障害者雇用をめぐる環境は、ここ数年で大きく変化しています。法定雇用率の引き上げが続く一方で、「雇用率を満たすこと」と「障害のある人が組織の中で実際に活躍すること」の間にある溝を、どう埋めるかという議論が企業の中で本格化してきました。
そうした文脈の中で、注目したいのが、ソフトバンクが2015年から推進する「ショートタイムワーク」です。週20時間未満から働けるこの雇用モデルは、法定雇用率の達成を目的としたものではありません。では、なぜソフトバンクはこの取り組みを続けているのか。サステナビリティ企画室への取材を通じて、その本質に迫りました。
取材協力:ソフトバンク株式会社 サステナビリティ企画室 CSR推進部 社会貢献推進課 梅原 みどり氏、佐藤 里美氏
「超短時間雇用」という考え方——制度が追いついていなかった時代
ショートタイムワークを理解するには、まず「超短時間雇用」という概念の背景を知る必要があります。
超短時間雇用モデルは、東京大学先端科学技術研究センターの近藤武夫教授が提唱した考え方です。週20時間未満という、それまでの雇用慣行では想定されていなかった短い時間での就労を、理論的・実践的に体系化したモデルとなります。
この提唱が重要だったのは、当時の日本に「週20時間未満で働く」という選択肢が、制度としてほぼ存在しなかったからです。日本の雇用制度は長らく、フルタイム・長時間労働を前提として設計されてきました。障害者雇用においても、法定雇用率の算定対象は週20時間以上の勤務が条件とされており、週20時間未満の働き方は制度の枠外に置かれていました。
つまり、精神障害や発達障害のある方など、体調の変動が激しかったり、長時間の集中が難しかったりする理由でフルタイム勤務が困難な方にとって、「働く入口」がほぼ閉ざされていたのです。近藤教授のモデルはその状況に理論的な根拠を与え、「短時間であっても社会参加・就労は可能であり、意義がある」という考え方を示しました。
その後、制度は少しずつ変化しています。現在は週10時間以上20時間未満の障害のある方が、一定の条件のもとで0.5人分として法定雇用率に算定されるようになりました。しかし、ソフトバンクがショートタイムワークを始めた2015年当時は、週20時間未満の雇用は算定対象外。制度が追いついていない中で、同社は独自にこのモデルを企業版として実装していったのです。
なお、短時間勤務のニーズが特に高いのは、精神・発達障害のある方です。年間を通じた体調の変動、集中力が続かないことによる疲労の蓄積、対人場面でのストレスなど、フルタイム勤務が身体的・精神的に大きな負担になるケースが少なくありません。超短時間雇用は、こうした方々にとって「無理なく働き続ける」ための現実的な選択肢となります。
ソフトバンクがショートタイムワークを始めた経緯
ソフトバンクがこの取り組みを始めたきっかけは、「魔法のプロジェクト」という社会貢献活動にあります。2009年に始まったこのプロジェクトは、iPadやiPhoneなどのICT端末を全国の特別支援学校に無償提供し、障害のある子どもたちの学習や生活の困りごとをテクノロジーでどう解消できるかを体系的にまとめ、情報共有してきた取り組みです。
当初はCSR活動として位置づけられていたそうです。しかし活動を続ける中で、担当者たちはあることに気づきます。
「ICTという武器を手にして教育の壁を乗り越えた子どもたちが、成長するにつれて今度は別の壁に当たってしまう。その壁が就労の壁でした。その壁をどう壊していけるかというところから、ショートタイムワークが生まれたんです。」
教育の壁をテクノロジーで越えた子どもたちが、社会に出る段階で今度は就労の壁にぶつかる。その構造を目の当たりにしたことが、ショートタイムワークという雇用モデルへの取り組みにつながっていきました。
注目すべき点は、この取り組みが人事部門ではなく、CSRを起源とするサステナビリティ部門が担っているという点です。出発点はCSR活動でありながら、活動を重ねる中でソフトバンクという会社の経営理念「情報革命で人々を幸せに」との接続が意識されるようになっていきました。
現在では社内実証にとどまらず、自治体や他企業へのノウハウ展開という「社会実装」を明確に目指す取り組みへと発展しています。
