「障害者雇用の求人を出しても、なかなか採用したい人に出会えない」
「応募はあるけれど、うちの仕事を任せるのは難しい」
採用を続けている企業から、こうした声を聞くことがあります。
もちろん、採用市場の状況や、求める専門性によって、本当に採用が難しい場合もあります。
ただ、もう一つ確認したいことがあります。
会社が探しているのは、「その仕事に必要な能力を持つ人」なのか。それとも、「今の働き方に、そのまま適応できる人」なのか。
この二つは、同じように見えて違います。
「採用できる人がいない」と感じるとき、仕事に必要な能力と、今の働き方に適応できることが、ひとまとめになっている場合があります。
採用する層を広げることは、採用基準を下げることではありません。
その仕事に本当に必要な能力は何か。その能力を発揮するために、働き方や環境のどこを調整できるのか。ここを分けて考えると、これまで採用対象に入っていなかった人が見えてくることがあります。
- なぜ「採用できる人がいない」と感じるのか
- 障害者雇用で想定する人材像を見直す必要がある理由
- 「必要な能力」と「働く条件」を分けて考える意味
- 採用対象を広げることと、採用基準を下げることの違い
- この考え方が障害者雇用以外の採用にも使える理由
「採用できる人がいない」は、なぜ起きるのか
求人を出しても、企業が求める人材に出会えないことはあります。特に専門性の高い仕事では、必要な知識や経験を持つ人そのものが限られています。そのため、「条件を変えれば誰でも採用できる」という話ではありません。
一方で、採用要件をよく見ると、仕事そのものに必要な能力だけでなく、「今の職場ではこう働いている」という条件まで含まれていることがあります。
例えば、決まった時刻に毎日出社すること。
複数の依頼へその場で切り替えながら対応すること。
口頭で伝えられた内容を、その場で理解して進めること。
周囲の様子を見ながら、暗黙の優先順位を判断すること。
こうしたことが本当にその仕事の成果に不可欠な場合もあります。
しかし、すべてがそうとは限りません。仕事に必要な能力と、これまでその職場で当たり前だった働き方が、採用要件の中で一体化していないか。
「採用できる人がいない」と感じるときには、ここを一度分けて見る必要があります。
障害者雇用で想定する「人材像」は変わってきている
障害者雇用を取り巻く人材構成も変化しています。厚生労働省の2025年の障害者雇用状況によると、民間企業で雇用されている精神障害者は16万8,542人となり、前年から11.8%増加しています。
また、別の調査になりますが、2023年度の障害者雇用実態調査では、従業員5人以上の事業所で雇用されている発達障害者は推計9万1,000人でした。2018年度調査の3万9,000人から増えています。
それぞれ対象や集計方法が異なるため、数字を単純に並べて比較することはできません。それでも、精神障害や発達障害のある人が働く場面が以前より広がっていることは、企業が採用を考えるうえで無視できない変化です。
これまでの障害者雇用では、定型的な仕事を安定して行える人を想定して採用設計をしてきた企業もあるでしょう。
しかし現在は、それだけを前提にすると、実際の求職者層と企業側の人材像がずれる場合があります。採用市場が変わっているのであれば、企業側が想定している「障害者雇用で採用する人」のイメージも、更新する必要があります。
「今の働き方にそのまま合う人」だけを探していないか
採用では、できるだけ職場に合う人を採りたいと考えるのは自然です。問題は、「職場に合う」という言葉に何が含まれているかです。
例えば、ある仕事で本当に必要なのは、高い分析力や正確性、専門知識かもしれません。
ところが採用の段階では、それに加えて、「対面でのコミュニケーションが得意」「急な変更にもすぐ対応できる」「複数の案件を同時に処理できる」「フルタイムで決まった時間に出社できる」といった条件まで、ひとまとまりになっていることがあります。
もちろん、仕事によってはこれらも必要です。しかし、すべての条件が本当に成果を出すために不可欠なのかは、分けて考えられます。
例えば、専門性や正確性は十分にある一方で、口頭だけの指示では情報を整理しにくい人がいるかもしれません。
集中して成果を出す力はある一方で、周囲の音や人の出入りが多い環境では力を発揮しにくい人もいます。
また、仕事そのものを遂行する能力とは別に、勤務時間や働く場所について一定の調整があることで、安定して能力を発揮できる人もいます。
「今の働き方にそのまま合うか」と、「その仕事で必要な成果を出せるか」は、同じではありません。ここを一緒にすると、仕事に必要な能力を持っていても、採用対象から外れてしまうことがあります。
