「障害者雇用」と聞くと、どのようなイメージを抱くでしょうか? 身体に障害のある方が働く姿を想像するかもしれません。しかし、現代の採用現場は大きく変化しており、精神障害や発達障害のある方の雇用が急速に増加しています。そのため新規採用を考えるときには、精神や発達障害の人がいることを前提に考えていく必要があります。
なぜ今、精神障害や発達障害のある方の雇用が不可欠なのか、その背景にある社会の変化、そして企業が知っておくべき基本的な知識と合理的配慮のポイントについて解説します。
採用現場のリアル – 精神・発達障害のある方の雇用が不可欠な時代へ
「障害者雇用」と聞くと、どのようなイメージを持ちますか。体力的なハンディキャップを抱えながらも、懸命に働く姿を思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、採用の現場は今、大きな変革期を迎えています。
近年、障害者雇用において、精神障害や発達障害のある方の雇用割合が急増しています。令和6年度の障害者雇用状況を見ると、雇用率は過去最高の水準を記録していますが、その内訳を見ると、精神障害のある方の増加が著しくなっています。令和6年度の障害者雇用の状況を見ると、障害別では身体が約36万9千人、知的が約15万7千人、精神が約15万人となっています。また、ハローワークにおける職業紹介の新規割合も、約半数が精神障害・発達障害のある方という現状があります。
つまり、これからの障害者採用では、精神障害や発達障害のある方を視野に入れて考えることは、はずせないものとなってきています。では、なぜ今、精神障害や発達障害のある方の雇用が進んできたのでしょうか? その背景には、社会的な変化が大きく影響しています。
2006年の障害者自立支援法を皮切りに、就労移行支援などの就労系障害福祉サービスが充実し、精神障害や発達障害のある方の社会参加を後押ししてきました。また、教育現場においても、特別支援教育の導入や障害学生支援室の設置など、学習支援の体制が強化され、高等教育への進学、そして就労へと繋がる道が開かれてきています。
さらに、これまで「隠れざるを得なかった」特性を抱える方々が、手帳を取得し、障害者雇用という枠組みを活用して社会参加したいという意識が高まっていることも、大きな要因の一つです。精神障害雇用の義務化が進み、企業側の受け入れ体制が整いつつあることを当事者の方々が認識し始めたことで、「手帳を取得して働きたい」という層が多様化しているのです。
これは、一昔前の障害者雇用とは全く異なる状況となっています。これまでの障害者雇用では、「障害者=特別な配慮が必要」というイメージが強くありました。しかし、精神障害や発達障害と一口に言っても、その症状や特性は千差万別で、精神障害の義務化となってからは、さらに多様な層の人が障害者雇用で働くようになっています。
そのため何らかの苦手さや必要なサポートがあっても、能力やスキルの高い方も増えています。だからこそ、これからの障害者採用や雇用を勧めていくには、障害の有無に関わらず、個々の能力やスキルを正しく評価し、その人が最大限に力を発揮できる環境を提供するという視点が求められるようになっています。
知っておくべき精神・発達障害の特性と合理的配慮のポイント
精神障害や発達障害のある方を雇用する上で、まず大切なのは、それぞれの障害について正しく理解することです。「難しい」「わからない」と敬遠せずに、基本的な知識を身につけ、適切な対応を心がけましょう。
精神障害
統合失調症
統合失調症は、幻覚や妄想といった陽性症状、感情の平板化や意欲低下といった陰性症状、そして注意力や記憶力の低下などの認知機能障害を特徴とする精神疾患です。陽性症状としては、実際にはない声が聞こえる幻聴や、現実にはありえないことを信じ込む妄想などが現れます。陰性症状としては、喜怒哀楽の表現が乏しくなったり、何事にも意欲が湧かなくなったり、周囲との交流を避けて引きこもりがちになったりします。また、集中力や記憶力、計画を立てて実行する能力などが低下する認知機能障害もみられます。
合理的配慮としては、職場では、静かで落ち着いた環境を提供し、本人が安心して休憩できるよう配慮することが大切です。指示は明確かつ具体的に伝え、勤務時間や業務量についても柔軟に対応できると良いでしょう。
気分障害(うつ病、双極性障害)
気分障害は、気分の変動が著しい精神疾患で、うつ病と双極性障害に分けられます。うつ病は、気分の落ち込み、意欲の低下、興味や喜びの喪失、睡眠障害、食欲不振などが主な症状です。一方、双極性障害は、気分が異常に高揚する躁状態と、うつ病のようなうつ状態を繰り返します。躁状態では、万能感や多弁、活動性の増加などがみられます。
