聴覚障害とは、聞こえに何らかの障害があって、音声情報が全く聞こえないか、あるいは聞き取りにくい状態のことをいいます。障害状況はさまざまですが、聴覚障害のない人が耳を塞いで体験する聞こえにくさとは全く違うものです。
また、聞こえないという障害だけでなく、それによる影響、例えば、コミュニケーションの困難さや情報が得られないことから発生する問題についても職場の中で理解する必要があります。聴覚障害の困難さや職場でできる配慮について見ていきましょう。
聴覚障害とは
聴覚障害は、「身体障害者程度等級表」に基づき診断されます。この表の中では、聴覚障害の程度等級として2、3、4、6級の4区分が設定されています。聴力のレベルを示す単位が「dB(デシベル)」で、聴覚障害のない人がやっと聞き取ることができる最小の音を0dBとして、それを基準に聴覚障害の程度を表していきます。
この音の大きさのイメージを見ていきましょう。静かな環境での通常の会話後は40dB程度、大きめの会話が70dB程度であり、100dBは電車のガードの下にいて電車が通り過ぎる際の音に相当します。
2級の聴覚障害者は、両方の耳の聴力レベルが100dB以上であるため、騒音に近いレベルの音が認識できないということになります。聴力レベルの判定にあたっては、音のもう1つの側面である「高低(ヘルツ:Hz)」も影響するので、いくつかの高低のレベルを設けて聴力検査を行い、その平均値を取ることになっています。
聴覚障害は、いくつかの観点において分類することができます。3つの観点から見ていきましょう。
聴覚障害の発生している部位による分類
機能障害の発生している部位によって、大きく分けて伝音性難聴、感音性難聴、混合性難聴があります。伝音性難聴は、伝音部である外耳から中耳を中心とした音声信号が伝わる部分において、何らかの障害が発生するものです。
感音性難聴は、内耳より奥の聴神経が何らかの原因によって障害を受けて発生するもので、先天性の聴覚障害や、幼少期の高熱等の聴神経に関わる細胞の破壊等が原因のほか、脳腫瘍や罹患部分の摘出後の影響等、多様な原因が指摘されています。神経性難聴と言われることもあります。
感音性難聴の場合には、単に聞こえのレベルが下がるだけではなく、音自体が歪んだり、音声が発生する環境によっては、反響が加わったりするなど、聞こえにくさをいっそう複雑なものにします。混合性難聴は、伝音性難聴と感音性難聴の混合型といえます。
発生時期による分類
聴覚障害は、先天的な理由除けば、いつでも発生する可能性があります。高齢化に伴う聴力低下については、一般的な現象としてよく知られています。聴覚障害発生の時期と音声言語としての日本語の下を概念の習得する時期との比較で見ていくことにします。
多くの聴者にとって、初めて耳にする音声言語は、父親や母親などの家族の声であり、文法や用法を視覚的に学ぶ前に、呼びかけやあやしの声に反応し、一定の月齢に達すると自ら音声言語を発することになります。この発達段階についてみると、おおむね2歳から3歳の間に音声言語の基本的な概念を習得します。
この時期に達する前に、聞こえに障害を持つと、音声言語の基本概念を耳から自然に獲得することが困難になり、その後の音声言語の獲得に影響を与えることになります。例えば、国語の力は小学校3年生に相当する「9歳の壁」が指摘されています。これは主に、助詞、副詞等の機能語の習得ができなかったため抽象的思考が十分にできないとか、文章能力を含めてコミュニケーションのレベルが小学校3、4年程度で停滞してしまうことを意味しています。また、その後に学ぶべき漢字等の習得に、一定の困難が伴うこともあります。
また、2、3歳を過ぎてから何らかの理由によって、聴力を失った場合には、すでに音声言語の基本概念が確立していることが多く、自らの発声を確認しにくいという困難はあるものの、国語力の獲得に関しては、それ以前の聴覚障害に比べて容易であると言われています。個人差はありますが、音声言語の基本概念の獲得が、言語習得に大きな影響与えることがわかります。
ろう者と難聴者の分類
「ろう者」に多くは先天的で、主たるコミュニケーションの方法が手話であり、学校教育においても聾学校での教育を中心に受けてきた聴覚障害者を「ろう者」いい、中途失聴で、主たるコミュニケーションの方法が手話を用いいない、聾学校での教育を受けていない聴覚障害者を「難聴者」という場合があります。
「難聴」そのものは聞こえに困難さがありますが、聴力レベルの違いではなく、文化的、教育的なバックグラウンドに焦点をあてた分類となっています。
聞こえに障害があるために発生する困難さとは
言葉の習得の困難さ
聞こえる人の場合には、耳から周囲の人々の音声言語を聴くことによって、言葉を習得していきます。聴覚障害の場合には、聞こえなくなった時期にもよりますが、聞こえの障害の結果として、言葉の習得が遅れることが多くあります。
