なままの状態
次に、「どこまで決めてよいか」がはっきりしていない場合。
・ここまでは決めていい
・ここから先は相談が必要
という線が見えないと、多くの人は判断を控えます。
その結果、「いつも決めている人」「決め慣れている人」に、自然と判断が集まっていきます。
決めた後の責任が見えないとき
さらに、決めた結果に対して、誰がどこまで責任を引き受けるのかが見えにくいとき。
判断は、より慎重な人のもとに集まります。それは、問題が起きたときに、一人で背負うことにならないかという不安が、判断を鈍らせるからです。
判断が集まりやすい人の特徴
こうした条件が重なると、判断は次のような人に集まっていきます。
・経験のある人
・声の大きい人
・特に慎重な人
このとき、問題はその人の資質ではありません。判断が集まる“通路”が、そこにしか用意されていないだけです。
外から見ると、
・特定の人が抱え込みすぎている
・周囲が判断を避けている
・組織が属人化している
といった印象を持たれがちです。
けれど、ここまで整理してくると、次のことが見えてきます。
「判断が人に集まるのは、人の問題ではなく、判断を受け止める“場所”がまだ整っていないから」
ここに気づいたとき、ようやく、個人を責める視点から離れることができます。そして次に考えるべき問いが、自然と立ち上がってきます。
なぜ「人の問題」だと誤解されるのか──判断が止まる本当の原因
判断が止まっている状態を、少し離れたところから見ると、違った景色に見えてきます。
外からは、こんなふうに映ることがあります。
・現場が消極的になっている
・人事が決めきれていない
・責任者が関与していない
つまり、誰かが足りない、誰かが動いていないという見え方です。
外から見ると、なぜそう見えるのか
判断が止まっているとき、表に出てくるのは「動きのなさ」だけです。
・会議の結論が見えない
・方針が決まらない
・次の一手が出てこない
この状態だけを見ると、原因を「人」に求めるのは自然な流れです。
・判断できる人がいないのではないか
・誰かが責任を避けているのではないか
そんな推測が生まれます。
なぜ誤解されやすいのか
誤解が生まれやすい理由は、判断が止まっている原因そのものが、目に見えにくいからです。
・判断基準は、書いていない
・役割の境界は、暗黙のまま
・責任の範囲は、共有されていない
結果として、「見えるのは人の振る舞いだけ」になります。見えないものより、見えるものが原因だと思ってしまう。それが、人の問題として捉えられやすい理由です。
なぜ改善策がズレやすいのか
人の問題だと捉えてしまうと、打ち手も自然と、次の方向に向かいます。
・判断力を高める研修をする
・経験者を増やす
・リーダーシップを求める
これらは、決して無意味ではありません。ただ、判断を受け止める「前提」が整理されていないままでは、効果が限定的になりやすい。なぜなら、「判断する力を高めても、どこで判断するかが決まっていなければ、判断は動かないから」です。
ここで立ち止まって見直したい視点
これまでの整理を踏まえると、一つの見方が浮かび上がってきます。
・人を変えようとしても、変わらなかった
・研修を重ねても、決まらなかった
・体制をいじっても、止まったままだった
それは、打ち手が間違っていたというよりも、当てている場所が違っていただけかもしれません。この中で扱ってきたのは、誰かを評価するための話ではありません。これまで噛み合わなかった理由を、もう一段、違う視点から捉え直すための整理です。
この視点に立てたとき、次に考える問いも、少し変わってくるはずです。
自社でも起きていないか──判断が止まる組織のセルフチェック
ここまで読み進めてきて、どこかに「見覚えのある感覚」があれば、少しだけ立ち止まって、自分たちの状態を振り返ってみてください。
答えを出す必要はありません。できているかどうかを評価する必要もありません。ただ、「今の配置」を確認するための視点です。
・同じ相談が、いつも同じ人のところに集まっている
・会議では話し合うが、結論が出ず、「一度持ち帰りましょう」が増えている
・運用や対応は続いているのに、「決めた」と言える判断が残っていない
・誰も反対していないのに、なぜか決まらないまま時間が過ぎている
これらの項目は、正しい・間違っているを判断するためのものではありません。当てはまるものが多いからといって、何かが劣っているわけでもありません。
ただ、判断がどこに置かれているかがまだ整理されていない状態が、静かに続いている可能性を示しています。
ここで無理に、「では何をすべきか」を考えなくて大丈夫です。まずは、「今、自分たちはどんな状態にいるのか」その輪郭が、少しはっきりしていれば十分です。
判断が止まる問題をマネジメントの視点で捉え直すと
ここまで見てきたように、判断が止まっている状態は、特定の誰かの問題として切り分けられるものではありません。
では、判断は本来、どこに置かれているべきなのでしょうか。
・現場なのか。
・人事なのか。
・それとも、責任者なのか。
・あるいは、そのどれでもない場所に置かれるべきものなのか。
また、なぜこの問題は、すべての業務ではなく、特定のテーマで繰り返し表に出てくるのでしょうか。特に、障害者雇用や配慮が必要な対応、多様性をめぐる場面で、判断が止まりやすくなるのはなぜなのか。
ここまで整理してくると、一つの可能性が見えてきます。それは、この問題が現場対応や個別配慮の話ではなく、意思決定やマネジメントの前提に関わるものではないか、という視点です。
答えを急ぐ必要はありません。ただ、判断をどう置くかという問いを、もう一段、上のレベルから考える必要があるのかもしれない。そのための整理を、次は、別の角度から進めていきます。

























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