必要な能力と、能力を発揮する条件を分けて考える
採用する人材像を考えるとき、まず見たいのは、その仕事で何をしてほしいのかです。
どのような成果を求めているのか。その成果を出すために、本当に必要な能力は何なのか。そして、その能力を発揮するときに、どのような条件が必要なのか。この三つは、分けて見ることができます。
例えば、仕事に高い正確性が必要なら、正確に仕事を進められることは重要な要件です。
一方で、その正確性を発揮するために、指示を書面でも確認できることや、作業を中断されにくい環境が必要なのであれば、それは「能力そのもの」ではなく「能力を発揮する条件」として考えることができます。
障害者雇用における合理的配慮も、こうした考え方と関係しています。
合理的配慮は、仕事で求める成果をなくすことではありません。障害によって、均等な機会や能力の発揮を妨げている事情がある場合に、その支障を改善するための措置を検討するものです。
「何ができないか」から始めるのではなく、「どの能力を使って仕事をしてほしいのか」と、「その能力が発揮されるために何が必要なのか」を分けて見る。これによって、採用時の人材の見え方は変わります。
採用する層を広げることは、基準を下げることではない
ここは、特に誤解されやすいところです。
採用対象を広げるというと、「求めるレベルを下げるのか」「できないことを会社が全部カバーするのか」と受け取られることがあります。
そうではありません。例えば、専門職として一定の知識や技術が必要な仕事であれば、その要件までなくす必要はありません。品質や安全に関わる基準があるのであれば、それを維持する必要もあります。
重要なのは、その基準は「仕事に本当に必要だから置いている」のか、それとも「これまでそう働いてきたから置いている」のかを分けることです。
求める成果は変えない。必要な専門性も変えない。しかし、成果へ到達する方法や、能力を発揮する環境には、別の選択肢があるかもしれない。
このように考えると、採用する層を広げることは、採用基準を下げることではなく、採用基準をより正確にすることとも言えます。
働く条件を見直すと、これまで見えなかった能力が見えることがある
人の能力は、どの環境でも同じように発揮されるわけではありません。同じ人でも、仕事の与え方、情報の伝わり方、働く場所、時間、周囲との役割分担によって、成果は変わります。
これは障害のある人だけの話ではありません。ただ、障害者雇用では、この違いが分かりやすく表面化することがあります。
例えば、「コミュニケーションが苦手」という評価だけでは、その人が仕事で何につまずいているのかは分かりません。
対面で即座に答えることは難しくても、文章で情報を整理して伝えることは得意かもしれません。
「臨機応変な対応が苦手」と見えていても、担当範囲と優先順位が明確であれば、高い精度で仕事を進められる場合もあります。
重要なのは、「障害特性にはこの仕事が向いている」と決めることではありません。一人ひとりについて、必要な能力があるか、その能力がどのような条件で発揮されやすいかを見ることです。
障害名から仕事を決めるのでも、配慮から仕事を決めるのでもありません。仕事と能力と環境を、それぞれ分けて考える必要があります。
人材像を見直すと、採用だけでなく職場の前提も見えてくる
採用要件を見直す過程では、「なぜこの条件が必要なのか」という問いが出てきます。
例えば、「なぜ全員が同じ時間に出社する必要があるのか」「なぜこの業務は口頭で引き継いでいるのか」「なぜ複数の仕事を一人が同時に持つことを前提にしているのか」ということです。
もちろん、理由があるものは残します。一方で、「昔からそうしている」「全員がそうしている」という理由だけで残っているものもあります。
障害者雇用をきっかけに、こうした前提を言葉にしてみると、障害のある人だけでなく、既存社員や新しく入る人にとっても働きやすい仕組みに変わることがあります。
これは、すべての人へ同じ働き方を認めるという話ではありません。仕事に必要なものと、これまで職場で当たり前だと思っていたものを分けるということです。
この考え方は、障害者雇用だけに使うものではない
「必要な能力」と「能力を発揮する条件」を分けて考える視点は、障害者雇用だけのものではありません。中途採用でも、「いい人が採れない」「応募者はいるが、うちに合う人がいない」という声があります。
シニア人材、育児や介護と仕事を両立する人、外国人材など、これまでと異なる働き方や経験を持つ人を採用するときにも、同じ問いが出てきます。
