エプソンの障がい者雇用|VR体験で理解を行動へ【後編】

「理解する」から「行動する」へ──エプソンのVR体験が生んだ現場の変化【後編】

2026年08月3日 | 判断とマネジメントの構造

担当者が頑張るほど、 組織が止まる

 

障害者雇用を組織の力に変える5日間

登録者限定レポート
「障害者雇用は、配慮の話ではなく、設計の話だ。」

「頭では分かっているはずなのに、どう関わればよいのか分からない」障がい者雇用の現場では、こうした声が少なくありません。
前編では、エプソンが障がい者雇用の考え方を「雇用すること」から「活躍すること」へと捉え直し、本体・関係会社・特例子会社がつながる取り組みを進めていることを紹介しました。
しかし、制度や体制を整えることと、それが実際の現場で機能することとの間には距離があります。
「知識としては分かっている」「けれど、具体的なイメージが湧かない」「自分がどう関わればよいのか分からない」
では、「分かっているつもり」と、行動につながる理解との差は、どこから生まれるのでしょうか。エプソンでは、その差を埋める取り組みの一つとして、VRを活用した体験の機会を設けています。
説明を聞くだけでは届きにくかったものを、体験によって自分との接点へ変えていく。後編では、VR体験を入口に、「理解すること」が関係や仕事の動きへ変わっていくプロセスを見ていきます。

なぜ、説明ではなくVR体験だったのか

Q:VR体験会の取り組みは、どのように始まったのでしょうか?
A:きっかけは、2024年12月に社外向けに開催した障がい者活躍のイベントでした。
発達障がいの特性によって生じる見え方や感じ方を、VRで疑似体験するプログラムを取り入れたところ、「体験すること」の可能性を強く感じました。
人の話を聞くことにも意味はありますが、実際に体験することで初めて気づけることがあります。参加者からも、「自分にもできることがあるのではないか」と感じたという声がありました。
一方で、社内を振り返ると、「障がいの有無にかかわらず活躍できる風土ができているか」という点では、まだ十分ではない部分もあるのではないかと感じていました。そこで、社内にも同じような体験の機会をつくることにしました。
ただし、一つの会場でイベントを開催するだけでは、もともと関心の高い人に参加者が偏り、参加できる拠点も限られます。そのため、担当者が各事業所へ出向く形で実施しました。結果として、長野県内の10拠点以上で開催し、関係会社を含めて400人以上が参加しました。
体験では、ADHDやASDの特性によって生じる感覚や、聴覚過敏の状態などをVRで疑似体験します。
「こういう感じなのか」と初めて実感した方だけでなく、「自分にも似たような感覚がある」と気づいた方も多く、障がいをこれまでより身近なものとして捉える機会になりました。
もちろんVRによって、障がいのある方一人ひとりの感じ方をそのまま理解できるわけではありません。体験できるのは、あくまで特定の状況や感覚の一例です。
それでも、これまで想像しにくかった感覚に触れ、自分の見方や関わり方を問い直す入口にはなります。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

「自分にもある」と気づいたとき、理解が変わる

Q:VR体験会に参加した方からは、どのような反応がありましたか?
A:社内・社外を問わず、さまざまな感想が寄せられました。
「今まで知らなかった世界に触れることができた」という声があったほか、家族に障がいのある方からは、「子どもがなぜこうした反応をするのか、体験を通して分かった」という声もありました。
また、「特別な誰かだけの感覚ではなく、自分にも似たような感覚がある」と感じた方も多くいました。
一方、発達障がいのある方からは、「他の人には、どのように見えたり聞こえたりしているのかを体験してみたい」「自分にとって当たり前の感覚が、他の人とは違うことに気づいた」という声もありました。
自分の特性について知っていても、他の人がどのように感じているかを知る機会は、なかなかありません。VR体験は、障がいのない人が障がいを理解するためだけではなく、それぞれの感じ方の違いに気づく機会にもなっています。
本や説明から知識を得ることも大切です。しかし、実際に体感することで、「自分とは関係のない誰かの話」だったものが、自分との接点を持つようになると感じています。
例えば、「一つのことに集中すると、ほかのことが目に入りにくくなる」という感覚に、自分にも似た経験があると気づくことがあります。そこから、「では、相手はどのような場面で困るのだろう」「自分にできることは何だろう」と考え始めることができます。
ただし、似た感覚が誰にでもあることと、その強さや頻度によって日常生活や仕事に大きな影響が生じることは、分けて考える必要があります。共通点に気づくことは理解の入口ですが、そこから一人ひとりの違いを確認していくことが重要だと感じています。

理解が変わると、関係と仕事が動き始める

Q:VR体験は、障がい者活躍の取り組み全体の中で、どのように位置づけられていますか?
A:背景にあるのは、「まずは風土をつくることが大切」という考えです。
障がい者活躍を進めるには、周囲の理解が欠かせません。VR体験は、その理解を広げるための一つの手段として位置づけています。もちろん、取り組みはVRだけではありません。
経営層が特例子会社で実際に社員と一緒に働き、その経験を社内に発信する取り組みも始めています。また、本体や関係会社の社員が特例子会社を見学する機会も設けています。
実際の仕事を見ることで、「この業務なら依頼できるのではないか」「一緒に取り組めることがあるのではないか」と、新たな業務連携に気づくことがあります。
こうした取り組みの中で、特に意識しているのが、合理的配慮を「マネジメントの一環」として捉えることです。
合理的配慮を、特定の社員だけに行う特別な対応として切り離すのではなく、本人の状態や仕事の状況を確認しながら、指示の出し方、働く環境、役割分担などを調整する日常のマネジメントとして考えています。
本体では障がい者枠を設けていないからこそ、誰もが能力を発揮できる環境を、日々のマネジメントを通じてつくることを目指しています。
Q:こうした取り組みを通じて、実際の仕事にはどのような変化がありましたか?
A:理解が進むことで、関係性にも変化が生まれています。
例えば、
・本体から特例子会社への業務発注
・新たな業務の切り出し
・本体・関係会社・特例子会社の新しい連携
といった動きが生まれています。
VR体験だけでなく、職場見学や就業体験など、実際の仕事に触れる機会が増えたことで、「一緒に仕事ができる」という感覚が広がってきました。理解は、知識を増やすことだけではありません。相手との関係を変え、新しい仕事の動きを生み出すことにもつながっています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

