現在の企業経営では、人的資本の重要性がますます高くなってきています。企業が持続的な成長を遂げるためには、多様な人材を活用し、その強みを最大限に引き出すことが求められています。その中でも今後注目してくべきなのは、障害者雇用の推進とその人材活用です。
障害者雇用は、法的義務を果たすために注目されがちですが、障害者雇用を企業で進めることが、組織全体の競争力を強化したり、持続可能な成長を促進することがあります。今回は、障害者雇用の法的義務と社会的責任についてや、組織にとってどのような影響があるのかについて見ていきます。
障害者雇用の法的義務と社会的責任
企業における障害者雇用の推進は、法的な義務として明確に規定されています。日本においては、障害者雇用促進法(1976年に制定)があります。この法律は、企業が一定の割合の障害者を雇用することを義務付けており、法定雇用率を達成できない企業には納付金の支払いが求められます。このような法的枠組みにより、障害者の雇用機会を確保し、社会的な参加を促進することが目的とされています。
さらに、平成30年(2018年)の障害者雇用促進法改正では、精神障害者の雇用義務が加わり、企業の取り組みが一層求められるようになりました。これにより、企業は多様な障害を持つ人々の雇用機会を提供する責任を負っています。なお、現在の障害者雇用率は2.5%となっており、令和8年からはさらに2.7%に引き上げられることが決まっています。
出典:障害者雇用促進ハンドブック(東京都)
また、障害者雇用は、事業主が相互に果たしていく社会連帯責任の理念に立ち、事業主間の障害者雇用に伴う経済的負担の調整を図ることによって成り立っています。障害者雇用を進めていくためには、一般的な雇用よりもマネジメントや環境整備のために費用がかかるからです。
そのため、企業が障害者雇用で雇用率が達成できていない場合、障害者雇用率に達していない分を、障害者雇用納付金としてお金で納めることになっています。障害者雇用未達成1名につき月50,000円を支払うことになっており、この集められた障害者雇用納付金は、助成金や調整金、報奨金として障害者雇用を行っている企業に還元されています。
出典:障害者雇用促進ハンドブック(東京都)
このように障害者雇用は、企業の社会的責任(CSR)としても重要な側面を担っています。CSRは、企業が経済的な利益だけでなく、社会全体に対する貢献を考慮することを求める概念です。障害者雇用は、企業が社会に対して果たすべき責任の一つであり、企業の信頼性やブランド価値を高める要因ともなります。
また、CSRだけではなく、組織経営や運営にとっても影響があります。人的資本経営が重視され多様性と包括性を重視する現代のビジネス環境において、障害者雇用は企業の社会的信用を向上させるだけでなく、従業員の士気を高め、企業文化を豊かにすることにも貢献します。障害者雇用を成功させている企業では、組織全体に多様性が促進され、異なる視点や創造的なアイデアが生まれやすくなるというメリットを享受しています。
なお、令和6年(2024年)からは、障害者雇用率のカウントに変更があり、それ以前は10時間以上20時間未満で働く障害者雇用のカウントがなかったため、特例給付金が支給されていましたが、障害者雇用率としてカウントできるようになった令和6年4月からは廃止となります。
令和6年度からの障害者雇用率のカウントは、基本は、週所定労働時間が30時間以上が1カウントで重度の場合には2カウント、週所定労働日数が20時間以上30時間未満は0.5カウントで重度の場合には1カウントとなっています。しかし、10時間以上20時間未満の障害者雇用もカウントできるようになり、精神障害と重度の場合には0.5カウントできるようになりました。また、精神障害に関しては、短時間での雇用を促進するために、20時間以上30時間未満でも1カウントできるようになっています。
人的資本経営の視点から見る障害者雇用
人的資本とは、従業員一人ひとりが持つスキル、知識、経験、創造性といった無形の資産の総称です。これらの要素は企業の競争力を高めるための重要な要素となります。優れた人的資本を持つ企業は、市場での競争優位性を確立し、持続的な成長を遂げることができます。
障害者もまた、特定のスキルや視点、経験を持っており、これらは企業にとって貴重な人的資本となり得ます。彼らの持つ独自の視点や問題解決能力は、企業の業務プロセスや製品開発に新しい発想をもたらし、イノベーションを促進する可能性があります。
今や多様性と包括性(D&I)は、現代の企業経営において欠かせない要素となっています。多様な人材が集まることで、異なる背景や視点が融合し、新たなアイデアや創造性が生まれる土壌が育まれます。障害者の雇用は、多様性を推進するための重要な一環であり、組織全体の包括性を高めることに繋がります。
多様性のある組織では、次のようなメリットが期待できます。
・創造性とイノベーションの促進:異なる視点や経験を持つ人々が集まることで、新しいアイデアや解決策が生まれやすくなります。
・問題解決能力の向上:多様なチームは複雑な問題に対して柔軟かつ効果的に対応する力を持っています。
・市場理解の深化:異なる背景を持つ従業員がいることで、多様な顧客層のニーズや期待に応える製品やサービスの開発が可能になります。
特に障害者雇用においては、彼らが日常生活で直面する課題やそれを克服するための工夫が、ビジネス上の新たな視点や革新的なアプローチをもたらすことがあります。例えば、障害者向けに開発された技術やサービスが、広く一般の顧客にも受け入れられるケースも多く見られます。