音声言語の概念を習得する2、3歳の時期までに聞こえなくなった場合には、言葉を獲得するのに相当な困難を伴うことになります。人間の発達において、耳から入る情報は相当な量であるにもかかわらず、その手段を持ち得ないことになるからです。
また、言葉を発する際にも、自分の発音が正しいかどうかを耳で確認できないので、どうしても不明瞭な発音になりがちになります。
コミュニケーションの難しさ
聴覚障害は外見からは直接の障害が見えにくいため、正しく理解されにくく、特にコミュニケーションの場面で困難さを伴うという特徴があります。聴覚に障害があるために、コミュニケーションが全く取れないと考えられたり、逆に補聴器さえつければ全く不自由がないと思われたりもします。
また、中途失聴のために話すことができると、「聞こえ」についても問題はないものと思われて、全く配慮されないこともあります。聴覚障害はコミュニケーションの困難さがあります。自分の意思を十分に相手に伝えることのできないもどかしさ、コミュニケーションの困難さをイメージすると、その大変さを感じられるでしょう。
情報入手の困難さ
聴覚障害そのものは、「聞こえ」についての機能障害ですが、日常生活においては「聞こえ」の問題に由来する様々な制約や制限があります。例えば、電車に乗っているときに遅延に関する車内放送が流れていたとしても、それが聞こえないために適切な迂回方法がわからずに困ってしまうことがあります。
聞こえる人は、耳から入る情報を自然に取捨選択し、自分との関係があるものか、そうでないかを判断しています。しかし、聴覚障害者にとっては、それが自分に関係する内容なのかそうでないのかを教えられないとわかりません。また、もし本当に関係ない話だとしても、聴覚障害の人を前に何人かで話をしていたとしたら、直接関係のない話だとしても疎外感を感じるのではないでしょうか。
聴覚障害のコミュニケーション手段
コミュニケーション上の障害を解消するためには、様々な手段を活用してトータルコミニケーションを図ることが大切です。そのときには、聴覚障害者の障害原因、生育歴、教育を受けた場所等に配慮しながら、最も適切なコミュニケーション手段を選択し、活用することが求められます。どのようなコミュニケーション手段があるのか見ていきましょう。
手話
手話は、手や表情により、言葉や意味を表現します。聴覚障害の「見る言葉」とも言われています。専門用語の表現などには一定の限界はあるものの、聴覚障害者が気分的にも最もリラックスできるコミュニケーション方法となっています。
手話は、聴覚障害者の生活の中から生まれ、発展してきたコミュニケーション手段です。手話には大きく分けて2種類があります。主に講習会などで使われている「日本語対応手話」と、主にろう者が使っている「日本手話」と呼ばれるものです。
「日本語対応手話」は、日本語の語順に基本的に1対1で対応します。一方、「日本手話」は語順に対応することなく、その意味をとらえて表現します。「日本語対応手話」は、音声言語の日本語の文法に合わせていて、「日本手話」は、見る言葉と本来の表現力を備えているといえます。
手話のメリットとしては、余分な精神的な緊張を持たずにリラックスした気分で相手に発信を受けとめられること、相手の発信内容をその場で理解できること、感情などもほぼ正確に理解できること、長い時間コミュニケーションしていても疲労感が少ないこと、会議や講演等にも手話通訳者がいれば参加できることが挙げられます。
逆に手話の限界としては、音声言語と比較すると手話数が少なく1つの手話が多くの音声言語に解釈されるため、誤って読み取ってしまうことがあること、手話表現は聴覚障害者一人ひとりによって表現が微妙に異なるため、読み取りが難しいこと等が挙げられます。
指文字
日本語の50音を片手の指を用いて表します。固有名詞や外来語など、手話で表現しにくい単語を表すときや、手話表現を忘れてしまったときに便利な表現です。実際には手話と一緒に使うことになります。
筆談
話したいことをお互いに紙に書いてやり取りする方法です。筆談は手間がかかると思われがちですが、実際に職場ではいろいろなメモをやり取りすることが多いですし、仕事上の重要な指示等は、メモを活用したほうが確実である場合も少なくありません。一般的なメモをつかう延長だと考えると、筆談は気軽にできるものかもしれません。文字だけでなく、絵や記号を書くのも1つの方法です。
しかし、表現によってはわかりにくく、誤解の元になりやすいので、二重否定や婉曲表現は避けるようにします。また、文章で書けば完全に理解できると思いがちですが、理解力は音声言語としての日本語能力にもよるため、しっかり伝わったかどうかを確認する必要もあるでしょう。
口話
口話は、「読話」と「発語」があります。読話は、聴覚障害者が相手の唇の動きを見て、何を話しているのかを理解する方法です。母音が同じ言葉の場合、口の動きは一緒になるので、話の前後関係から判断できることが必要です。ゆっくり、はっきり発音することが大切になります。
