障がい者雇用に取り組む企業は、確実に増えています。制度を整え、採用を進め、法定雇用率を達成している企業も少なくありません。
しかし、現場からは今も、こんな声が聞かれます。
「制度はあるけれど、現場としてどう関わればよいのかわからない」
「特例子会社があるので、正直そちらに任せている部分がある」
本体・関係会社・特例子会社がそれぞれ役割を持つ中で、「どこで、誰が、どのように関わるのか」が曖昧なまま進むと、
・理解が社内に広がらない
・本体と特例子会社の関係が分断される
・「任せる構造」が固定化する
といった状況が生まれやすくなります。
「任せる構造」を、どう変えていくのか
障がい者雇用は、特定の部署や子会社に委ねるものなのでしょうか。それとも、組織全体で扱うべきテーマなのでしょうか。
セイコーエプソンでは、こうした問いに向き合い、障がい者雇用の前提そのものを見直す取り組みが進められていました。
「雇用すること」から「活躍すること」へ。
そして、「任せる」から「つながる」へ。
その具体的な取り組みと背景について、2026年4月、セイコーエプソンのダイバーシティ・組織カルチャーデザイン部・赤羽様と、特例子会社エプソンミズベ代表取締役・上條様にお話を伺いました。
※役職名、数値、取り組み内容は、2026年4月の取材時点のものです。


本体・関係会社・特例子会社がつながる障がい者雇用へ
Q:障がい者雇用の全体像について教えてください。
A:エプソンでは、本体と特例子会社2社、さらに関係会社を含めたグループ全体で障がい者雇用に取り組んでいます。グループ適用は9社で、その中で障がいのある社員の約半数を特例子会社が担っています。
エプソン本体では、いわゆる「障がい者枠」での採用は行っていません。一般採用の中で障がいのある方が入社する形を取っており、これまでは身体障がいのある方が中心でした。一般社員と同じ環境や条件の中で活躍したい方が働ける職場を提供してきたという背景があります。
一方、サポートのある安定した環境で働くことを希望する方には、特例子会社という選択肢があります。本人の志向や状態に応じて、本体や関係会社、特例子会社という複数の働く場が設けられています。
特例子会社の一つであるエプソンミズベは、42年にわたって障がい者雇用を支えてきました。これまでは知的障がいのある方を中心に採用してきましたが、近年は精神障がいのある方の採用も進み、働く人の構成も変化しています。
これまで、障がい者雇用は特例子会社に任せるという側面があったのも事実です。しかし近年は、その構造を見直し、「グループ全体で取り組む必要があるのではないか」という考え方に変わってきました。
その一環として、本体では障がいのある大学生を対象とした就労体験を始めています。採用面接だけでは見えにくい能力や特性を、実際に一緒に働く中で確認する取り組みです。
この実践を通して、現場には一つの気づきが生まれました。
「適切な配慮があれば、しっかりアウトプットを出せる」
短時間の面接では判断しきれなかった能力が、実際の業務の中で発揮される場面が多く見られたといいます。就労体験は、本人を理解するだけでなく、企業側が採用の見方を見直す機会にもなっています。
今後も、本人と職場とのマッチングを丁寧に確認しながら、活躍できる可能性を広げていきたいと考えています。
こうした実践と並行して、障がい者雇用の目的そのものも見直されてきました。
法定雇用率の達成から、一人ひとりの活躍へ
Q:障がい者雇用に対する考え方にも変化があったのでしょうか?
A:大きな転換が始まったのは約2年前です。
それまでは法定雇用率の達成が一つの目標でしたが、そこから一歩進み、「雇用すること」だけでなく、「一人ひとりに活躍してもらうこと」を重視する方針へと変わりました。
単に人数を満たすのではなく、それぞれが仕事を通して成果を出し、価値を発揮することを重視する考え方です。
この変化の背景には、組織体制の見直しもありました。
それまで障がい者雇用は人事部門が中心となって担っていましたが、取材時点の約3年前にDE&I戦略推進部が設立されたことをきっかけに、障がい者活躍にも力を入れるようになりました。
それまでのダイバーシティ施策は女性活躍が中心でしたが、現在は、
・育児や介護との両立
・多様な働き方
・さまざまな背景を持つ人材の活躍
などを含む、より広いテーマとして捉え直されています。
障がい者雇用も、個別に切り離された施策ではなく、多様な人材の活躍を考えるDE&Iの一つとして位置づけられています。
活躍を支えるために、仕事・評価・採用を見直す
Q:DE&Iの一つとして位置づけたことで、制度や運用にはどのような変化がありましたか?
A:本体では、もともと職種や配置、評価を一般社員と同じ枠組みで運用してきたため、大きな変更はありません。
一方、特例子会社では、仕事や評価のあり方を見直してきました。
これまでは、安定して出勤し、働き続けることを重視する運用が中心でした。しかし現在は、会社として「社会で活躍すること」を目指し、仕事を通じた成果や役割にも目を向ける運用へと変化しています。
具体的には、賃金制度や評価制度の見直し、業務の拡大を進め、成果に応じた処遇を行う仕組みに移行してきました。その結果、能力を発揮したい方や新しいことに挑戦したい方が、これまでとは異なる業務に取り組むようになっています。
ただし、すべての人に一律の変化を求めているわけではありません。従来の働き方が合っている方もいるため、本人の意思を丁寧に確認しながら進めています。
新しい業務に挑戦する際には、面談やアンケートを通して意向を確認し、実際に取り組んだ後のギャップも踏まえて調整します。本人の希望や特性と仕事が合ったときには、いきいきと能力を発揮する姿も見られます。

また、日々の体調変化を把握することも重視しています。こうした取り組みの結果、定着率は、身体・知的障がいのある方で100%、精神障がいのある方で約90%という高い水準を維持しています。
その背景にあるのが、採用後のフォローだけでなく、採用前のプロセスを重視する姿勢です。
特に精神障がいのある方については、6か月程度の期間をかけ、実際の環境の中で能力を発揮できるか、本人と職場が無理なく働き続けられるかを丁寧に確認しています。
選考のハードルが高いという声もありますが、その分、採用した後は企業として責任を持って受け入れていくという考え方で取り組んでいます。
エプソンの取り組みから見える、障がい者雇用を変える視点
今回のお話から見えてきたのは、障がい者雇用を単体の施策として扱うのではなく、「多様な人材がどう活躍するか」という企業全体のテーマの中で捉えることの重要性です。
エプソンでは、障がい者雇用を人事部門や特例子会社だけに任せるのではなく、本体・関係会社・特例子会社がつながり、グループ全体で取り組む方向へと変化していました。
また、「雇用すること」から「活躍すること」への転換は、方針を掲げるだけでは実現しません。仕事を広げ、評価や賃金の仕組みを見直し、本人の意思を確認しながら挑戦の機会をつくることが必要です。
高い定着率の背景にも、採用後の支援だけではなく、採用前に時間をかけて本人と職場の適合を確認する姿勢がありました。
エプソンの取り組みは、完成された一つの正解を示すものではありません。実践の中で得た気づきをもとに、組織のあり方を少しずつ見直していくプロセスです。
だからこそ、他の企業にとっても、自社の障がい者雇用をどこから見直すべきかを考えるヒントになるのではないでしょうか。
では、障がい者雇用を組織全体のテーマとしていくために、その前提となる「理解」はどのように広げていけばよいのでしょうか。
後編では、エプソンが取り組むVR体験を通して、理解が自分ごとになり、行動へ変わるプロセスを見ていきます。
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