障害者雇用を進めようとする企業の方とお話していると、身体障害者を雇用したいと言われる方が多くいます。その理由をお聞きすると、職場環境を整えてちょっとした配慮をすればよいと考えているからです。しかし、実際には、ちょっとした配慮だけですまないことも多いですし、近年、身体障害採用は、非常に厳しくなっています。
身体障害採用が厳しくなっている理由は、企業が障害者雇用をしようとする動きがあり、障害者採用マーケットでの競争が厳しくなっていること、就職を希望する障害者の割合の中で精神障害者が大きな割合を占めていることがあげられるでしょう。
ここでは、身体障害者の雇用の実態や、求職者数の推移などを見ながら、身体障害者の採用が厳しくなっている理由について、考えてみたいと思います。
身体障害者の雇用実態
まず、身体障害者の雇用実態について、平成 30 年度障害者雇用実態調査結果(厚生労働省)から見ていきたいと思います。
なお、この実態調査は、民間の企業に対して行われているもので、雇用している身体障害者、知的障害者、精神 障害者及び発達障害者の雇用者数、賃金、労働時間、職業、雇用管理上の措置等を産業、事業所規模、 障害の種類、程度、障害者の年齢、性別に調査し、今後の障害者の雇用施策の検討及び立案に役立てるものとして、5年に1回行われているものです。
今回の平成30年度のものは、全国の日本標準産業分類(平成 25 年 10 月改定)の大分類に属する常用労働者5人以上を雇用している企業から無作為に抽出された約 9,200 事業所が対象となっています。
どのような産業で働いているのか
産業別にみると、卸売業、小売業で 23.1%と最も多く雇用されています。次いで、製造業 19.9%、医療、福祉 16.3%となっています。
身体障害者で働いている年齢層
年齢階級別にみると、55~59 歳層が 15.0%と最も割合が高くなっています。
ある企業の方とお話をしていたら、以前は現場の仕事をしている時に事故などで一定数の労災が生じ、身体障害者になってしまうことがあったそうですが、現在ではかなりの作業が安全管理や機械化が進み、ほとんどそういうことがなくなったということを聞きました。年齢層が高いのは、このようなことも影響しているのかもしれません。
また、近年の医療の進歩によって、以前であれば、病気や事故で障害が残るような場合でも、回復しているということも関係していると思われます。
身体障害の内訳
障害の種類別にみると、肢体不自由が 42.0%を占め、次いで内部障害が 28.1%、聴覚言語障害が 11.5%となっています。
肢体不自由とは、病気や事故などにより、上肢・下肢・体幹の機能の一部、または全部に障害があるために、「立つ」「座る」「歩く」「食事」「着替え」「物の持ち運び」「字を書く」など、日常生活の中での動作が困難になった状態をいいます。
また、内部障害とは、体の内部に障害があることをいいます。外見からは分かりにくいことがほとんどです。例えば、人工透析を受けていたり、ペースメーカーを入れたりする場合もこれに該当します。
身体障害の職業
職業別にみると、事務的職業が 32.7%と最も多く、次いで生産工程の職業(20.4%)、専門的、技術的職業(13.4%)の順に多くなっています。
出典:平成 30 年度障害者雇用実態調査結果(厚生労働省)
身体障害者の就職の推移
まず、ハローワークにおける職業紹介状況(就職件数)から、全体の職業紹介がされた数を見ていきましょう。
これを見ると、10年前とくらべて職業紹介の全数が、平成20年の44463件から102318件と2倍以上になっていることがわかります。
合わせて障害種別の割合を見ていくと、身体障害の求職は、微増していることはわかりますが、それ以上に精神障害の求職が増えていることがわかります。
身体障害者 22,623件(50.9%)→ 26,841件(26.2%)
知的障害者 11,889件(26.7%)→ 22,234件(21.7%)
精神障害者 9,456件(21.3%)→ 48,040件(47.0%)
このように全体的な求職者数の半数を精神障害が占めていることからも、身体障害者の雇用が以前とくらべて厳しくなりつつあるのがわかります。
