いい人がいるのに、なぜ現場は楽にならないのか
これは「冷たい会社」の話ではありません。むしろ逆です。
・面倒見のいい管理職がいる。
・頼まれたら断らずに引き受けるリーダーがいる。
・人事も一つひとつ誠実に向き合っている。
・現場にも思いやりがあり、「困っている人を放っておけない」空気がある。
表面的に見れば、悪い要素は見当たりません。
人としては、むしろ理想的です。
それなのに——
✔ 負担はなぜか偏る。
✔ 判断のたびに空気が重くなる。
✔ 会議では慎重さが増し、言葉が減る。
✔ 相談は、いつも同じ人のところに集まる。
「ちゃんとやっているはずなのに、なぜか楽にならない」
そんな違和感が、静かに積み重なっていきます。
ここで問いが生まれます。なぜ、 “やさしい人が多い会社”ほど、組織は疲れていくのでしょうか。
問題は、人の質ではありません。むしろ、人がいいからこそ起きている現象です。この違和感の正体を、次で整理していきます。
ルールより“あの人”が優先される職場の状態
ここからは、実際の現場でよく見られる“状態”を並べてみます。特別な会社の話ではありません。むしろ、誠実に取り組んでいる会社ほど起きやすい現象です。
まず、困ったことが起きたときの動きです。
「とりあえず、あの人に聞こう」
「この件は、あの人なら分かるはず」
自然と、相談先が固定されていきます。役職や役割ではなく、“信頼できる個人”が判断の起点になる。
次に、決まり方です。
明文化されたルールよりも、「今回はこうしたほうがいいよね」という空気が優先される。前例よりも、その場の雰囲気や関係性が基準になる。
すると何が起きるか。同じように見えるケースでも、担当者が変われば対応が変わる。厳しく見える人のときと、柔軟に見える人のときで、結果が違う。判断は、仕組みではなく、その人の経験・価値観・性格に依存していきます。
そして、もう一つの特徴。気づける人が気づき、動ける人が動き、抱えられる人が抱える。
結果として、できる人に負担が集中する。「あの人なら何とかしてくれる」という期待が、静かに重なっていきます。
ここまで読んで、「いくつか当てはまる」ではなく、「ほとんど全部ある」と感じたなら——それは、ルールで回っている会社ではなく、“人で回している会社”のサインかもしれません。
仕組みではなく“人”で回っているサイン
多くの会社で起きているのは、ルールが機能していないことではありません。ルールよりも“人”が優先されている状態です。
流れは、とても静かに進みます。
構造がない
↓
その場の人がカバーする
↓
気遣いで調整する
↓
断れない
↓
抱える
↓
属人化する
最初は、小さな善意です。
「今回は自分がやっておこう」
「波風を立てないように、うまく収めよう」
「現場が困っているなら、引き取ろう」
その一つひとつは、間違っていません。むしろ、組織としてはありがたい行動です。けれど、それが繰り返されるとどうなるか。
本来、構造で扱うべき判断が、個人の中に蓄積されていきます。
本来、役割として分担されるべき負担が、“気づいた人”のところに集まります。
そしていつの間にか、「あの人がいるから回っている」「あの人に聞けば何とかなる」という状態ができあがる。
一見すると、信頼関係が強い組織。実態は、仕組みではなく人格で回っている状態です。問題はやさしさではありません。
問題は、やさしさが構造の代わりになっていること。やさしさは本来、構造の上に乗るべきものです。けれど構造がないとき、やさしさは“土台”の役割を担わされます。その結果、やさしい人から崩れていく。
属人化とは、能力の高さの証明ではなく、構造が置かれていないことのサインなのです。
なぜ“断れないリーダー”が生まれるのか
「なぜ、あの人ばかり抱えてしまうのか。」
現場でよく聞く問いです。けれど、多くの場合それは“性格”の問題ではありません。構造の問題です。
いま置かれている前提は、こうなっていないでしょうか。
・どこまで現場で判断していいのか、線引きがない
・何を基準に優先順位をつけるのか、判断基準がない
・難しいケースを上位に戻す設計がない
・増えた負担を再配分するルールがない
この状態で、リーダーに「適切に対応してほしい」と求める。
すると何が起きるか。判断は、リーダー個人の中で行われます。優先順位も、線引きも、その人の感覚に委ねられる。
そして迷ったとき、多くのリーダーはこう考えます。
「ここで断ると、冷たいと思われるかもしれない」
「現場が困っているなら、自分が引き取ったほうが早い」
「一度抱えれば、波風は立たない」
構造がない組織では、「断る」=「冷たい人」に見えやすい。
本来は、役割分担や設計の話であるはずなのに、“人の態度”の話にすり替わってしまう。
だから断れない。だから抱える。そして静かに疲れていく。
断れないリーダーが生まれるのは、優しすぎるからでも、弱いからでもありません。断るための“構造的な後ろ盾”がないからです。
線引きが設計されていない組織では、やさしさは、自己犠牲に変わります。
ここで起きているのは、人格の問題ではなく、判断を支える土台が置かれていないという設計の問題なのです。
属人化は“優秀さ”の証ではない
「この件は、あの人じゃないと分からない。」