制度の仕組み——「仕事を設定してから採用する」という発想
ショートタイムワークの設計思想を理解する上で重要なのは、ソフトバンクにおける障害者雇用の基本的な考え方です。同社の人事部門が担う障害者雇用(法定雇用率に対応するもの)では、一般社員と全く同一の人事制度(給与体系・昇格基準を含む)が適用されています。フルタイム・正社員雇用が基本であり、障害があることで処遇が変わることはありません。
その上で、ショートタイムワークはそれとは別の軸として設計されています。週20時間未満・アルバイト雇用という形態ですが、その採用基準の発想が従来の障害者雇用とは根本的に異なります。
通常の雇用では「人を採用してから仕事を割り当てる」という順序をとります。しかしショートタイムワークでは「仕事を設定してから、その仕事が遂行できる人を採用する」という順序をとります。各部署がまず自分たちの業務を「本来やるべき本務」と「他の人にお願いできる周辺業務」に切り分け、その周辺業務をもとに求人票を作成します。そしてその仕事をこなせる人を採用するという流れです。
ここで多くの方が感じるのが、「それは逆に手間がかかるのではないか」という疑問です。この点について、担当者はこう答えています。
「例えば派遣社員を1人工取ると非常に大きな予算がかかります。一方でショートタイムワークは時間給で短時間なので、コストインパクトとしては企業側にとってすごくメリットがある。それが一番大きいと思っています。」
コスト面に加えて、手間を軽減する仕組みも整備されています。各部署は求人票の作成と受け入れに集中すればよく、採用手続きの調整・書類確認・入社後のフォローアップはショートタイムワーク事務局が担います。さらに受け入れ後も、仕事面のサポートは部署が、それ以外の支援は連携する支援機関が担うという役割分担により、現場の負担を最小限に抑えています。
求人はクローズド(連携する支援機関のみに公開)で、精神障害・発達障害に詳しい支援機関が業務遂行可能な人材を推薦する形をとっています。募集前に支援機関へのヒアリングを行い、スキルチェックテストも実施するなど、マッチングの精度を高める工夫が重ねられています。
予算も各部署が自ら持つ仕組みです。立ち上げ当初、サステナビリティ部門が一元的に予算を持ち各部署に割り当てる方式を試みたことがありましたが、受け入れ部署が「社会貢献として受け入れなければならない」という義務感から無理をしてしまい、長続きしなかったそうです。各部署が即戦力として自ら予算化して採用するスタイルにしたことで、今の運用が安定して機能するようになりました。
現在は累計98名(うち障害のある方58名、2026年5月末)がショートタイムワークを利用しており、営業部門からバックオフィスまで幅広い部署に配置されています。勤務時間は週1日4時間から週合計18時間程度まで、20代から50代の方が働いています。

これはCSRか、経営理念か——取材を通じて見えてきたこと
話を伺う中で、あえてこう確認しました。「これは法定雇用率のための取り組みではないということですか?」。—— 担当者の答えは明快でした。
「障害者雇用という観点ではないんです。法定雇用率のためにとかということは全くなく、あくまでも社会貢献的な位置づけです。採用の判断基準に障害者手帳を持っているかどうかは、一切関係していません。」
実際、数字がそれを示しています。現時点でショートタイムワーカーは26名、うち障害者手帳をお持ちの方は約半数の12名(2026年5月末 )。さらにその中で週10時間以上勤務している方、そのカウントの半分——法定雇用率への実質的な貢献は、ソフトバンク全社の規模から見るとほぼゼロに近い数字です。
障害者雇用を上げるための施策という観点からみると、ショートタイムワークは極めて非効率です。それでもソフトバンクはこの取り組みを10年近く続けています。
取材を通じて見えてきたのは、この取り組みが持つ二重の意味です。
ひとつは、CSR活動としての側面。魔法のプロジェクトから継続する「社会の壁を壊す」という理念に基づいた取り組みであり、障害のある方や様々な事情でフルタイム勤務が難しい方に就労の機会を提供するという社会的意義があります。