「今いる社員と同じ働き方ができる人」を探すのか。それとも、「この役割に必要な能力を持ち、その能力を発揮できる条件をつくれる人」を見るのか。この違いによって、採用できる人材の範囲は変わります。
以前の記事では、「任せる仕事がない」と感じるときに、余っている仕事ではなく、組織に不足している機能を見るという考え方を取り上げました。
仕事側から見れば、「どんな役割が必要なのか」を考える。
人材側から見れば、「その役割にどんな能力が必要で、その能力はどのような条件で発揮されるのか」を考える。
この二つをつなぐことで、「障害者にできる仕事を探す」「採用しやすい障害者を探す」という発想とは違う採用の形が見えてきます。
- 仕事に必要な能力と、現在の働き方の条件が一緒になっている
- 「今いる社員と同じ働き方ができること」を前提にしている
- 障害名や配慮の多さから、仕事ができるかを先に判断している
- 求める成果と、成果を出す方法を分けて考えたことがない
- 求人を出しても「自社に合う人がいない」という状態が続いている
障害者雇用の採用対象を考えるときによくある質問
Q:採用対象を広げると、仕事の基準を下げることになりませんか
採用対象を広げることと、求める成果や必要な能力を下げることは同じではありません。
まず、その仕事で本当に必要な能力や成果を明確にしたうえで、勤務方法や情報の伝え方、職場環境など、成果そのものとは別の条件を分けて考えます。
むしろ、「何となく自社に合う人」という曖昧な基準から、仕事に必要な要件を明確にすることにつながります。
Q:障害特性に合わせて仕事を作った方がよいのでしょうか
障害名だけから「この仕事が向いている」と決めることはおすすめしません。同じ診断名でも、得意なこと、苦手なこと、経験、必要な配慮は一人ひとり異なります。
まず任せたい役割と必要な能力を確認し、そのうえで本人の能力や経験、働くために必要な条件との組み合わせを見ていくことが重要です。
Q:働き方や環境は、どこまで変える必要がありますか
すべての希望に合わせて職場を変えるということではありません。仕事上必要なこと、本人が能力を発揮するうえで支障になっていること、実施した場合の負担などを確認しながら考えます。
障害者雇用では合理的配慮という考え方もありますが、具体的に必要な措置は個々の事情によって異なります。
Q:専門職でも精神障害や発達障害のある人を採用できますか
障害名だけで、専門職ができる・できないと決めることはできません。専門知識、経験、分析力、正確性など、その仕事に必要な能力を持つ人もいます。一方で、必要な環境や働き方は人によって異なります。
専門職だから難しいと考える前に、仕事に本当に必要な能力と、それ以外の条件を分けて見ることが一つの出発点になります。
Q:この考え方は、一般採用にも使えますか
使えます。中途採用やシニア採用、育児・介護と仕事を両立する人など、採用対象が広がるほど、「今までと同じ働き方ができる人」だけでは採用が難しくなる場合があります。
必要な能力と、それを発揮する条件を分けることは、障害者雇用に限らず、人材要件を整理するときに使える考え方です。
まとめ|「採用できる人がいない」の前に、人材像を分けて考える
障害者雇用で「採用できる人がいない」と感じるとき、本当に必要な能力を持つ人がいない場合もあります。
一方で、「今の勤務時間で働ける」「今のコミュニケーション方法に合わせられる」「今の仕事の進め方に、そのまま適応できる」という条件まで、仕事に必要な能力と一緒に見ていることもあります。
そのときに確認したいのは、その仕事に本当に必要な能力は何か。そして、その能力を発揮するために、働き方や環境のどこを調整できるのか。という二つです。
採用する層を広げることは、採用基準を下げることではありません。むしろ、仕事に本当に必要な要件を明確にし、それ以外の条件と分けることで、採用基準をより正確にすることにつながります。
仕事がないときに「余っている仕事」を探すのではなく、組織に不足している機能を見るという視点を取り上げました。これは、仕事の見方を変えることです。
そして、今回、お伝えしたのは人材の見方も変えることです。「障害者にできる仕事」と「今の働き方にそのまま合う人」を探すのではなく、必要な役割、必要な能力、能力を発揮できる条件を分けて考える。
この視点を持つことで、障害者雇用だけでなく、これからの採用全体にも違う選択肢が見えてくる可能性があります。
参考資料
令和7年 障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省)
令和5年度 障害者雇用実態調査の結果(厚生労働省)
スポンサードリンク













0コメント