発語は、聴覚障害者自身が話すことです。年齢や訓練の状況によって差がありますし、分からないのに分かったふりをしてそのままにすると、あとで大きな誤解につながることもあります。発語ができると、聞こえていると思われることもありますが、本当に理解できているかどうかについては、確認することが必要です。
この他にも補聴器を使って、コミュニケーションをとることもできます。ただ、補聴器の効果には個人差があり、明瞭に言葉を聞くことができずに、車のクラクションなどの音の認識のみ可能な人もいます。また、補聴器は聞きたい部分だけを大きくすることができないので、雑音が多い所ではすべての音を拾ってしまい、聞こえにくくなることもあります。
また、場の設定も大切な要素です。例えば、逆光の場面では影になってしまい、手話や唇の動きを読み取るのが難しくなります。また、相手と顔を見合わせることが必要なため、下を向いたり、黒板に向かいながら話したりすると、コミュニケーションできなくなってしまいます。
職場における配慮
職場のコミュニケーション
職場のコミュニケーションは、1対1の仕事上のコミュニケーションとともに、仕事以外の休憩時間やちょっとしたコミュニケーションも重要です。
仕事に関する指示や留意点などのコミュニケーションも、実際に仕事を進める上で非常に大切ですが、聴覚障害者を受け入れる職場で意外と忘れがちなのが、仕事以外のコミュニケーションです。聴覚障害者は、コミュニケーションが困難なことから、仕事中は筆談でやりとりしていても、昼休みや仕事帰りの時など、職場の仲間の輪に入っていくことができずに寂しい思いをしていることが少なくありません。
採用された直後は同僚の関心も高く、習いたての手話でコミュニケーションの場が広がったのに、時間の経過とともにその機会も減ってしまい、寂しい思いをしたという聴覚障害者の話もあります。
また、職場全体の情報の保証も必要です。聴覚障害者は、聞こえる人のように下を向いて作業していても、自然に周囲の音声による情報が入ってくるわけではありません。それらの中には、同僚に関するちょっとした内容や、業務に関わる重要な情報などがあったりします。このような情報から取り残されると、会社のことをわかっていない、気がきかないといった評価に結びついてしまうこともあります。
情報保障の方法
職場全体に関する情報や仕事を進める上で必要な情報を提供していくためには、いくつかの方法があります。職場における朝礼や会議では、部分的には理解できても、議論が白熱してしまい、話し手が次々と変わるような状況には、ついていけないと言う聴覚障害者も少なくありません。どのように聴覚障害者に配慮した情報保障が行えるのか見ていきましょう。
手話通訳
手話を使用する聴覚障害者には、手話通訳を配置するのが効果的です。議論の場面などでも臨機応変に対応することが可能ですし、聴覚障害者本人の気持ちや考えを理解するためにも有効な方法です。
手話通訳の依頼は、手話通訳派遣事務所や聴覚障害者の団体等に問い合わせるとよいでしょう。手話通訳を配置する場合には、あらかじめ資料を手話通訳者や聴覚障害者に渡しておくと理解の度合いが高まります。
要約筆記
講演会などで用いられている方法で、話の内容を書き込んでいきます。要領よく、遅れないように書きながら提示していく必要があるので、ある程度の経験や訓練が求められます。内容は、パソコン入力してプロジェクターで写すことによって示すことができます。
聴覚障害者が1名であればプロジェクターを通さなくても、筆記者の横に座ってパソコン画面を直接見ることもできます。事業所内でよく使われる用語や固有名詞などを、事前に単語登録しておくと便利です。
ノートテイク
少人数の会合や、手話通訳、要約筆記などの手段が取れないときには、聴覚障害者の横で発言内容の要旨をメモするノートテイクが用いられます。全てを手書きでメモするには限界があるので、発言のポイントを要領よくまとめることが大切になります。
メール
職場では、メールを利用してのコミュニケーションや情報交換が一般的になってきています。電話などでコミュニケーションが取れないものの音声言語としての日本語を十分に使いこなせる聴覚障害者にとっては、有効な手段であるといえます。
動画の解説はこちらから
まとめ
聴覚障害者と一緒に働くときに知っておきたいポイントについて見てきました。
聴覚障害者は、聞こえに何らかの障害があって、音声情報が全く聞こえないか、あるいは聞き取りにくい状態のことを指しますが、障害状況は様々ですし、バックグラウンドの違いによっても対応方法が異なります。
また、聞こえないだけでなく、それによる影響、例えば、コミュニケーションの困難さや情報が得られないことから発生する問題についても理解していく必要があります。
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