社外に開くことが、社内の覚悟をつくる

Q:社外向けのイベントも継続されていますが、外部へ発信することには、どのような意味があるのでしょうか?
A:社外イベントを実施する際には、社内から反対の声もありました。「社内で十分に浸透していない段階で、外に発信するのか」という意見です。それでも実施したのは、外に発信することによって、会社として取り組む覚悟を示す意味があったからです。
また、
・土日に開催することで、社員やその家族も参加できる
・社外の方にも取り組みを知ってもらえる
・地域をけん引する存在になることで、将来の採用や連携につながる
といった狙いもありました。
結果として、社外向けのイベントでありながら、多くの社員にも参加してもらうことができました。外部への発信が、社内に対して取り組みの方向性を示す機会にもなりました。
さらに、県外から企業関係者が参加するなど、同じテーマについて学びたい人たちとのつながりも広がっています。地域や学校との関係も深まりました。
イベントを通して、障がいのある方にエプソンを知ってもらい、将来一緒に働く方との出会いにつながることも期待しています。

障がい者雇用を超えて、多様な人が活躍する組織へ

Q:この取り組みを通して、どのようなことを感じていますか?
A:ここまで障がい者雇用や障がい者活躍についてお話ししてきましたが、これは障がいのある方だけに限った話ではありません。
現在、エプソンでは「一人ひとりが自律して価値を創造する」というメッセージを発信しています。
その中では、
・多様性
・仕事の成果
・一人ひとりに合った働き方
をどのように両立させるかが問われています。
障がいの有無にかかわらず、それぞれの状況や特性に応じて力を発揮できる環境をつくることは、これからの組織にとって重要なテーマです。
障がい者雇用の中で蓄積されてきた、指示の出し方や関わり方、働く環境を調整する工夫は、特定の人だけに役立つものではありません。多様な人が働く組織全体のマネジメントにも活かせるものです。

「失敗させない」から「挑戦できる組織」へ

上條様の印象に残っているのは、社外イベントに参加したエプソンミズベのメンバーの反応です。「こういう場に、もっと出ていきたい」という声があったといいます。
会社の外に出て社会との接点を持つことは、「自分が社会の中で働いている」という実感につながります。それは、新しい経験を得て、成長していくきっかけにもなります。
一方、赤羽様は、これから目指す組織の姿について、次のように続けます。
「安全に、確実に働くことを重視するあまり、「失敗させないこと」が優先されているように感じる場面もありました。しかし、失敗は誰にでもあるものであり、そこから学び、成長していくことができます。
だからこそ、安定して働く環境を守るだけでなく、本人が希望するときに新しい仕事へ挑戦し、経験から学べる機会をどのようにつくるかが重要です。
社会との接点を持つことも、新しい仕事に取り組むことも、必ずしもうまくいく経験だけではありません。それでも、失敗を避けることだけを優先すれば、成長する機会まで失われてしまいます。
目指しているのは、障がいの有無にかかわらず、誰もが挑戦しながら成長し続けられる環境です。将来的には、「障がい者活躍」という言葉をあえて使わなくても、一人ひとりが自然に力を発揮できる組織になっていくことが理想です。
年齢、国籍、家庭の状況、働き方など、さまざまな背景を持つ人が増える中で、これまでの一律的なマネジメントは変化を求められます。
障がい者雇用の実践を通じて培われてきた、
・分かりやすい指示の出し方
・本人との関わり方
・仕事や環境を調整する方法
・挑戦と安定のバランスの取り方
は、これからの組織づくりにも活かせるものだと感じています。」

VR体験から見える、理解を行動につなげる条件

今回の話から見えてきたのは、「理解している」という状態は、思っているほど確かなものではないということです。
知識として障がいの特性を知っていても、現場には「どう関わればよいのか分からない」という戸惑いが残ることがあります。
VR体験は、その間にある距離を埋める一つの入口になっていました。
体験によって、他者の問題だったものが、自分との接点を持つ。
自分との接点が生まれることで、相手への関わり方が変わる。
関わり方が変わることで、仕事や連携が動き始める。
エプソンでは、VR体験だけでなく、特例子会社の見学、社外イベントなど、さまざまな接点を設けることで、理解を行動につなげていました。
ただし、体験するだけで組織が変わるわけではありません。
そこで得た気づきを、
・業務のつくり方
・役割分担
・合理的配慮
・日々のマネジメント
・挑戦できる機会
の見直しにつなげることが必要です。
これは、障がい者雇用だけの話ではありません。多様な人が一緒に働くこれからの組織では、違いを知るだけでなく、それぞれの違いを前提として、どのように仕事と成果につなげるかが問われます。
障がい者雇用の現場で培われてきた関わり方や工夫は、これからのマネジメントを考える上でも、多くのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

スポンサードリンク

現場が動く組織づくりの視点を解説

NewsPicksでのコラムは、制度と現場のあいだの“ズレ”を読み解き、
組織を前へ進めるヒントをお届けします。

0コメント

コメントを提出

メールアドレスが公開されることはありません。