そんな言葉が増えていくとき、組織は“安定している”ように見えます。
頼れる人がいる。任せられる人がいる。だから回っている。けれど、その裏側で起きていることを見てみると、別の構図が見えてきます。
属人化は、能力差の問題ではありません。優秀だから集中するのでも、性格の問題でもない。起きている流れは、もっとシンプルです。
構造がない
↓
判断はその場の人が引き受ける
↓
似たようなケースも、その人が対応する
↓
判断の基準が言語化されないまま、その人の中に蓄積される
↓
経験値が“個人の内部資産”になる
↓
結果として「その人しか分からない」状態になる
これが、属人化の正体です。
本来であれば、繰り返し起きる判断は構造に変換されるべきものです。基準が整理され、役割が明確になり、再配分のルールが置かれる。
けれどそれがないまま運用が続くと、判断は“個人の経験”に溜まっていきます。すると組織は、仕組みではなく人格で回る状態に入ります。
「あの人がいれば安心」
「とりあえずあの人に聞こう」
一見、信頼に見える構図。けれど実態は、構造が不在のまま、人が土台になっている状態です。
だから、その人が休めない。だから、その人が異動すると不安定になる。だから、できる人から崩れていく。
属人化とは、能力の高さが原因ではなく、判断を構造化しないまま回してきた“結果”です。問題は人の中にあるのではありません。人に集まってしまうような前提が、置かれていることなのです。
なぜ“頑張る人から崩れる”のか
組織が疲れていくとき、最初に崩れるのは“できない人”ではありません。
むしろ逆です。
✔ 気づける人が抱える
✔ 断れない人が引き受ける
✔ 調整できる人に相談が集まる
✔ 責任感の強い人が先に消耗する
これは偶然ではありません。
構造がない組織では、問題は“空いているところ”ではなく、“支えられるところ”に流れます。
余白がある人。調整力がある人。場を荒らさずにまとめられる人。
そうした人が、静かに、しかし確実に負担の受け皿になります。そして負担は、 役割としてではなく“善意”として引き受けられる。
気づいた人がやる。できる人がやる。断らない人がやる。この循環が続くと、何が起きるか。
組織は一見、回っているように見えます。けれど実際は、“人の耐久力”で支えている状態です。
能力の問題であれば、できる人ほど安定するはずです。
けれど現実は違う。できる人ほど消耗する。誠実な人ほど限界が早い。これは個人の弱さではありません。負担の流れを制御する設計がないから、“抱えられる人”に集まっているだけです。
だから崩れるのは、能力が低いからではなく、能力が高い人が構造の代わりをしているから。
ここで見えてくるのは、ひとつの事実です。
問題は人の力量ではない。人の力量に依存する設計のまま放置していること。頑張る人が先に崩れる組織は、人が弱いのではなく、構造が置かれていないのです。
やさしさは美徳だが、設計の代わりにはならない
やさしさ、思いやりがあること、引き受ける姿勢も、組織にとって大切な力です。
けれど―― やさしさは“構造の代わり”にはなりません。やさしさで回している組織は、回っているように見えて、実は“人の体力”で支えています。
・断らないことで保たれている平和。
・気遣いでつながっている関係。
・空気を読んで成立しているバランス。
それは一時的には機能します。けれど持続はしません。なぜなら、やさしさは無限ではないからです。
本当に必要なのは、やさしさを削らないことではなく、やさしさに依存しなくても回る形をつくること。
・誰かの善意がなくても判断できる。
・断っても「冷たい人」にならない。
・負担が増えたら再配分できる。
・経験が個人に溜まらず、構造に残る。
その状態があってはじめて、やさしさは“持続可能な力”になります。
だから問いはこう変わります。
「もっと思いやりを持てるか」ではなく、「思いやりがすり減らない設計になっているか」。
やさしさは尊い。けれど設計がなければ、やさしさから崩れていきます。ここが見えたとき、問題は人の性格ではなく、構造の置き方の話へと変わります。
いま必要なのは「もっと頑張る」ことではない
ここまで読んで、「思い当たる場面がある」と感じたなら、それは誰かの姿勢を変えるべき段階ではありません。
いま必要なのは、もっと頑張ることではなく、“頑張らなくても回る形”を整理することです。
やさしさを増やすのではなく、やさしさに依存しない構造にする。
抱えられる人を探すのではなく、抱えなくていい設計にする。
属人化を責めるのではなく、属人化せざるを得ない前提を見直す。
いま起きていることは、能力不足でも、意識の低さでもありません。“人で回してきた結果”として、構造の限界が見え始めているだけです。
“あの人がいるから回っている”状態は、最も不安定な状態です。回っているうちに整えるか、限界を迎えてから動くか。いまは、その分岐点にいるのかもしれません。
今起きていることを「対策」ではなく、 “構造として整理する時間”を30分だけ取っています。
解決提案は行いません。いま置かれている前提や詰まりを可視化し、判断材料を増やすための整理です。


























0コメント