合理的配慮としては、職場では、勤務時間や業務量を柔軟に調整し、本人が安心して休憩できる時間を確保することが重要です。励ましたり、プレッシャーをかけたりすることは避け、通院への配慮も必要です。
てんかん
てんかんは、脳の神経細胞が過剰に興奮することで起こる発作を繰り返す病気です。発作の症状は、意識を失って全身がけいれんする、体の一部が硬直する、突然脱力するなど、人によって様々です。発作の頻度や症状の程度も個人差が大きいため、周囲の理解と適切な対応が不可欠です。
合理的配慮としては、職場では、発作が起きた際の対応(安全確保、救急連絡)を事前に確認しておくことが重要です。また、本人が安心して休憩できる時間を確保し、危険を伴う作業は避けるように配慮します。通院への配慮も必要です。
発達障害
ASD(自閉スペクトラム症)
ASD(自閉スペクトラム症)は、社会的コミュニケーションの困難さと、限定された興味やこだわりを特徴とする発達障害です。他者の気持ちを理解したり、暗黙のルールを察したり、会話をスムーズに続けたりすることが苦手な傾向があります。また、特定の物事に強い興味を示したり、感覚過敏(または鈍麻)があったりすることも特徴です。
合理的配慮としては、職場では、指示を明確かつ具体的に伝えることが重要です。口頭だけでなく、視覚的な情報(図や表、手順書など)を併用すると、より理解しやすくなります。スケジュールや手順も明確に示し、感覚過敏がある場合は、静かな環境や照明の調整など、個別のニーズに合わせた配慮が必要です。
ADHD(注意欠如・多動症)
ADHD(注意欠如・多動症)は、不注意、多動性、衝動性を主な特徴とする発達障害です。不注意の特性としては、注意を持続することが難しく、忘れっぽかったり、物をなくしやすかったりします。多動性は、落ち着きがなく、じっとしていられないといった行動として現れます。衝動性は、思いついたことをすぐに行動に移してしまったり、順番を待てなかったりするなどの特徴があります。
合理的配慮としては、職場では、指示を短く、具体的に伝えることが大切です。作業環境を整理整頓し、気が散るものを減らすことも有効です。休憩時間をこまめに確保したり、タスク管理ツール(ToDoリスト、リマインダーなど)の利用を支援したりすることも効果的です。
LD(学習障害)
LD(学習障害)は、全般的な知的発達に遅れはないものの、読む、書く、計算するなどの特定の学習領域に困難がある発達障害です。読字障害(ディスレクシア)は、文字の読み書きが困難な状態を指します。書字表出障害(ディスグラフィア)は、文字を書くことが特に困難な状態です。算数障害(ディスカリキュリア)は、計算や数の概念の理解が難しい状態を指します。
合理的配慮としては、職場では、読み上げソフトや音声入力ソフトの利用を許可したり、計算機の使用を認めたりすることが考えられます。口頭での指示を基本とし、必要に応じて視覚的な資料を併用することも有効です。
合理的配慮とは、障害のある人が他の人と平等に機会を得られるよう、個々の状況に応じて行われる調整や変更のことです。これは、障害のある方から企業に対して申し出ることが基本となります。
しかし、合理的配慮は、障害者の方の要望をすべて受け入れるものではありません。企業の規模や財務状況、事業活動への影響などを考慮し、過重な負担にならない範囲で行う必要があります。
合理的配慮のステップは、次のとおりです。
1.障害のある方からの申し出: 障害特性や必要な配慮について、具体的に話を聞きます。
2.状況の把握と検討: 申し出の内容を検討し、企業の状況や実現可能性を考慮します。
3.配慮の実施と評価: 実施した配慮の効果を定期的に評価し、必要に応じて見直します。
まとめ
精神障害や発達障害のある方の雇用は、もはや一部の企業だけの取り組みではなく、すべての企業にとって避けて通れない課題となっています。社会の変化、法制度の整備、そして何より、障害のある方々自身の意識の変化が、この流れを加速させています。
企業は、精神障害や発達障害に対する「わからない」「難しい」という先入観を捨て、それぞれの障害特性を正しく理解し、個々の能力を最大限に活かせるような合理的配慮を提供することが求められています。それは、単なる義務やコンプライアンスの問題ではなく、多様な人材が活躍できる、より良い社会を築くための第一歩となるでしょう。
合理的配慮は、障害のある方からの申し出を基本とし、企業と当事者が共に話し合い、互いに納得できる解決策を見つけるプロセスです。過度な負担を避けつつ、効果的な配慮を実施し、定期的に見直すことで、持続可能な雇用環境を構築できます。
動画で解説
参考
【令和6年度最新】 障害者雇用の最新動向とその背景を読み解く
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