もうひとつは、社会実装の実証という側面。ソフトバンクという大企業が自社の中でショートタイムワークを実践し、そのノウハウを自治体や他企業へ展開していく——これは「情報革命で人々を幸せに」という経営理念を、雇用という領域で体現しようとする試みとも読めます。
超短時間雇用が全ての企業に適しているわけではありません。業務の性質や組織の規模によって、効果は異なります。しかし「週20時間未満でも組織に貢献できる仕事の設定の仕方がある」という実証を、ソフトバンクという規模の企業が10年かけて積み上げてきたことの意味は大きいと言えるでしょう。
障害者を「雇用する対象」としてではなく「組織に貢献できる人材」として位置づけ直すこと——その問いを、この取り組みは組織の内側から問い続けています。
現場の声——「普通だよね」という言葉の意味
障害のある方を初めて受け入れる部署からは、「どんな配慮が必要なのか」「本当に一緒に働けるのか」という不安の声が上がることもあるといいます。しかし実際に一緒に働き始めると、受け止め方が変わることが多いようです。
「実際に働いてもらった後に聞くと、こういう配慮が必要だということは分かったけど、『普通だよね』って言ってくれる方が非常に多い。『すごく助かっている』という言葉をよく聞きます。心からありがとうって言えているという感じです。」
「普通だよね」——この言葉の重さを、受け入れる側の経営者・人事責任者に考えてほしいと思います。採用前の不安の多くは、「一緒に働く前の想像」に基づいています。仕事を設定してから採用するという設計が、その想像と現実のギャップを埋めることに機能していると言えるでしょう。
合理的配慮については、制度として整備するというよりも、必要なものを個別に現場レベルで対応するというスタンスをとります。ジョブコーチを置かず、業務指示者1名が担う体制です。目を合わせて話せない、挨拶が難しいといった場合でも、依頼した業務を遂行できれば評価の対象にはしません。「特別扱い」ではなく、「その人に合った働き方の個別最適化」という考え方をしています。
社内から社会へ——アライアンスとAIの次のフェーズ
ショートタイムワークは社内にとどまらず、社会へと広がっています。現在、ショートタイムワークアライアンスには累計250法人近くが参加しており、12の自治体がこの取り組みを推進しています。年に1回の情報交換会を通じて、実践するための知見が共有されています。
そしてもう一つの変化として、AIの存在があります。ソフトバンク社内ではAI活用が急速に進んでおり、担当者はその可能性をこう語りました。
「AIを活用することで、短時間であっても色々な領域で活躍できるショートタイムワーカーを育てていけるといいなと思っています。仕事の内容は変わってきているけれど、人がやるべき仕事は減るどころかむしろ増えている。ショートタイムワーカーのニーズはこれからもあると思います。」
AIの普及によって「短時間でできる仕事の質と範囲」は今後大きく広がる可能性があります。週20時間未満でも、AIを活用することで高い生産性を発揮できる人材が増えていく——そうなったとき、「短時間しか働けない」という見方は根本から変わるかもしれません。

おわりに——「仕事の設定」という視点から
障害者雇用を「法定雇用率の達成」という文脈だけで捉えていると、どうしても「何人採用するか」「どう配置するか」という問いが中心になります。しかしソフトバンクのショートタイムワークが示しているのは、その前にある問い——「どんな仕事を設定できるか」——です。
雇用率への貢献がほぼゼロでも10年近く続けてきたという事実が、この取り組みの本質を語っています。それは「人を雇うこと」が目的ではなく、「人が組織の中で貢献できる仕事を設計すること」が目的だからです。
あなたの組織で、「この業務を誰かにお願いできたら」という周辺業務の棚卸しはできているでしょうか。そこから始めることが、障害者雇用を「義務」から「組織の力」へと変える最初の一歩になるかもしれません。


























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