「前に入った知的障害のある社員には、同じ説明でちゃんと伝わったのに…」
「何度も説明しているのに、精神障害の社員にはどうもピンときていない感じがする…」
「どう関わればいいか分からず、職場全体がちょっとぎこちない空気になっている…」
障害のある社員とともに働く職場では、こうした“教え方や関わり方の悩み”を耳にすることが増えています。特に「精神障害」と「知的障害」の違いをあまり意識しないまま接してしまうと、良かれと思ってやっていることがうまく伝わらず、関係性がギクシャクすることも少なくありません。
実はこの“すれ違い”には、「伝え方の型」が合っていないという背景があります。一見、同じように見える行動やミスでも、その背景にある理由や感じ方はまったく異なります。だからこそ、教え方や関わり方も変える必要があるのです。
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「同じように接しているのに、なぜ伝わらない?」
見えている行動は同じでも、“つまずき方”が違うことがあります。
たとえば、知的障害のある社員が「何度も同じミスをする」とき、それは情報の理解や記憶の定着に時間がかかることが原因である場合が多く、教え方としては「視覚的に示す」「繰り返し伝える」「シンプルな表現にする」といった工夫が効果的です。
一方で、精神障害のある社員が同じようなミスをしたときは、“その日の体調や心理状態”によってパフォーマンスが大きく左右されることがあります。つまり、内容は理解していても「集中力が続かない」「気力が出ない」という状態が、表に出ているだけかもしれません。
このように、表面上は「同じようなつまずき」に見えても、根本的な理由はまったく違います。にもかかわらず、同じ教え方・同じ接し方をしてしまうと、かえって伝わらなかったり、誤解を招いたりしてしまうのです。
これは決して誰かが悪いわけではありません。多くの現場では、「どう伝えるか」「どう関わるか」を体系的に学ぶ機会がなく、実践の中で手探り状態が続いているのが現状です。
タイプ別に見る“伝え方”と“関わり方”の違い
では、どうしたらいいのでしょうか。それは、特性に合わせて、職場の教え方も変えていくことです。精神障害と知的障害、それぞれの特性を踏まえた「伝え方」「関わり方」の工夫を見ていきます。
精神障害のある社員と働くときのポイント
・体調や気分の波があることを前提にする
→ 日によって集中できる時間や量が違う。無理に“いつも通り”を求めず、余白のある進め方を意識する。
・信頼関係づくりを重視する
→ 指示や注意よりも、日々の雑談や1on1などで「話しやすさ」を育むことが鍵となる。
・感情や内面の変化は“見えにくい”と意識する
→ 「今日はなんだか元気がないかも」といった小さな違和感に気づけるようになると、問題を複雑化する前に、早めに関わることができる。
・柔軟な働き方も選択肢として考える
→ 朝が苦手な人には時差勤務や在宅など、負担を減らす工夫で安定性が上がることがある。
知的障害のある社員と働くときのポイント
・視覚的・具体的に伝える
→ 曖昧な言葉よりも「絵・写真・マニュアル」など目で見て分かる形が有効的なことが多い。
・繰り返しが安心につながる
→ 一度で理解することを期待せず、同じ手順を繰り返して覚えてもらう前提で進める。
・ルールや手順を“習慣化”する
→ 作業を定型化することで、自信を持って取り組めるようになる。
・得意・不得意の差を前提にして配置する
→ マルチタスクよりも、決まった作業を繰り返すスタイルが安定につながる。
よくある“すれ違い”の職場例とその背景
現場で実際によく聞かれるのが、「同じように接しているのに、反応が違う」「どうして伝わらないのか分からない」という戸惑いの声です。
ここでは、精神障害・知的障害のある社員とのやりとりの中で、“見えにくいズレ”が生まれやすい場面をいくつか取り上げ、その背景とちょっとした工夫を紹介します。
「何度も説明しているのに、また間違える」
一見すると、「ちゃんと教えたのに、どうして…?」
背景には、次のことがあります。
・知的障害の場合:情報処理のスピードや記憶の定着に時間がかかる。
・精神障害の場合:その日は集中力が極端に落ちているかもしれない。
関わり方の工夫としては、 「理解できない」のではなく、「うまく覚えられない/集中できない」状態かもしれないと考えることです。視覚的なメモやマニュアル、落ち着いた環境での説明など、“その人の理解のしやすさ”に合わせて教え方を調整することができます。
「普段はできているのに、今日はまったく進んでいない」
一見すると、「やる気がないのかな?」「気持ちの問題?」
背景には、次のことがあります。
・精神障害では、体調や気分の波でパフォーマンスが左右されることがある。