また、もともと日本の障害者雇用は、身体から知的、精神へと広がってきており、身体障害の雇用は他の障害種別よりも早くから進んできたこと、それにより働ける障害者はすでに働いていることなどからも、新たに身体障害を雇用することを難しくしている理由の1つと言えるでしょう。
出典:第96回労働政策審議会障害者雇用分科会(厚生労働省)
近年の「身体障害者(部位別)」の新規求職申込件数と就職件数の推移と、「身体障害者(部位別)」の就職件数の推移②を見ても、ほぼ横ばいか、若干減少気味の傾向が見られており、全体の障害者の採用マーケットの中では、相対的に割合が減っていることが、ここからも推察することができます。
「身体障害者(部位別)」の新規求職申込件数と就職件数の推移
「身体障害者(部位別)」の就職件数の推移②
出典:第96回労働政策審議会障害者雇用分科会(厚生労働省)
身体障害者だから、ちょっとした配慮で済むは間違い
さて、ここまで、最近の身体障害者の採用マーケットの状況を見てきました。身体障害者をこれから採用することが、なんとなく厳しそうだということをわかっていただけたかもしれません。
もちろん、厳しくはなっているものの、雇用できている企業もあります。ある企業さんは、身体の方を採用したいと、毎年合同面接会に参加されていました。そして、ある年に、採用したいと思う人材に巡り会えたとおっしゃっていました。
採用は、企業側にとっても、雇用される側にとっても、縁やタイミングがあります。今、お話した企業さんのように、すぐに雇用しなくても、将来的に必要な人材としての採用であれば、このようなかたちもありだと思います。
しかし、手帳の種類で応募する障害者を制限しないことが基本となっていますし、今は多様な能力やスキルをもった障害者の方も増えていますので、障害種別で考えるよりも、求める能力やスキルに合った方を採用していくという考え方のほうがよいのではないかと、個人的には感じています。
もう一つお伝えしておきたい点が、身体障害者だから、環境の整備ができていれば、雇用は簡単と思われている方が多いので、この点についても触れておきたいと思います。
身体障害者と一言で言っても、先天的な身体の方もいますし、後天的な方もいます。同じ車椅子の身体障害者と言っても、今までの環境や経歴、考え方などは、大きく違いますので、その点を含めて考えておくことも必要です。
例えば、すでに雇用している社員が、事故やケガなどにより身体障害になった場合、それまでの職業経験やスキルなどは、環境を整えることによって、あまり支障がないかもしれません。
一方、先天的な身体障害で、特別支援学校で手厚いサポートを受けてきたり、青年期に事故などで車椅子になり、長く病院にいてリハビリ経験をしてきた方と接すると、一般的な常識やマナーが通じないことがよくあります。
私たちは、誰かに教えられたわけではないものの、社会生活をしているとなんとなく身につけていることが、実は多々あります。しかし、隔離された場所で過ごすことが多かったり、いつも同じような人だけの交流しかないと、わざわざコミュニケーションしなくても通じたり、周囲の人が先に何かをしてくれることが当たり前になっていたりすることが多くなってしまうことがあります。そのため、一般的な常識やマナーが通じないなと感じてしまうことがあるのです。
もちろん、これらのことは、社会経験が少ないと割り切って、会社で教えることもできます。ただ、環境を整えればよいと考えていると、思っているのと違った・・・ということになりかねません。身体障害に限りませんが、いろいろな背景があることを含めながら検討していくことが大切です。
動画の解説はこちらから
まとめ
なぜ、身体障害者の採用は厳しいのかについて、考えてきました。
多くの企業で障害者雇用が進んでいるのは、多様な人材が活躍する社会を目指していく上でも、とても大切なことだと言えます。一方で、障害者雇用率が上がったり、行政からの指導が厳しくなっているために障害者雇用をしようとする企業も増えています。
身体だったら、環境を整えれば、あまり配慮しなくても雇用できるだろうと、簡単に考えるのは非常に危険なことです。自社でどのような業務があり、それをどのようなスキルや能力を持っている人材であれば活躍してもらえるかを考えて、採用していくことが必要となっています。
また、障害者の採用マーケットを見ながら、どのように採用活動をしていくのかを戦略的に考えていく必要があると言えるでしょう。
0コメント