障害者雇用は雇用率達成という法律遵守といったコンプライアンスやCSR的な部分が強調されることも多いですが、人的資本を豊かにし、企業の多様性と包括性を高める上で欠かせない要素ともなり得ます。それは単なる社会的責任の履行にとどまらず、企業の競争力を強化し、持続的な成長を支える基盤となるのです。
経済的利点と企業価値の向上
障害者を雇用することで、企業の生産性が向上する具体的な事例もあります。例えば、ある製造業の企業では、発達障害の特性がある従業員を業務工程のボトルネックとなっている工程に配置することにより、全体の生産性を向上させることに成功しています。
また、精神障害を持つ従業員が、ストレス管理やメンタルヘルスに関する専門知識を活かし、企業全体のメンタルヘルスプログラムの設計と実施に貢献している事例もあります。これにより、従業員全体のストレスレベルが低下し、欠勤率が減少し、生産性が向上しました。
組織に合わせた業務設計をし、障害者が持つ特定のスキルや強みを活かすことで、企業の業務プロセスの効率化や品質向上が図られ、生産性の向上に繋げることができます。
また、多様な人材を雇用することは、企業の市場での評価にも影響します。最近では投資家が投資判断を行う際に、ESG(環境・社会・ガバナンス)基準に基づく点を重視する傾向が見られています。ダイバーシティの中には、性別や年令、国籍などを含め多様な人材が活躍している組織を評価する傾向にあります。障害者もこのダイバーシティの多様な人材の一部として捉えることにより、人材を大切にしていると評価されることに繋がります。
障害者雇用による組織文化の変革
障害者雇用を行うことは、社外への影響もありますが、社内の組織文化にも影響します。多様性を受け入れることで、組織全体がオープンで包摂的な文化を育むことができます。このような文化は、全ての従業員が自分の個性や背景を尊重されると感じる環境を作り出し、結果として企業全体の創造性と柔軟性を高めます。
意外と見過ごされがちですが、従業員の中には、敢えてオープンにしていないかもしれませんが、障害者の家族や子どもがいる場合もあります。このような社員にとっては、自分の所属する企業で障害者雇用を進めることや、今後力を入れていくことを明らかにすると、企業に対する帰属意識や見方に変化があることが分かっています。
また、実際に障害者を新たに職場に配置するために部門間をまたいだプロジェクトなどでコミュニケーションが活性化されることや、他の部門の業務に関心を抱くことで、組織内が活性化されることが見られています。そして、障害者雇用を受け入れ始めて、職場において活躍する姿を目にすることで、他の従業員も多様な視点や経験を尊重しやすくなる風土を築けていきます。このような環境では、異なる意見やアイデアが歓迎される風土が形成され、イノベーションが促進されやすくなります。例えば、障害者が持つ独自の視点が新しい製品開発やサービス改善に繋がるケースや、多様な顧客のニーズや対応を考えるうえで参考にしているケースも見られます。
障害者雇用を経営・人材戦略とするために必要なこと
障害者雇用は、法的義務や社会的責任を果たすだけでなく、企業の競争力を高めるための重要な戦略とすることができます。しかし、そのためには、単に障害者雇用を進めるだけでは、このような障害者を実現することはできません。それを進める人材や進め方がとても重要になってきます。
障害者雇用をするときに、「障害者ができる業務を探す」ことをしているところでは、障害者雇用を経営・人材戦略に活かすことはできません。組織文化をよく理解し、どのような中長期計画があるのかを把握したうえで、企業の業務改善や新製品の開発に貢献し、組織全体の創造性を高める分野を設定していくことが大切です。
これらはボトムアップではなく、トップダウンで進めていく必要があります。そのため経営層や経営企画部門が中心となり、組織全体の方向やニーズなどを把握したうえで、障害者雇用の重要性を理解し、企業全体に対して強いコミットメントを示すことが必要です。障害者雇用の推進を企業のビジョンやミッションに組み込み、全従業員に対して明確に伝えることができる組織では、障害者雇用をスムーズに進められるケースが多く見られます。
障害者を雇用する前には、物理的に働きやすい職場環境を整えることや、ソフト面で障害者と共に働く従業員へのトレーニングや教育を行い、障害に対する理解と共感を深めていきます。障害者雇用の基本は「マネジメント」です。障害者と一緒に働く社員が一定のマネジメントスキルを身につけられるようにすることが重要です。それができてからは、障害特性やそれに対応する方法なども学ぶことにより、接し方や対応で悩むことをぐっと減らすことができます。
また、障害者を社会に送り出すための学校や訓練機関などがあります。採用戦略をしっかりたてて、それにあった人材がいそうな学校や訓練機関で採用活動することにより、障害者採用を進めることができます。
加えて、企業の障害者雇用を進めることをサポートしてくれるハローワークや障害者職業センターなどの機関があります。これらを効果的に活用することは、障害者雇用を進めるうえでも有益です。
動画で解説
まとめ
障害者雇用の重要性やメリットについて、人的資本経営の視点から見てきました。障害者雇用は、取り組み方により法的義務や社会的責任の範疇を超え、企業の競争力を高める施策の一つとなりえます。多様な人材を受け入れることで、組織や組織文化に与える影響を考えることが重要です。
これらを効果的に進めていくための具体的なアクションプランとして、経営層のコミットメント、組織に必要な障害者雇用の業務設計や採用プロセスの検討、職場環境の整備、トレーニングと教育、そしてパートナーシップの構築が必要となってきます。これらのステップを着実に実行することで、企業は障害者雇用を効果的に進め、持続可能な成長を実現することができます。
0コメント