・知的障害では、複雑な指示やイレギュラーな状況で対応できなくなる場合もある。
関わり方の工夫としては、「できるはずなのに…」ではなく、「今日は難しい状態かも」と見る視点を持ちます。変化に気づいたら「無理してない?」「今、何に困ってる?」とさりげなく声をかけるだけで、安心につながることがあります。
「声をかけたら、かえって距離を取られてしまった」
一見すると、「嫌われた?」「何かまずいことを言った?」
背景には、次のことがあります。
・精神障害の場合:緊張や不安が強いと、声かけ自体がプレッシャーになることもある。
・知的障害の場合:雑談的な内容がうまく理解できず、戸惑ってしまうことがある。
関わり方の工夫としては、「好意のつもりでも、相手には負担になることがある」ことを理解しましょう。 話しかけるときは、“話題の中身”より“タイミングや安心感”を大切にします。「今日は調子どう?」の一言だけでも関係づくりにつながります。
障害特性を理解すると、「やる気がない」わけではなく、「教え方がズレていたのかもしれない」と気づくことがあるかもしれません。また、 職場の中で障害者といっしょに働く社員には「なぜその工夫をしているのか」の背景や理由を説明しておくと、受け入れやすくなります。全員が納得して働ける環境をつくるには、“本人への配慮”と“チームへの説明”のバランスがカギになります。
ズレは“伝え方・受けとり方の違い”から生まれる
一緒に働く中で感じるモヤモヤやすれ違いの多くは、“伝え方のズレ”や“受け取り方の違い”から生じていることが少なくありません。ほんの少し、教え方を変えてみる。ほんの少し、声をかけるタイミングを変えてみる。その積み重ねが、相手との信頼を築き、チームとしての働きやすさにつながっていきます。
これまで見てきたように、「精神障害」と「知的障害」では、つまずき方も、反応の仕方も違います。でも、その違いを知って、“伝え方や関わり方を少し調整するだけ”で、職場の空気は驚くほど変わります。“関わり方の工夫”は、本人だけでなく職場全体の空気感を軽くします。
「教え方を変えたら、伝わった」──本人にとっての安心が増える
・曖昧な言い方をやめて、具体的に伝えた。
・できていないことではなく、できていることに目を向けた。
・調子が悪そうな日に、そっと様子を見る余裕をもった。
そんな小さな工夫だけで、本人の表情が少しやわらぎ、「分かってもらえている」という感覚が芽生えることがあります。教え方、伝え方を変えることにより、本人が“できた”という経験をすることは自信につながります。
「伝わらないストレス」が減ることで、教える側もラクになる
・一生懸命に教えているのに伝わらない。
・何度も繰り返しているのに、同じミスが続く。
そんなとき、どうしても「能力不足なのかも…」「もう無理かもしれない…」と感じてしまうことがあるかもしれません。でも、そもそも“伝わりにくさ”の原因は、「能力の差」ではなく、「伝え方のズレ」であることが多いのです。
・少し言い方を変える。
・タイミングをずらす。
・一度に教える量を減らす。
こうした微調整を知っていると、「伝わらないストレス」から解放され、教える側の気持ちにもゆとりが生まれます。
職場全体の“わかりやすさ”が底上げされる
伝え方の工夫は、何も「障害がある人のため」だけではありません。分かりやすい説明、丁寧な確認、具体的なマニュアル化といったアプローチは、誰にとっても「仕事がしやすくなる環境づくり」につながります。
実際、「視覚的な伝え方」や「習熟スピードに合わせた進め方」は、新人社員や異動してきたばかりのメンバーにも有効です。「教え方を工夫する」ことは、特別な支援ではなく、“働きやすい職場”づくりにつながるのです。
すべてを正しく理解し、完璧な対応をする必要はありません。大切なのは、「どうすれば伝わりやすいか?」「どう接したら働きやすくなるか?」と考えて、関わり方を少しずつ試していく姿勢です。
「精神障害」と「知的障害」。 この二つの障害は、それぞれに異なる特性があり、「つまずき方」も「伝わり方」も違います。うまくいなかい背景には、この“違いを知らないまま、同じ関わり方をしてしまっている”ことが関係しているかもしれません。
とはいっても、“伝わりやすくなる工夫”はあるものの、関わり方に「マニュアル通りの正解」はありません。「この人には、こう伝えたほうが届きやすいかも」と伝え方を調整する視点=“チューニング”をしていくことが必要です。
「障害があるから」と色眼鏡で見るのではなく、「伝え方や働き方に合う工夫が必要なんだな」と捉えることが、共に働く上でのスタートラインとなります。同じチームで働く仲間として、 “違い”を理解し、“やり方”を工夫する。それだけで、本人も周囲にいる人もぐっと働きやすくなります。
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